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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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話し合いで和解する

 木曜日、時刻は夜の8時少し前。

 俺と唯は、二ノ宮たちが通っている塾が入っているビルの前で合流していた。

 家族にはダンスの練習で遅くなると事前に告げている。唯も部活の後、友達と勉強会をするから帰るのは遅くなると、電話で説明していた。


「今日はいつもより涼しいわね。暑い暑いと思っていたけれど、もう九9月も半ばだもの。秋はもうすぐそこまで来ているのね」

「そうだな」


 なにげなく相槌を打って、ふと思い出す。


「そういえば、二ノ宮から彼女できた宣言を聞いたのも金曜日だったな」


 その次の土曜日に、いつものようにコンビニに週刊サタデーを立ち読みに行く途中でノエルと、初めて会ったのだから間違いない。


「あの時は梅雨時だったが、今はもう夏が終わる季節なんだなぁ」


 そこまで考えて、俺ははたと気づく。ノエルと契約してからどれくらい月日は経っただろうか、と。

 6月半ばに契約をして、今は9月半ば。期限まであと3か月しかない。もう3か月、まだ3か月。どうとらえるべきだろう。

 

 ともかく、この3か月の間に、安奈を胸キュンさせて、あともう一人誰かを胸キュンさせなければならないのだ。


 この3か月の間に俺の周りはめまぐるしく変わった。


 千佳さん、三瀬、泉先生という、タイプも性格も異なる女性と疑似恋愛のようなことをして、夏休みからは、三瀬たちとダンスの練習をしたり、佐々木にボイストレーニングをしたりするようになった。

 文化祭の発表会に出演できるか決めるオーディションを今月の末に控えている。だからダンスの練習にも熱気が入っている。文化祭は11月4日の金曜日だ。


 ぼんやりと塾が入っているビルの向かい側にあるファースト店に目線を向けながら考えていると、唯が言ってきた。


「ヒロ君、最近変わったよね」

「変わったって何がだ?」

「自分の外見に気を遣うようになったし、人付き合いも前より広くなったわ」

「そういうお年頃なんだ」

「最近、よく三瀬さんたちと会っているよね」

「まあな」


 唯は口の中で小さくつぶやいた。


「まるで昔のヒロ君に戻ったみたい」


 昔の? 唯が言っている『昔』というのがいつのことなのかとっさに思い浮かばなかった。


「昔のっていつのことだ?」


 唯が何か言おうと口を開いたところに、ぞろぞろとビルから学生たちが出てきた。塾が終わったのだ。

 学生たちの中に二ノ宮の姿を見つけた。


「二ノ宮」

「ああ、小林」


 二ノ宮はほっとしたような表情を俺に向けた。


「清瀬は?」


 俺の言葉に答えるように二ノ宮は肩越しに後ろに目線を向けた。清瀬は二ノ宮から少し時間をずらしてビルから出てきた。すかさず唯が清瀬に声をかける。


「清羅ちゃん、こんばんは」

「唯ちゃん、どうしてここに?」


 唯は清瀬の言葉に答えるように俺たちのほうに目線を向けた。それにならって、清瀬は俺たちのほうを見て、途端に顔をこわばらせる。


「あ、そこにいるのは、二ノ宮君とヒロ君じゃない」


 唯がわざとらしく近くにいた俺たちに声をかける。


「ここで会ったのも何かの縁だわ。そこのマックでちょっとおしゃべりしない?」


 唯が指さしたのは、塾が入っている建物の向かい側にあるマイクナルドというファーストフード店だ。マイクナルドはリーズナブルな料金が売りの店だ。略してマックと呼ばれている。

