怪我の功名
結論から言うと、ボコボコにされた。こんなに痛い思いをしたのは生まれてこのかた初めてというほど。
いままで暴力沙汰になりそうな場面は避けて通ってきた俺なのだ。
ぼろぼろになって帰宅。
「お兄ちゃん」
すぐさま安奈が出迎えた。
山田はさっきまで俺のことを待っていたそうだが、どうしてもはずせない用事があるとかで帰って言ったそうである。
「ひどい怪我。手当てをしなくちゃ」
「まずはシャワーを浴びさせてくれ」
シャワーが体にしみた。いちいち痛い。バスタオルで体を拭いても痛い。
悲鳴を上げそうになるのを歯を食いしばって、半そで短パンという家着に着替えた。
リビングに行くと、安奈が寄ってきた。
「傷の具合、見せて」
「これくらい大丈夫だ」
「見せてってば。手当させてよ」
付きまとう安奈には目向きもせず、水だけ飲んで、部屋に向かう。
ベッドに仰向けになっていると、ドアがノックされ救急箱を持った安奈が部屋に入ってきた。
「いいって言ってるだろ」
おっくうそうに言う俺に、
「わたしの気がすまないの」
「……」
上半身を起こして安奈を見ると、安奈はすねたような起こったような様子でこちらをにらんでいた。
「分かったよ……」
ベッドの縁に腰かけ、安奈にされるがままに二の腕をとられ、塗り薬を塗られる。
「っつ……!」
「ごめん、しみる?」
「大丈夫だ」
「服が邪魔。脱いで」
「……」
あまり見せられるものじゃないんだがな。
案の定、安奈はあらわになった上半身を見て言葉を失った。
ミナコーの荒くれもの達は喧嘩慣れしているらしく、骨が折れるなどの致命傷は与えはしなかった。切り傷よりは打撲や擦り傷が多い。さらに普段の服装では目につかない部分を徹底的に痛めつけた。具体的には腹部、脇腹、背中だ。
安奈の目には、全身青あざだらけの俺の上半身が映っているはずだ。
「……ひどい」
つぶやくと、自分が痛みを受けたように目のふちに涙をためながら、擦り傷には薬を塗り、青あざになっているところには、湿布を貼っていった。
「一通り手当はすんだわ」
薬を塗りたくれ、湿布だらけになった俺をしみじみと見つめる安奈。
「こんなになってまでどうして……」
「妹とその彼氏が目の前でからまれたんだぞ。兄としてほっとけなかったんだ」
「お兄ちゃん……」
それは予測していなかった。突然だった。
安奈から胸キュンが発生した。
信じられないものを見るようにふわふわと漂うピンク色の綿帽子のようなものを目で追う俺。髪型を褒めたり、醤油をとってやったり、ジャムをとってやったり。
あんなに苦労しても一度も胸キュンは発生しなかったのに、今目の前に安奈の胸キュンが現れるとにわかには信じられない。
「博士様、やりましたよ」
すぐさまそれをノエルは瓶の中に詰めた。
「手当してくれて、サンキュ」
安奈に礼を言うと俺はすぐさまシャツを着た。
「俺は杏奈が言うようにオタクで、山田のようにさわやかなスポーツマンタイプじゃない。それでも俺は安奈の兄なんだぜ。
安奈が俺のことをオタクだと軽蔑しようが関係ない。安奈を悲しませるやつは許せないし、安奈が困っていたら助けてあげたいって思うんだ」
俺の正直な思いだ。
再び安奈の胸から胸キュンが飛び出した。
安奈、俺なんかに胸キュンするなよ。俺はお前の兄だぞ。なんだか照れくさい。
「山田は良いやつだ。大切にしろよ」
「お兄ちゃんはわたしの自慢のお兄ちゃんだわ」
杏奈が抱きついてきた。
うわわ、痛い!
