ターゲットはコンビニのお姉さん
「さて契約が成立したので、さっそく胸キュンさせる相手を定めましょう」
「どうやって相手を決めるんだ? 今現在、俺に胸キュンする女子はいないぞ」
「それは問題ではありません。問題は、相手を定めることなのです」
「どういうことだ?」
「……わたしも今回、『胸キュン☆ゲット大作戦』に、初めて人間と組むことになったためですね、その方法の記憶が、長い年月の間に新たな知識を得るために記憶の隅においやられ……つまり、そのう……」
「……忘れたってことか?」
「そうとも言います」
「それしか言いようがないだろう」
いきなり難航しているぞ。
それになんだ、『胸キュン☆ゲット大作戦』っていうのは。
ネーミングがダサイぞ、ノエル。
そこを突っ込むより、もっと不安なのは、胸キュンする相手は、好き勝手にこちらが選べるわけではなく、なんらかの方法で定めなければならなず、その方法をノエルが忘れているということだ。
「大丈夫なのか?」
「そのうち思い出してみせます」
「……」
相手を定める方法がわからないならどうにもならない。
俺は、俺がやるべくことを遂行することにした。
向かうのはコンビニである。
「いらっしゃいませー」
マニュアルどおりのコンビニのお姉さんの、あたたかな出迎えの声を受けながら店内に入る。
声、というものには力があると俺は思う。その呼びかけが自分に向けられたものだと感じると、その声を発した相手に自然と目線を向けてしまうのだ。
俺はその不思議な法則により、コンビニのカウンターの向こう側にいる相手に目線を向けた。
一瞬、相手と目線が合う。が、当然のごとくなん反応も示さずに、すぐにお姉さんは目線をそらした。
そのまま雑誌コーナーに歩みを進める。
と、
「ターゲット、ロックオン! ターゲットは、野々原千佳さん十八歳、コンビニのお姉さんです」
いやに明るいノエルの声が響いた。
「なんだ?!」
突然叫んだ俺に、先に雑誌コーナーで立ち読みしていた数人の人達が、変な人でも見るようなまなざしを向けてきた。
ノエルが、にこにこと笑みを浮かべている。
「小林博士様、胸キュンターゲットが彼女に定まりました」
俺は声を潜めた。
「なあ、ノエル」
「なんですか?」
「ずっと気になっていたことがある。
名前の付け方だ。
胸キュンとか、ラブエレキサーさか。
今回も、胸キュンターゲットって名前、ダサイぞ」
「今言うセリフがそれですか? もっと他に質問があるでしょう?
どうしてコンビニのお姉さんがターゲットになったかとか」
「どうしてコンビニのお姉さんがターゲットになったんだ?」
ノエルの言葉をそのまま返す。
「ターゲットが決まったときに思い出したんです。目線があった人がターゲットになるんですよ。一度ターゲットをロックオンしてしまうと、ターゲットを替えることはできません」
「なんだって?!」
思わず声をあげ、再び周りから変な目で見られる俺。
俺はわざとらしく咳払いをし、雑誌コーナーから遠ざかる。
そして商品棚の向こうから、俺はコンビニのお姉さんをチラ見した。
ショートカットの髪型で黒髪。特別美人ではないが、ブスでもない。いたって普通のお姉さんだ。
コンビニのユニフォームであるオレンジと白の縞模様の大きなシャツを着ていて、下は黒のズボンだ。シャツは左右にポケットがある。左ポケットの端からゲームのキャラクターのストラップがはみ出していた。
休憩時に店の裏方でスマホを休憩時間終了ぎりぎりまでいじっていて、時間になって急いでポケットに入れて仕事に戻った、とまあそんなところだろう。
あまりジロジロ見ていて、ストーカーだと思われたらアレなので、他の商品を見るふりをして移動しながら観察を続ける。
ちょうど彼女と同じ年頃の男子がレジにやってきた。男としては認めたくはないが、イケメンの類にはいるだろう。
彼女の男子を見る目もどこか嬉しそうだ。
次にやってきた客は腹の出た中年のおやじ。
おやじを見る彼女の目はおやじをみていておやじを見ていない。接客するのは仕事だから。というなんとも無機質なもの。
俺もおやじと同じ位置づけなんだろうなぁ。
そのまま雑誌コーナーに戻ると、当初の目的である週刊サタデーの立ち読みだけはする。
毎週土曜日の昼下がりは、ここで週刊サタデーを立ち読むするのが俺の習慣なのだ。
このためだけに、休日にわざわざコンビニに出かけるのである。
立ち読みが終わり、帰りがけコンビニのお姉さんの様子を伺うため、単価の安いガムを購入。
彼女の俺に向けられる目は、おやじと接客するときと同じ目だった。
予想はしていたが、実際そういう目線を向けられるとショックだった。
「ありがとうございました」
マニュアル通りのお姉さんの言葉を背に受け、俺はコンビニを出た。
あのコンビニのお姉さんがターゲット……。
お姉さんに好意を寄せてもらえる気がしない。
胸キュンさせるなんて夢のまた夢だ。
「ノエル……俺、無理だ……」
「自信を持ってください。小林博士様にはエンジェルのわたしがついています」
「余計に心配だ」
相手を定める方法をついさっきまで忘れていたノエルである。
「眼鏡はコンタクトレンズにしましょう。髪型も変えましょう。それだけでかなり違ってみえますよ」
「そんなんで変わるなら、世の中の男は全員イケメンになってるぞ」
ノエルはにんまりと笑みを浮かべた。
「今の小林博士様に似つかわしいことわざがあります」
「なんだよ?」
「……」
もったいぶるように間を充分にとってからノエルは言った。
「ダイヤも磨けねば光るまい」
即座に言い返す。
「元が鉛や鉄くずだったら意味がない」
「鉛も鉄くずも磨けばそれなりに光ります」
冷静に言い返すノエル。
「くぅ……っ」
ああ言えばこう言う、というのはノエルのようなやつを言うのだろう。
「……床屋は俺の持ち金でできるが、コンタクトは金額が高い。親に相談しないとならないぞ」
「相談してください、今すぐに! ご両親も、自分の息子がかっこよくなるなら、ある程度の投資は妥協してくれるはずです。とくにお母さまが」
「そうかなぁ」
「あとはコンビニのお姉さんの好きなタイプの情報を仕入れられればいいんですけどね」
「――それなら、たぶん、分かる」
「なぜですか?」
「あのお姉さんは『ときめきトワイライト』のキャラクターのケータイストラップを持っていた。だからそのキャラクターがタイプなんだと思うぞ」
「ときめき……なんですか?」
「ああ、ノエルは知らないか。ときめきトワイライトっていうのはゲームのタイトルだ」
「そのゲームのキャラクターグッズを持っていたからといって、決めつけるのは早計ではないですか?」
「あのキャラクターがちょっと特殊なものでな。説明すると話が長くなる。
家に戻ってから説明する。そのほうが手っ取り早い」
「分かりました」
ノエルはあっさりと頷いた。