 清羅があきらかに身を引いた。


「わたし、ちょっと用事を思い出したわ」


「まあまあ、いいじゃない。少しだけよ」


 唯は半ば強引に清瀬を誘った。

 マックは半分ほど、席が埋まっていた。いろんな人達がいる。仕事帰りのサラリーマン、二ノ宮たちのように塾の帰りの学生などなど。

 さすがマイクナルド、大衆に愛されるファーストフード店だ。

 それぞれ目当てのものをカウンターで購入し、二ノ宮と清瀬、俺と唯が向き合う形で席に座る。


 それぞれのテーブルの前には注文した食べ物が置かれている。唯と清瀬はシェーク、二ノ宮はチーズ―バーガーセット、俺はポテトとコーラだ。女子二人はトレーはないが、俺と二ノ宮の食べ物はトレーに載せられている。


「今日はすごしやすい天気だったわね」

「そうだな。これから秋になるんだな」


 さっき二人で話したような会話をしながら、食事を終えたところで、唯が切り口を開いた。


「実をいうとね。あたしがあそこにいたのは偶然じゃないの。清羅ちゃんと二ノ宮君が喧嘩したことを二ノ宮君からきいたわ。

 けれど、二ノ宮君は後で冷静になって考えて、清羅ちゃんと別れたくないって思ったんだって。

 清羅ちゃん、二ノ宮君のこと、本当に嫌いになったの?」

「嫌いっていうか、なんていうか……」


 うつむいてもじもじする清瀬。そのしぐさはなんだ。清瀬は小動物を思わせる小柄な女子なので、そんなしぐさがめちゃくちゃかわいい。

 おっと、やばいやばい。今の俺は二ノ宮とこの子がよりを戻す手助けをする役割なのだ。


「今、二ノ宮は清瀬は向き合っている状態だけど、清瀬に対してどんな感情がある?」


 二ノ宮は清瀬をちらりと見ると、清瀬から目線をそらして、ボソボソと答えた。


「嫌い、かなぁ」


 清瀬の肩が大きく上がる。


「わたしも二ノ宮君のことは嫌いよ。大嫌いよ」


 二ノ宮は傷ついたようにうつむいた。


「そんなぁ……」

「塾があったからしょうがなくきたけれど、二ノ宮君には会いたくなかったの」」

「僕だって、同じだよ。清羅ちゃんと会いたくなかった。会いたくなかったんだ」


 怒鳴るように言い合う二人。話しているうちに、お互いの目に相手を憎悪する力がこもってくる。


 そこに場違いなほど明るい声を発したのは唯だった。


「はいはいはい。直観的な感情に飲み込まれて怒鳴り合うのはよくないわ。

 順番を追って気持ちを整理しましょ。

 二人は海か山かで喧嘩した。そのときは、別れ話にまるまで言い争いはヒートアップした。

 このとき、二人は相手のことが嫌いになっていた。

 ここまではいい?」


 唯が二ノ宮と清瀬を交互に見つめる。


 二ノ宮と清瀬はそれぞれ頷いた。顔がうっすら赤くなっているのは、感情の高まりを示しているのだ。


 唯は二ノ宮に目線を定めた。


「その後、家に帰って二ノ宮君は後悔した。

 どうして別れ話をしてしまったんだ。清羅ちゃんと別れたくない。

 仲直りしたいと思って、ずっと一人で悩んだ」


「それは……」


 二ノ宮は何か言いたそうに口をはさんだ。それをすべて言わせるまえに唯は言葉を続ける。


「それはもう、日常生活に支障がくるくらいに二ノ宮君は清羅ちゃんのことばかり考えていた。それで二ノ宮君の様子がおかしいことに気づいたヒロ君があたしにヘルプのメールした。

