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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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ターゲットは妹

 家に帰りついた頃には19時を少し過ぎていた。


 リビングに行くと父さんがソファに座ってテレビを見ていて、母さんはキッチンで夕食の準備を始めていた。 帰りの時間がこのくらいになると事前にメールで母さんに伝えていたため、怒られることはない。


「ただいま」

「おかえり」

「おかえりなさい、博士」


「ずいぶんめかしこんでいるじゃないか。彼女とデートでもしてきたのか?」

「彼女じゃないけど、デートみたいなことはしてきた」


 言って、俺の指定席に座る。座ると、ズボンのポケットに入れていたらくーだのぬいぐるみが気になったので、ポケットから取り出して、テーブルの上に置いた。射的で白いのと、水色のとで、二つとったらくーだのぬいぐるみのうち、白いらくーだは泉先生に渡したため、ここにあるのは水色のらーくだのぬいぐるみだ。


「お? それはなんかのキャラクターだね。どこかでみたことがあるぞ」

「前楽園遊園地のマスコットキャラだ」

「なるほど。とういうことは博士は善楽園遊園地に行ってきたんだな」

「まあ、そんなとこ」

「前楽園遊園地なんて懐かしいわね」


 キッチンから母さんが口をはさんだ。


「昔はよく前楽園遊園地に行ったわよね、あなた」


「そうだな。こうしてみると時代は繰り返すということをしみじみと感じるよ」


 ほんとうにしみじみとした表情で父さんは言った。

 父さんたちも前楽園遊園地でデートをしたことがあるんだな。俺にとっては父さんは父さんだし、母さんは母さんだ。

 でも父さんも母さんも、俺のように学生時代というものはあったのだということを再認識して、不思議な気持ちになった。


 母さんがキッチンから聞いてきた。


「最近、博士はずいぶん身だしなみに気を遣うようになったものね。彼女でもできたの?」

「彼女はいないぞ」

「あら、そう? もし彼女ができたらちゃんと紹介してよね」


 そこに安奈がリビングにやってきた。今まで自分の部屋にいて、俺が帰ってきたことに気づいて、夕食がでるころだと思い、やってきたのだろう。

 いつものアリンコヘアではなく、すべての髪を下ろし、毛先をゆるくウエーブさせている。胸元には俺が借りようとして、ことごとく断られた銀の翼のアクセサリーが輝いている。


 いつもとは違うスタイルの安奈を凝視して、あわてて目線を避けた。


 今の俺はターゲットを探している最中なのだ。うかつに目を合わせることはできない。

 安奈はすぐにテーブルの上に置かれたらくーだのぬいぐるみに気づいた。


「これもしかしてらくーだ?」


 誰にともなく聞く安奈。


「ああ、そうだ。よく知ってるな」


 目線を合さずに答える俺。


「これ、前楽園遊園地でしか手にはいらないんじゃない? どうしたの?」

「今日、その遊園地に行ってきてな。そこの射的場でとったんだ」

「へえ。ちょうだいっていったらくれる?」


「は?」


 思わず安奈のほうを見た。


 目線が合った。


「ターゲット、ロックオン。小林安奈さん。三歳年下の妹です」


 ええ?!

 マジかぁ?


 あり得ない現状に硬直する俺。

 そんな俺に安奈が言いつのる。


「これくれたら、このネックレスを貸してあげてもいいわ」


 そんなにすぐに心変わりする、実は軽い代物なのか。それともらくーだの威力か。


「ネックレスの件はもういい。らくーだはやるぞ。正直、とったははいいが、扱いに困っていたからな」

「ほんとう? ありがとう、お兄ちゃん」


 安奈はにっこりと微笑んだ。


「安奈、今日、雰囲気がいつもと違うな」

「そう? わかる? 今日は三か月に一度の美容院の日だったの。堺さんにおとなっぽいヘアースタリングをしてもらったのよ」


 わざとらしく髪をかき上げてみせる安奈。その様子は、さっきまで一緒にいた先生と比べると、ただただ子供っぽくて、だからこそ、健気さを感じさせる。


「どう?」

「いいんじゃないか」

「だよね。わたしもそう思ったの!」


 その後、俺は自分の部屋に行き頭を抱えた。

 安奈がターゲット。実の妹だぞ。

 妹を胸キュンって。ありえねぇぞ。


 俺はシスコンじゃないし、ロリコンでもない。

 兄と妹の恋愛というものは、ギャルゲーの二次元の女の子だからできることであって、リアルじゃ無理だ。


「ノエル、こんどこそ絶対に無理だ。俺の気持ちうんぬん以前に、人間の道を踏み外すことになるぞ」

「博士様、相手を胸キュンさせるのは恋愛感情だけではありませんよ。相手のことを頼もしいと思ったときも、胸キュンは発生します」

「安奈が俺を頼もしいと思う状況なんて想像できないぞ。可能性ゼロだ……」


 ベッドにうつ伏せに寝転ぶ。人生最大の難関だ。

 そのまま現実逃避に、ふて寝しようとした。しかし、できなかった。

 今までの経験からふて寝したところで、状況が変わるわけがないことが分かっているからだ。


「ああ、どうすればいいんだ!」


 俺は上半身を起こすと、髪をかきむしった。


「かっこいいお兄ちゃんぶりを見せればいいのです!」


 ノエルがまた、性懲りもなく自信満々に言ってきた。


「はいはい。わかったよ!

 こうなったら頼もしい、優しい兄になってやろじゃないか」


 俺は半ばやけくそになった。


 食事の時間になり、俺は安奈にそれはそれは優しい兄ぶりだった。

 安奈が言う前に先に醤油を差し出してやったり、怪訝な顔をされた。

 安奈が大好きなエビフライを二匹あるうちの一匹をあげようとしたり。即断れたが。


 この日は見たいテレビの番組が安奈とかぶっていて、いつもどっちの番組を見るかで言い争うのだが、安奈が見たいほうでいいぞ、と自分から言って譲ってやったりした。


 結果、「今日のお兄ちゃん、きもい」と一蹴された。


 部屋に戻ってから俺は力なく言葉を吐いた。


「今回はほんとに無理だ」

「あきらめないでください。機を待つのです」


 うなだれる俺とは別にノエルはまだまだやる気のようだ。


 この日は俺も疲れていた。ゲームもする間もなく、眠りについた。


 朝起きても安奈は安奈だった。


「安奈、今日もそのアリンコヘア、決まっているな」


 と俺が言うと、


「アリンコヘアじゃないもん。ツーサイドアップヘアっていうの!」


 言い返された。……そういえばそんな名前だったな。誰だ、そんな覚えにくい名前を付けたのは? ありんこヘアでいいだろ!


 パンにつけるジャムを探す安奈に、ジャムを差し出すと、


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 昨日の醤油のことを思い出したのか、気味悪がられた。


「俺はいままで安奈にとっていい兄貴ではなかったと思う。だからいい兄貴になるように努力することにしたんだ」

「きもいわ」


 速攻で言い捨てられる。

 安奈にかっこいいお兄ちゃんであることを見せつけようとすると、そのことごとくが、逆効果になった。


「くっ……」

「いきなり態度を変えたら気持ち悪がれるのも道理です。気長に行きましょう」


 ノエルが慰めの言葉を言ったが、ますます気落ちするばかりだった。


 学校では泉先生に会った。目礼をするだけで、当然のことながら、遊園地での出来事が話題になることはなかった。

 ただ、今までのような固い表情でなく、目元を緩めた笑みを泉先生は返してくれるようになったように思えるのは俺の気のせいだけではないと思う。


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