兄は暗躍する
安奈はほぼ毎日、学校の部活に出かける。安奈が所属しているのは陸上部だ。朝から夕方まで部活三昧。そういう意味では、部活三昧な唯と似ているところがある。
その日の土曜日、たまたま朝早く起きた俺は、困り顔の母さんと出くわした。
「困ったわ。杏奈ったらせっかく作ったお弁当を忘れていったのよ」
「へえ」
相槌を打つ俺に、ノエルが耳打ちした。
「ようやくチャンスが訪れましたよ。安奈ちゃんにお弁当を届けてください」
おお、そうだな。ここで安奈の好感度を増しておくのは手かもしれない。俺は大きくうなづた。
「だったら、俺がもっていってやるよ」
「それは助かるわ」
俺は昼時間を見計らって、安奈の通う中学校に向かうことにした。
「博士様、制服で行ってください。中学生にとって、高校の制服は憧れの対象です」
「それは名案だ」
俺の通っている公立の進学校で、この地域ではレベルは上の部類に入る。学校の中の学力は、下から数えたほうが早い俺だが、制服は成績など関係なく皆平等だ。
地元では有名な進学校の制服は、中学のガキンチョたちにとっては憧れの対象だろう。
いつも俺のことを見下している杏奈でも、友達が俺をできのいい兄貴だと認めれば、少しは変わるかもしれない。でもって胸キュンしたらばんばんざいだ。
俺の頭の中では早くも、『後輩たちに囲まれるデキる先輩の俺』のイメージが広がっていた。
中学校まで徒歩15分の距離。自転車で向かうことにした。
「いやあ、懐かしいな」
校門近くに自転車を止め、歩いて校門の前まできた。グラウンドではサッカー部が練習していて、テニスコートではテニス部がテニスをしている。あの中に安奈がいるのだろうか。
様子を伺っていると、ちょうど陸上部が休憩時間に入ったらしく、練習をやめて、生徒達はばらばらに散り始めた。
出ていこうとする数人の女子達に声をかける。
「ねえ君たち」
若干警戒するように俺を見つめる4人の女子中学生たち。うわあ、まだまだガキだなぁ。
中学生と高校生でこんなにも違うものなのか。自分も2年前までは中学生だったが、そんなことを忘れたかのように、まじまじと女子中学生たちを見つめた。
「小林杏奈って子、知らないか?」
女子4人はお互いに目線を送った。その様子で、この女子4人は安奈のことを知っていると把握する。
「俺は杏奈の兄貴なんだ。杏奈が弁当を忘れていったから届けにきたんだ」
4人のうち、1人の女子が含み笑いをこらえるような表情で俺に聞いてきた。
「あなたが杏奈のお兄さん?」
「ああ、そうだ」
再び目線をかわす4人。ニヤリとした笑みを浮かべる女子もいる。
どうもみんなの様子がおかしい。
高校生に対する尊敬のまなざしではなく、どっちかっていうと珍獣をみるような目線なのだ。
そんな中、安奈が半そで短パンの運動着姿で、怒った表情でやってきた。
「どうしてきたのよ?」
「弁当を届けにな」
「余計なことをしないで。お昼はコンビニで済ませようとおもっていたの。とっとと帰って」
シッシッと犬でも払うかのように手を振る安奈。その間に4人の女子中学生は俺のことをちらちら見ながら、校舎を出ていった。彼女たちからくすくす笑いが聞こえた。その笑いは俺に向けられているようだった。
「なんだよ。せっかく届けてやったのに」
「みんなにお兄ちゃんのこと見られたくないの」
ぷりぷり怒りながら去っていく杏奈。
そんな安奈の後ろ姿を見送り、俺は校門を出た。校門の横にはコンクリートの壁がある。俺は壁に寄り掛かった。
中学生の様子が腑に落ちない。
そんな俺の耳に男子の声が聞こえてきた。
「小林、さっきのやつがおまえの兄貴か」
安奈が怒鳴った。
「うるさいわね」
コンクリートの壁からこっそりと校舎のほうをみると、安奈の周りに数人の男子達が集まっていた。
「お前の兄貴ってオタクなんだよな」
「なによ!」
「おお、小林が怒ったぞ。オタク菌がうつる。わーわー」
そんな様子をこっそりと見ていて俺は悟った。
どうやら杏奈はいじめられているらしい。
それも俺のせいで。
自分がゲーマーだということは認める。それがオタクという位置づけになっていることも認める。それにより自分が奇異の目で見られることは別にいい。
が、家族までも奇異の目で見られ、迷惑をかけてしまっているのなら、それは認められない。
オタクの兄で何が悪い。杏奈は杏奈だ。
身体が熱くなるのが分かった。この感覚はもしかしてラブオーラが発動しているのか?
