接触
「どうしてここにいるのですか?」
ノエルが身構えた。
俺が何か言う前に唯がアニスに言った。
「ごめんなさい。あたしが確認せずにいきなり後ろを振り向いたから」
「僕もぼうっとしていたからね。お互い様だよ。怪我とか、してない?」
「あたしは大丈夫です。あなたは大丈夫ですか?」
「僕も大丈夫……髪が乱れてしまったね」
アニスは唯の髪を整えてあげ、
「これでよし。かわいいよ」
にっこりと唯に微笑んでみせる。
唯はそんなアニスをただただ見つめた。
「どうしたの?」
小首をかしげてみせるアニス。さらりと黒髪が頬の輪郭をなぞる。
くそぅ。悔しいがイケメンだ。
性格は悪いがイケメンだ。
「きれいな人だから、みほれちゃいました」
お、おい。それ本人に言うか。
単刀直入で唯らしいといえば唯らしいが。
なんか胸のあたりがもやもやするぞ。
「それは光栄だな。僕も君のことをかわいいと思ったんだ。これも何かの縁だ。どこかゆっくりできるところでおしゃべりでもしないかい?」
「そ、それは……」
唯が何か言う前に、俺は自ら会話に入った。
「唯、ジョギングの途中なんだろ。ぼやぼやしていると暗くなるぞ」
「え? あ、そうね。それじゃあ、ヒロ君。また来週、学校で」
「おう!」
唯が走り去っていき、俺とアニス、そしてノエルがその場に残る。
先に口を開いたのは俺だった。
「きさま、どうしてここにいる?」
「この公園にはカップルの男女がよくいるからね。そんなカップルに憎悪の弾丸を撃ち込みにときどき足を運ぶんだ」
「カップルを探すなら、遊園地とか水族館とか、もっと有効な場所があるだろ?」
「ああいう場所は、ライバルも多いからね。この公園にはライバルがいないから、俺にとっては快適な狩場なんだよ」
アニスの説明を聞きながら、俺は泉先生と前楽園遊園地に行った時のことを思い出した。帰るときに、カップルが突然喧嘩を始めて、ノエルがブラックエンジェルが近くにいるという説明をしていた。
アニスが俺にひたと視線を定めて聞いてきた。
「あの子、この前マイクナルドに君たちと一緒にいた子だよね?」
俺は目線をそらさず聞き返す。
「だったらどうなんだ?」
ニヤリとアニスは微笑んだ。
「とても興味がある」
「――っ!」
「唯に何かしたら許さないぞ」
「なんだい? 君はあの子のことが好きなのか?」
「好きじゃない」
即座に言い返す。
「あいつとは昔から知っている仲なだけだ。知り合いが、ブラックエンジェルに興味を持たれたら、心配にもなるさ」
アニスはやれやれというように苦笑した。
「そういうことにしておこう」
アニスは再び公園に入っていく。
「どこに行く気だ?」
「これからデートなんだよ」
「デート?」
「これから会う子は、ちょうどいい具合に俺にそそぐ愛の感情が育っていてね。今日あたりが刈り時なんだ」
甘いマスクで愛を語り、女性が本気になったときに、冷酷な態度と言葉で、相手を傷つけ、憎悪の感情を抱かせる。アニスはその憎悪の感情を集め、食らうのだ。
「その人を泣かせる気か?」
「泣くかもしれないね」
愉快そうにアニスは言った。
「きさま――っ!」
思わずとびかかりそうになる俺を止めたのはノエルだった。
「博士様、ブラックエンジェルと不用意にかかわってはいけません」
「あいつのせいで誰かがつらい思いをするんだぞ」
「憎悪の感情を集めるのがアニスの使命なのです。わたしが胸キュンの感情を集めているのと同じように」
アニスの立場からすると、ノエルのほうこそアニスにとって邪魔な存在なのだということに気づく。
アニスにひどい思いをさせられる人がこの公園のどこかにいるというのに、助けてあげることができない。
その事実に俺はぐっとこぶしを握り締めてたえた。
「他のことはより、唯さんの胸キュンをどうやってゲットするかを気にしてください」
「そうだな」
唯を胸キュン。
まったく想像できない。
家に帰って、自分の部屋に行くと、そのままベッドにダイブした。
「ああ、もう!