 これも合ってるわね?」


「……」

「二ノ宮の様子がおかしいことに気づいて唯にメールを送ったのは事実だ」


 二ノ宮は黙り、俺は肯定した。


 清瀬の憎悪まるだしの瞳の中に揺らぎが生じた。


「二ノ宮君……」


 憎いとも、切ないともいえる表情で二ノ宮を見る清瀬。


「清羅ちゃんはどうだったのかしら?」

「どうって?」

「二ノ宮君と喧嘩してからのことよ」


 清瀬はぎゅうっとスカートのすそを握った。そしてうつむき耳をそばたなければ、聞こえないほどの小さな声で話し始めた。


「わたしも、後悔したの。どうしてあんな些細なことで喧嘩したんだろうって。

 けれど、喧嘩したときのことを思い出すと、二ノ宮君のことが嫌いだって再認識するの。

 ふと気づくと二ノ宮君のことを思っているのに、その後、嫌いな感情がふつふつてわいてくるのよ。

 どうすればいいのか分からなくて。

 今日、塾にいくのが嫌だった。二ノ宮君に会いたいのに会いたくない。二ノ宮君のことを好きだと思う気持ちの中では、二ノ宮君に会いたいって思っていて、謝りたいと思っているのに、同時に二ノ宮君のことを嫌いだという気持ちもあって、その気持ちの中では、二ノ宮君に会いたくない、顔を見たくないって思ってしまうの」


 そこまで言って、今にも泣きそうな表情を浮かべている二ノ宮にちらりと目線をそぞくと、すぐにうつむいた。


「清羅ちゃん、僕も同じ気持ちなんだよ。自分でもこの気持ちを持て余している」


 唯が二ノ宮と清瀬に最後のジャッチメントを問うように質問する。


「で、二人はこのまま別れたいの? 別れたくないの?」


「別れたくない!」

「別れたくなんかない」


 二人が同時に叫ぶように答えた。


「二ノ宮君……」


 二ノ宮がテーブルにおでこを付ける勢いで頭を下げた。


「清羅ちゃん、この前はごめん。君が海に行きたいっていったのに、それを否定してしまって」

「わ、わたしこそ、かたくなに自分の意見を言い張っていたわ。ごめんなさい」

「どうして海がいやかというと、実は僕、泳げないんだ。清羅ちゃんの前でかっこわるいところを見たくなかったんだよ」

「わたしも山は苦手なの。ヘビが苦手なのよ」

「ヘビ?」

「昔、家族で高原にいったときに、山の中でヘビと出くわしてから、トラウマなの」

「ヘビが出たら僕が追い払ってあげるよ」

「泳げないなら、あたしが教えてあげる」

「二人で山にもいって海にもいけばいいじゃない?」


 唯が言う。


「そうか。そんな手があったね」

「そうしましょう。そうしたらわたしたちの思い出も二倍になるわ」


 二人は見つめ合って微笑んだ。

 そんな二人の様子を見て、唯は満足げに微笑んだ。


「これで解決ね」


「小林、平野さん、この場を設けてくれてありがとう」

「唯ちゃん、小林君、遅い時間まで話し合いに付き合ってくれてありがとう。

 おかげで二ノ宮君と仲直りすることができたわ。

 二人には心から感謝している。もし二人が困ったことが合ったらわたしも全力で応援するわね」


「二人の仲を取り持ったのは、あたしが二人にはこれからも仲良くしていてほしいと思ったから。夏休みに一緒に森林公園に行ったときにおもったけれど、二人、とてもお似合いよ。これからも末永く仲良くできると思うわ。ねえ、ヒロ君」


