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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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みんなでゲームをする

 が、杏奈はまったく俺には胸キュンしなかった。


 なぜだ? 今や俺は安奈を仲間外れにしていた女子達や、安奈をからかっていじめていた男子達と師弟の中なんだぞ。


 しばらくして、休日に俺の家にサッカー部のの中坊たちが遊びにきた。俺とゲームをするためだ。


「よく来たな。みんな、自分のコントローラは持ってきているな?」

「はい、先輩」

「この通り」


 3人の後輩がにこやかにマイコントローラを掲げた。


 4人同時でプレイできる格闘ゲームをするのだ。この格闘ゲームは俺が小学校のころからあるゲームで、当時は二人までしか遊べなかったが、今は最大四人で遊べるのだ。画質も音質も俺が遊び始めた六年前よりもだいぶ進化している。


 4人プレイは俺も初めての体験だから、楽しみにしていたのだ。


「やあ、小林、おじゃまするな」

「うん。かまわないわよ。狭いところだけど」


 安奈は不愛想に言うと、すぐにリビングの扉を閉めてしまった。


 一番背の高いスポーツ刈りの山田卓が、リビングの扉の影から顔を半分だけ出して様子をうかがっていた安奈に気づいて声をかけた。


 山田卓の名前の「卓」は「たく」ではなく「すばる」と読む。

 ノエルに聞いてみたら案の定、ノエルの翻訳機能では「たく」と表示されたそうだ。


「おじゃましまーす」


 元気にあいさつしながら家に入っていく後輩達。


 ゲームをやり始めたら歳の差なんて関係ない。俺たちはゲームに熱中した。


 トントンとドアがノックされる音で我に返るとすでに一時間の時が流れていた。


「なんだ?」


 ドア越しに聞くと、


「ジュースを持ってきたわよ」


 と控え目な安奈の声が返ってきた。


「おお、助かる」

「ドアを開けてちょうだい。両手がふさがっていて開けれないの」

「じゃあ、俺が」


 今回の試合で先に負けて、待機状態にいた山田が機敏に立ち上がってドアに手をかけた。


「あ、山田君……」


 ドアを開いた相手が俺じゃなくて同じ学校の男子だったことに安奈は少し驚いたようだった。


「わざわざあがとう、小林さん」

「ずっとゲームをしていたらのどが渇くでしょう。お兄ちゃんはそういうところ、気がきかないから」


 言いながら部屋に入ってくる安奈。


「適当にそのへんに置いておいてくれ」


 画面から目を離さず言う俺。両手はコントローラのボタンをせわしなく押しまくっている。何も知らない人からみたら、適当にボタンを押しているように見えるだろう。


 しかしもちろん、このボタンの押す順番には規則性がある。より早くより的確にボタンを押すことで、必殺技を発生させ、相手に大ダメージを与えることができるのだ。


「博士様、すごいです~」


 そんな俺の技術をうっとりするように見つめるのはノエルだ。

 ノエルの姿は俺以外誰にも見えないため、床に寝ころび、足をぱたぱたさせながらくつろいでいる。


 おい、ノエル。その足をぱたぱたするのをやめろ。パンツが見えるぞ。

 俺以外の誰にも見えないし、見える俺にはお前のパンツには興味はないがな。


 なによりノエルのパンツより、今は生死をかけた大事な場面なのだ。


 山田が俺に控えめに言ってきた。


「博士さん、先にジュース、いただきますね」

「おう!」

「小林さん、ありがと」


 山田は安奈に礼を言うと、トレーの上のグラスを一つ手に取った。


「ひゃ~、生き返る。サッカーの後のサイダーもうまいけど、こうして冷房の利いた部屋でゲームをしながらのカルピスもうまいな」

「俺もいただき」


 ひょいとトレーからグラスをとるのは、山田と同じく負けて待機状態になっていたやつだ。


「うまい!」

「いいな、山田達。俺も喉かわいた~」


 言うのは今、俺と格闘している男子。こいつの原というのだが、原はなかなか強い。俺をここまで追い詰めるとはな。


「トレーは机の上に置いておくね」

「おう」


 安奈が俺たちの前を横切って机の上にトレーを置いた。

 原の目線が一瞬トレーの上のグラスに移った。


 いまだ!