その日の夕方、俺は再び中学校を訪れた。
サッカーの部活の練習が終わり、ぞろぞろと男子生徒たちが半袖短パンの姿で校舎からでてきた。
その中から、昼に杏奈をはやし立てていた男子どものグループのところに足を向けた。そのなかにさっきはいなかった背の高い男子も交じっているが、どうせ唯をバカにする男子の仲間だろうと俺は検討をつけた。
「ねえ、君たち。杏奈と同じ学年?」
「そうですけど?」
返事をしながら、俺を見て、俺がさっき学校の校門にいた安奈の兄であることに気づいたらしく男子達はあわてた様子をみせた。
俺が話しかけた男子の後ろで別の男子達がささやき合う。
「小林の兄貴だ……」
「誠心高校の制服着てるぜ。どうして中学校に高校の制服着ているんだ?」
言われて気づいたが確かに不思議だろう。今いらためて思ったが俺も不思議だ。
言われるまでは、誠心高校の制服を着て、中学生の前に姿を現せば、先輩して扱ってくれるだろうという浅はかな考えがあってのことなのだ。
誠心高校はこのあたりでは進学高校として有名だが、中学生の立場からみれば、そういう知識まだなく、ただ高校の制服を着ている、自分たちと同じ学年女子の兄、くらいのステータスしかない。
しかしここでたじろぐわけにはいかない。
「俺のことをオタクだと言っていたな?」
「い、いやあ、まあ……」
「君たち、ゲームはするか?」
「しますけど……」
俺はにやりと笑った。
「勝負しよう」
数日後、彼らは俺に平伏していた。
「先輩、神と呼ばせてください」
ふふふ。3年差の人生経験値とゲーマーの強さをなめるなよ。
「これでも俺を兄貴にもつ杏奈をいじめるか?」
「いいえ。いじめません」
「杏奈は強がっているけれど、実は繊細な子なんだ。杏奈をまもってくれよ」
「もちろんです」
別の日、中学校の近くの本屋で、杏奈を仲間はずれにしていた女子4人組が本屋のコミックコーナーで雑談していた。上の棚のマンガをとりたいらしいが、背が足りなくてとれないでいる。
それを俺はやすやすととってやった。俺は特別背が高いほうではないが、それでもそこにいる中学の女子達よりは若干背が高かった。
「ありがとうございます」
「お安い御用だよ。ところで、君たち、安奈と同じ部活の人?」
質問されて身構える女子中学生たち。
「俺は安奈の兄で小林博士という。この前の土曜日、安奈に弁当をもっていったときに、見かけたから覚えていたんだ」
「それはどうも」
「それにしても、君達、こんなませたものを読むんだね」
マンガのタイトルは『真昼の熟女たち』というアダルトなマンガだった。
「こ、これはたまたまで」
「未知なものに興味をいだくのは人間として当然ことだ。俺が少し教えてあげようか」
数日後、
「こんな世界があったなんて」
「こんなにかっこいい人がこの世にいたのね」
女子中学生たちは乙ゲーにはまっていた。
「君達の先輩を紹介してあげよう。隠れキャラの出し方や、好みのキャラの好感度を高める裏技なんかわんさと知っている乙ゲーの神みたいな人なんだ」
言って紹介したのはコンビニのお姉さん、千佳さんである。
うはははは。妹よ。
これが本気をだしたお兄ちゃんの力だ。
さっさと胸キュンしろ。