 突然話を振られて、内心焦りながらも、俺は言った。


「二人きりで海や山にいくのに、清瀬のオヤジがうるさかったら、また俺たちを誘ってくれていいから」

「だいぶ遅くなってしまったわ。二ノ宮君、清羅ちゃんを送っていきなさいよ。あたしはこのシェイクを飲んでから帰るから」

「うん、わかった。今日は本当にありがとう」

「ありがとう、唯ちゃん、小林君」


 二人は寄りそうにようにしてマックを出て行った。


「いいことしたあとって気分がいいわね。あたしちょっとトイレに行ってくるわ」


 唯が席を外してから、ノエルが感心するように言った。


「唯さんは不思議な人ですね。あっという間に二人の仲を取り持ってしまいました。あんな技、ベテランのエンジェルでもちょっとやそっとじゃできないかもしれません」

「押しが強いんだよ。たいだい周りのやつらはあいつの押しに流される。それでも悪い気がしないのは、あいつが裏表のない素直な奴だからなんだろうな」

「信頼しているんですね、唯さんのことを」

「付き合いが長いからな」


 唯のシェイクと自分のコーラが入っているコップだけテーブルに残して、ほかのごみを片付ける。

 コーラは少し残っている。唯のシェイクを飲み終わるタイミングに合わせての飲み干そう。


「博士様、こんなに気が利く人でしたっけ?」

「何が?」

「自分から率先して、食べ終わったゴミを片付ける人でしたっけ?」

「最近、三瀬達とダンスの練習の後でファーストショップによる機会が増えたからな。そのときの佐々木たちの態度で無意識に学んだのかもしれない」

「なるほど」


 唯が戻ってきた。


「あら、片づけてくれたのね。ありがとう」

「おう」


 唯は勢いよく残りのシェイクを飲むと、椅子から立ち上がった。


「あたしも帰るわね」


 慌てて自分のジュースを飲もうとする俺に、唯は手を振っておさめた。

「ヒロ君は自分のペースでゆっくり飲んでいって」

「いいよ。送っていく」


 もうすぐ9時になる。世の中には変わり者がいて、唯を襲ってくるやつがいるともかぎらない。


「大丈夫よ。自転車で来ているし、あたしの家ってここから結構近いの。じゃあね」


 唯は突風のように店を去っていった。


「相変わらず元気な人ですね」

「そうだな」


 椅子の背もたれに寄り掛かり、ゆっくりとジュースを飲む。氷がほぼとけかけた薄いコーラの味がした。

 それでも俺には気にならなかった。甘味が薄くなったコーラは、逆にさわやかな気分にさせた。

 全身に、良いことをした充実感とと、良い場面に立ち会った心地よさが広がっていて、気分が良い。


 突然、店内に大きな声があがった。


「ひどいわ。わたしはアニス君のこと、信じていたのに!」


 どうやらカップルの喧嘩らしい。最近、こういう現場を見る機会が多い気がするぞ。そちらにほうに目線を向けると、対面式の二人テーブルの一つに男女が座っていて、そのうちの女の人が叫んだらしかった。

 店内の人々の目線が男女に向けられる。

 男はひどく冷静に言った。


「君が勝手に信用しただけだよ。僕は君を好きだとは言ったけれど、君だけが好きとはいっていないのだからね」

 静かな声なのに、その声は店内中に響いた。


「ひどいわ」


 女の人は椅子から立ち上がり、目元に手を当て、店を出ていった。

 ちらりと横顔が見えたが、泣いている表情がもったいないと思えるほど美人な女の子だった。


 ノエルが蒼白になってアニスと呼ばれた男を見つめていた。

 その男は、いわゆるイケメンだった。肩にかかる長めの黒髪で、色が白く、切れ長の目をしていた。黒い開襟シャツに、黒いジーンズ。全身黒ずくめの恰好だ。


 男は女が去ったあたりを見つめ、おかしそうに一人で笑った。まるで女の悲しみを楽しんでいるような笑みだった。


 その笑みをみて俺は何かがひっかかった。どこかで見たことがあるような……。あの人を小ばかにしたような笑み……、どこだったかな。


 まあ、いいや。そんなことより、俺は嫌な場面にでくわしたことで、少し気分が悪くなったる


「二ノ宮達が良い仲にな良い場面に立ち会ったばかりなのに、あっちでは本格的な別れかぁ」

「博士様、早く出ましょう」

「ああ」

「あの男に気づかないようにでてください」

「どうして?」

「くわしい話はあとでします」


 俺は、コーラを飲み干し、なるべく音を立てないようにトラッシュボックスに空になった紙コップを入れると、店を出た。


 残暑のこもった空気の中に、秋のにおいを含んだ風が吹いていく。


 歩み始めた俺の背後から声がかかった。正確には、俺にではなくノエルに声がかかったのだ。


「僕が憎悪の弾丸を撃ち込んだカップルが、再び恋愛モードになったのは君のせいかい? 愛のエンジェルのノエル?」


 振り返ると、そこにはさっきのイケメンが立っていた。


「アニス……」


 ノエルは憎い相手を見るような目つきでイケメンをにらんでいた。


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