「もらったぞ!」


 俺の必殺技が相手のキャラクターに的中した。


「負けたー!」


 原がコントローラを放り出し、仰向けになった。


「戦いの中、気持ちをほかに他に移したからだ。まだまだ爪が甘いな」


「めんぼくないです」

「しかし、筋はいい。俺も次は負けるかもしれない」

「そうですか。また勝負しましょう」

「そうだな」

「その前に喉のかわきをうるおしたいです」


 言って原は立ち上がると、トレーからグラスを一つ持って一気飲みした。


「ほんのり甘くて。生き返りました」


 幸せそうだ。


 俺もトレーに乗った最後のグラスを手に取ってカルピスを飲んだ。飲んでみて気づいたが、どうやら俺も喉が渇いていたらしい。エアコンの入った部屋でに時間も、男四人がゲームに熱中していたのだ。脱水表情を起こしかけて当然かもしれない。


「このカルピスは小林さんが作ったの?」


 山田が安奈に声をかけた。


「え? ええ、そうよ」


 すぐに戻れず、まだ俺の部屋にいた安奈が頷く。


「こんなおいしいカルピスを作ってもらえるなんて博士さんがうらやましいです」


 俺は思わず山田を見た。にこにこと笑顔を浮かべる山田。その言葉に下心はないように見える。

 そして俺の位置から山田の後ろにいた安奈が顔をうつむかせるのが見えた。耳が赤くなっている。

 ノエルも安奈の様子に気づいて、寝そべっていた体制から上半身を起こし、安奈を観察するように見つめた。


「あ、そういえば!」


 突然、原が大きな声を上げた。


「カルピスってなんかの味っていいましたよね。なんでしたっけ? キスの味? 恋の味?」


 ますます安奈は耳を赤くして、顔まで赤くなった。


「小林さん、おかわりをねだってもいい?」


 安奈は顔をあげ、目の前に山田の姿を認めて、何度も大きく首を縦に振った。


「あ、俺も」

「俺も俺も」


 安奈はトレーの中にからっばになった四つのグラスを乗せると、


「新しいの作ってくるね」


 とわざとらしいぶっきらぼうな言い方をして部屋を出て行った。


 山田達は夕方になって帰って行った。


「また遊びに来ていいですか?」

「もちろんだ。またゲームやろうぜ」

「今度はサッカーしませんか?」


 山田が言い、


「リアルのサッカーじゃなくてゲームのサッカーならいいぞ」

「もちろん、それでかまいません」


 俺の言葉に山田は白い歯を見せて笑った。


 自分の部屋を軽くかたずけて、空になったグラスをトレーに乗せてリビングに行くと、安奈が一人でテレビを見ていた。


「安奈、ジュース、ありがとな」


「うん」


 テレビに目線を向けながら短く返事をする安奈。俺はトレーを持ったままキッチンに向かった。グラスを洗ってリビングに戻る。


 俺の定位置に座る。


 テレビは再放送のバラエティ番組から夕方のニュース番組に切り替わっていた。


「山田達、またくるってさ」

「そう」

「あいつらと普通に話ができるようになったか?」

「どうしてそんなことを聞くの?」

「安奈、少し前までいじめられていたんだろ? 俺のせいで」

「いじめられていたっていうか……」


 安奈は言葉を濁した。俺は安奈なの言葉を待つ。


「お兄ちゃんがオタクだっていう噂があって、わたしまで変な目で見られていたのは確かよ」

「そうかぁ……」


 俺はため息のような相槌を打った。


「悪かったな。俺は好きでオタクと呼ばれるようなことをしているが、家族に迷惑をかけるつもりはなかったんだ」

「けれど今は、お兄ちゃんのかげで、山田君たとも気楽に話せるようになったわ」

「え?」

「だからちょっとだけ感謝しているの」

「そうか」

「桃花ちゃんたちとも以前と同じように会話ができるようになったしね。それは桃花ちゃんたちがお兄ちゃんのことをただのオタクじゃないって分かってくれたからで、それに気づかせてくれたのはお兄ちゃんだったんだよね」