俺はいったいどうすればいいんだ!」
ベッドに横になりながら、頭をガシガシとかきむしると、ノエルがひどく冷静な態度で言った。
「何をそんなに混乱しているのですか? ターゲットは幼馴染です。幼馴染といえば、相手のいいところも悪いところも知っている仲。
胸キュンをゲットするなんてお茶の子さいさいではないですか?」
「幼馴染すぎることが問題だ。あいつは俺のことを微塵も男としてみてない。俺があいつを微塵も女としてみてないのと同様にな。そんな唯を胸キュンさせるだなんて、絶対無理だ。無理すぎる!」
「絶対無理! なんてことはありませんよ。今まで博士様は、絶対無理と言いつつも、4人の女の子の胸キュンをゲットしてきたではありませんか? 今回もきっとできます」
「アニスのことはどうする?」
「彼のことは気にしないことにしましょう。わたしたちがやるべきことはただ一つ、ターゲットの胸キュンをゲットすることです」
「唯を胸キュン……、まったく想像できない。唯が泣くのと同じくらい想像できない」
「唯さんが泣く? どうして今、そんな話がでてくるのですか?」
「アニスは人の嫌悪の感情を集めているんだろう? アニスが唯に興味をしめして唯に負の感情をむりやり起こさせたら、泣くかもしれないと思ったと同時に、唯が泣くところなんて想像できないと思ったんだ」
「なるほど」
「あいつはいつもあっけらかんとしてさばさばしていて、笑っている顔はすぐに思い浮かぶが、泣いているところは想像できないな」
「人は喜怒哀楽のある生き物です。いつも笑っていられる人間なんていませんよ」
ノエルは気持ちを切り替えるようにいったん言葉を切ると続けた。
「ともかく、唯さんの胸キュンをゲットするのに尽力をつくしましょう。博士様は唯さんの好きことも嫌いなことも知っているのですよね?」
「全部を知っているというわけではないが……」
俺は唯の好きなこと、嫌いなことを思い返してみた。
唯はいちごオレが大好きだ。けれど、生のイチゴはあまり好きじゃない。小さいなころ畑に入って生のいちごを食べ、そのいちごがめちゃくちゃすっぱかったことがトラウマになっている。
好きなものはおもしろいこと、楽しいこと。身体を動かすことだ。
嫌いなのはゲーム。唯いわく、現実が楽しいのに、どうしてゲームの中に楽しみをみつけなくちゃいけないの? だそうだ。
いままで3人の男と付き合っている。少なくとも俺が知るかぎりは。
1度目は小学校卒業式に同じクラスの男子に唯のほうから告白した。
2度目は中学校1年の秋。2年生の先輩から告られて付き合う。
どうして唯とは別々の中学だった俺が、唯が付き合った相手を知っているかと言えば、以前、俺が質問したわけではないのに、清瀬から話したことがあったらかだ。
相手はテニス部のエースで、テニス部の新人戦で大いに活躍した唯に惚れたのだという。
が、半年後、彼氏が受験勉強にはいるのをきっかけに別れる。
というのは表面的な話で、実際のところ、唯の誰にでも親しげに接することに、彼氏がやきもちをやき、関係がこじれ、「束縛されているみたいでヤ」と唯のほうから離れていったらしい。
で、なぜか同じ高校になった俺たち。唯は登山遠足で同じグループになったおとなしめの学友と付き合いはじめた。
あれから1年以上経つが、そういえばそのあとどうなったのだろう。
「博士様は本当の彼氏のように唯様のことをなんでも知っているのですね」
「彼氏じゃないって。幼馴染、腐れ縁ってやつだ」
唯とはちょいちょい会う。登校している最中だったり、校内の廊下でばったりあったり、教科書の貸し借りをしたり。
そこには幼馴染のやり取りであり、恋愛はない。まったくない。
まずは、登校している最中に唯を見かけ、唯のことを知るために休日の過ごし方を聞いてみた。
「唯、休みの日とか何やってるんだ?」
「部活やったり、友達と遊びに行ったり、買い物行ったりね。家にいることはほとんどないわ」
「そうか」
「ヒロ君は何をしているの? やっぱりゲーム?」
「そうだなぁ」
そこではたと気づく。最近の俺は、休みの日は安奈と同級生の山田達と家でゲームをしたり、三瀬達とダンスの練習をたり、佐々木とカラオケに行ったりしている。
ひと昔前までは、ゲーム三昧で外出することといえば、土曜日の昼過ぎに近くのコンビニに週刊サタデーを立ち読みしにいくだけという休日を送ってきたのに。
「なんか最近、一人でいることが少ないな」
「どういうこと?」
俺は最近の休日の過ごし方を唯に話した。ふと唯を見ると、唯は俺のことをどこか怖い目つきで見ていた。
しかし目が合うと、にこりと笑った。
「文化祭で三瀬さんたちと、ダンスを踊るの。楽しみだな。絶対に観に行くね」
さっきのどこか怖い表情を浮かべていたのは俺の気のせいか。
「いちいち観にこなくてもいいぞ」
「観に行くわ。だって京子ちゃんが、佐々木君のことを好きだから。京子ちゃんというのは、ヒロ君も知っているでしょ? いつもわたしと一緒にいる友達よ」
「あいつか」
俺はそいつのおかげで、アンデールまでいちごカステラを買いに行ったことを思い出した。今思い返せは、すごく昔のような気がする。数か月前だというのに。
「へえ。あいつ、佐々木のこと好きなんだ」
俺はにやにや笑いを浮かべた。
「そういう唯は好きな人はいないのか?」
「あたしは、今はいないな」
「そうか」
そこまで話したところで、教室にたどり着き唯と別れる俺。
「博士様、今唯さんには好き人はいないとのこと。これはラッキーです」
ノエルは一人ガッツポーズをとった。
そのうち、この前の中間テストの結果がぼちぼちと返ってきた。
今回、きちんと勉強をした俺は自分でもびっくりな成績を残した。
テストの上位者五十名は廊下に張り出されることになっているが、俺の名がその中に乗ったのだ。
母さんは俺の成績にご機嫌になった。
「博士はやればできる子だと思っていたわ。なんたってわたしの子なんだから。将来は博士か弁護士ね」
父さんは哀愁に似た笑みを浮かべた。
「ゲームの時間を勉強にさいていたようだったからな。とうとう博士も現実を見るようになったか。こうして子供は大人になっていくんだな」
安奈はライバルを見るようなまなざしで俺をにらんだ。
「お兄ちゃんのくせにそんな成績とるなんてずるい。次の期末テストはわたしが上になるんだから」
テスト内容が高校と中学で違うから競争にはならないと思うが、安奈にとっては、テストの順位が大切らしい。