傷にしみるが、俺は杏奈の頭に手をあててゆっくりと何度も髪をなでてやった。
杏奈、胸小さいな。なんかまだ子供のにおいがする。髪もほそくて、腕も細い。
体温はあったかいのな。
やべ。俺、妹相手に変な気になってきた。
ドキンドキンドキン。
杏奈の胸の高鳴りが聞こえる。杏奈にも俺の胸の音が聞こえているはずだ。
「こうしていると落ち着くな」
「杏奈……?」
「もう少しこうしていていい?」
普段の杏奈よりも素直でかわいいじゃないか。
「ああ」
戸惑いながら相槌をうち、俺はハッとなった。
これはラブオーラ効果のせいだ。俺はいつの間にかラブオーラを発生したのだ。
「なあ、安奈」
俺は安奈を見つめた。
「なあに? お兄ちゃん」
安奈は頬をほのかに染め、トロンとした目で俺を見上げた。
この表情にこの角度。やばい。
我が妹ながら可愛すぎる。
「安奈、俺……」
ノエルが静かに近づいてきて、安奈の耳元で囁いた。
「恋の夢から覚めなさい」
その言葉に安奈は目を閉じた。そのまま俺に寄りかかってくる。
「お、おい安奈?」
安奈はすやすやと寝ていた。
安奈をベッドに寝せると、俺は安堵のため息をついた。
「ノエル、助かった……」
あのままだと、マジで人間の道を踏み外していたかもしれない。
改めて寝ている安奈を見ても、もうおかしな気分は起きなかった。
「これであと一人ですよ」
「そ、そうか……」
とうとうあと一人。
「アニスがいやがらせで、安奈に憎悪の弾丸を撃ち込んだらアウトだったが、それがなくてよかった」
「博士様に撃ち込んだ憎悪の弾丸の片割れは、まだアニスが持っているので、安心はできませんけれどね」
「そうだな」
そこに、チャラチャラチャラーンと俺のスマホが鳴った。着メロは有名なRPGのオープニングテーマソングだ。安奈が起きないようにあわててスマホに出る。
聞こえてきたのは山田の声だった。
「あ、繋がった。さっきは先に逃げてしまってすみません」
「安奈を連れて逃げてくれたんだ。感謝しているよ」
「今、どこですか? 怪我とかしてません?」
「少し痛い目にはあったが、大丈夫だ。今は家に戻っているよ」
「それはよかった。先輩、はやく『ブクロ東口のマック』に『ワープ』してください」
「どうした?」
「幻の美少女、茅ケ崎サキちゃんがいるんです」
「おお。サキちゃんがとうとう出現したか。俺もすぐにアクセスする。知らせてくれてありがとう。感謝する」
「いえ、師匠に喜んでもらえてうれしいです」
電話を切って、急いでスマホのゲームアプリ『美少女ハントGO』を起動させる。
山田がどうしてもはずせない用事というのは、この時間に限られた場所だけに出現すると噂されていたサキちゃんを張るためだったのか。でかしたぞ、山田。
この『美少女ハントGO』というゲームは『ポケモンGO』みたいに現実空間とバーチャル空間の狭間にいる仮想美少女をハントしていくというゲームで、はまっているやつはめちゃくちゃはまっているゲームなのである。『ポケモンGO』と違うところは、画面上からアバターとなるキャラを操って、目的の場所まで移動させることができること。いちいち自分がその場所までいかなくていい。
ハントした美少女は自分で服装や髪型、アクセサリーに至るまでカスタムすることができるのだ。当然、貴重アイテムは課金制となっている。
『美少女ハントGO』愛好者は、仲間同士で集まり、自分のお気に入りの美少女をいかに着飾っているかを自慢し合うのである。
安奈がベッドから目覚めたとき、『美少女ハントGO』に熱中している俺の姿がすぐさま目に入り、げんなりした様子だったが、俺は気にしなかった。
安奈、お前が好きで今日デートした山田だって、こっそりハマっているゲームなんだぞ。
山田よ、このことは安奈には内緒にしておいてやる。感謝しろよ。