「安奈……」

「わたしはお兄ちゃんのこと、オタクだって真っ向から嫌っていて、お兄ちゃんのこときちんと知ろうとしなかった。ごめんね。お兄ちゃん。そしてありがと」


 安奈は言って、照れたように顔を赤らめた。


 俺は安奈の感謝の言葉を聞いて逆に罪悪感を感じた。

 俺のほうこそ安奈のことをよく知ろうとしていなかった。同じ屋根の下で暮らしながら安奈が何が好きで何が嫌いかなんて興味がないし、自分から進んで会話をしようともしなかった。


 安奈のことを気にかけだしたのは、安奈が胸キュンゲットのターゲットになってからだ。

 だから、安奈に礼を言われる筋合いはない。

 俺はいい兄ではなかった。

 いい家族ではなかった。


 そのうち母さんが買い物から帰ってきて、父さんも仕事から帰ってきて、小林家の夕飯となった。

 その夜、俺の部屋でノエルは言った。


「いままでにない、ぶ分厚い壁ですね」

「何かなんの壁なんだ?」

「安奈ちゃんの胸キュンですよ。安奈ちゃんは山田君のことが好きなのです。すでに好きな人がいるのに、違う相手に胸キュンさせるのは至難の業です」

「そうなんだよな」

「いいお兄ちゃんっぷりで胸キュンさせるしか道はありせんよ。長き道のりになりますよ」

「どういことだ?」

「そもそも博士様は安奈ちゃんの中では、最初は兄の位置にもいなかったのです。

 それがようやく兄の位置まで上り詰めたと考えるのが妥当です」


 ノエルの言っていることは正しいだろうが、そんなにはっきり言われると落ち込むぞ。


「こうなったら方向転換するのも手です。安奈ちゃんは博士様と3つ違いの年下です。年下の女の子を無理やり唇を奪って調教する……」

「おい、まて!」


 慌てて俺は止めた。


「たとえ言葉や妄想であっても妹を辱めることをぬかすなら、たとえお前でも許さないぞ」

「わ、わかりましたよ。言ってみようとしただけです」


 ノエルは言うと、にっこりと笑った。


「博士様、ちゃんとお兄ちゃんなんですね」

「なんだ、それ」


 俺は思ってもいない言葉に、なんだか照れて、そっぽを向いた。

 ノエルはそんな俺をニマニマしながら見つめていた。


 その後すぐ、中間テスト週間がやってきた。

 テスト週間は中学校と高校とだいたい同じ時期にやってくる。


 安奈は普段は勉強よりも部活を優先しているが、テスト期間中はきちんと勉強する性格だ。

 普通の日も、テスト期間中も、いつもと変わらずゲームをする俺とは雲泥の差だ。

 そのためテスト期間中は安奈と話す機会も減ってしまう。


 そんな俺にとってもいつもとは違うテスト週間となった。テスト週間に入ったその日に、学校から帰るところを廊下で泉先生に出会った。


「泉先生、さようなら」

「さようなら」


 そのまま通り過ぎようとしたら、背後から思い出したように声がかかった。


「小林君、ちょっと」

「なんでしょうか?」


 振り向くと、ピシッとスーツを着こなした泉先生はやさしい目で俺を見つめた。


「夏休み明けのテスト、成績よかったじゃない。今度の中間テストも期待しているわ」

「はぁ……」


 にこりと微笑えまれ、複雑な表情になる俺。あの時は泉先生の胸キュンをゲットするべく、泉先生に少しでも好感をもってほしくて勉強をがんばったのだった。

 そのおかけで九十五点という点数が取れたわけだが、今はそんなに勉強を頑張る必要性はないから、いつものようにテスト期間中もゲームをしようと思っていたのだった。


「……がんばります」


 返答をすると、泉先生は満足げに頷くと、そのまま去っていった。

 自分で自分の首を絞めてしまった。

 というわけで、今回の中間テストは俺もマジメに勉強することになり、安奈の胸キュンゲットどころではなくなったのだった。


 数学の勉強をして、それに飽きたら国語の勉強をする。国語に飽きたら世界史の勉強をする。そんな日々が続いた。


 そして、1週間と少し経過し、ようやくテスト期間もテストも終わった。


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