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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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謝るノエル

 列に並ぶ。


「俺、ここの観覧車に乗るのは初めてなんです」

「そうなの」

「いつも混んでいて、来たときはいつか乗ろうということで、後回しにしていたから」

「それじゃあ、わたしと乗るのが初めてなのね」


 泉さんの言葉に俺は思わずどきりとしなった。


「はい」


 俺にとって、泉さんと乗るのが初めてになるのか。悪くない。ニマニマしている俺に、ノエルがこそっと言ってきた。


「博士様、胸キュンしないでくださいね」


 分かってるよ!


 俺たちの番がやってきた。案内に従ってゴンドラに乗り込む。最初に泉さん、次に俺。俺に続いてノエルが乗り込もうとしたが、ノエルの目の前で扉は閉められた。

 窓越しに慌てた様子でノエルは言った。


「博士様、泉先生を本気の恋をさせたらだめですからね!」


 俺は自分に言い聞かせるためにも、力強く頷いた。


 ゴンドラの中で、俺と泉さんは向き合う形で座った。ほどよくクーラーも効いていて、心地よい気分になる。

 泉さんの匂いをほのかに感じ、俺ははっとなった。ここは個室で密室なだ。

 途端に落ち着かなくなった。そんな俺の心境を知らずに、泉さんはわくわくした表情で言った。


「頂上に行くのが楽しみね」

「そ、そうですね」

「今日はありがとう。遊園地が楽しいところだということを思い出させてくれて。礼を言うわ」

「俺のほうこそ、礼を言わせてください。無駄になるところだったチケットを有効活用してくれたかんだから」

 俺たちは笑いあった。

 気持ちが通じ合っている気がする。

 そんな会話をしている間に、ゴンドラが観覧車の半分より少し上くらいまで来た。


「ジェットコースターの一番高いところよりこの観覧車が高いことが、ここからだとよくわかるわね」

「ほんとうだ。もう少しで越しますね」

「ジェットコースターのレールがくるりと一周しても落ちないためには公式があるのよ。一周する環の半径に二.五をかけてでた数字の高さから滑っていった場合、ジェットコースターは落ちないの」

「へえ」

「つまり、直径二十メートルの環から落ちないためには、二十メートルの半分の十メートルに二.五をかけた二五メートルの高さから滑った場合、ジェットコースターは落ちないのよ」


 言ってから、泉さんは口元に手を当てた。


「あ、またやってしまったわ。こんな数字ばかりの話、聞きたくないわよね」

「いいえ。楽しいです。それに泉さんは話しているとき、とてもきらきらしていてかわいいから、話の半分も分からなくても、見ているだけでもあきない」

「え? そんな、小林君……」


 泉さんは顔を赤らめた。今、俺はラブオーラの力は使っていない。口から思ったことを言っただけだが、なんかとでもない口説き文句を言った気がするぞ。

 自分でも恥ずかしくなって、ゴンドラの窓の外に目線を移す。

 街が夕日に照らされ、金色に輝いている。


「きれいですね」

「ええ。あっ! いつのまにか頂上を過ぎていたわ」

「ほんとうだ」

「絶対に頂上の景色を見たいと思っていたのに」

「俺は泉さんのたのしそうに説明する顔が見られたので満足です」

「そんな……。からかうのは止めて」


 少し怒った表情で俺を睨んだ。だからそんな顔でにらまれてもただ可愛いだけなんだって。

 俺は泉さんを抱きしめたい気持ちにかられた。

 風が吹いてきて、ゴンドラが揺れる。


「きゃあ!」

「泉さん、大丈夫ですか?」


 泉さんの片手を取る。


「ええ、大丈夫よ。突然の揺れに少し驚いただけ。ジェットコースターみたいに先が読めるものだと平気なんだけど、こういう自然現象の揺れはちょっと怖いわね」

「そのままそっちに行っていいですか?」

「……いいわよ」


 俺は泉さんの隣に移動した。ゴンドラが俺達が座っている方向に少しだけ傾く。


「俺の体重分、傾いてしまいましたね。大丈夫ですか?」

「ええ」


 泉さんの体温を体の半分に感じる。


 俺は泉さんを見つめた。泉さんは夕日色に染まっている街並みを見つめていた。その目線を俺に向けさせたくなる。


「泉さん」


 名を呼ぶ。泉さんが俺に目線を移した。

 お互いに見つめ合った。俺は無意識に泉さんの肩に手を乗せた。


 泉さんからはたくさんの胸キュンが飛び出しているのが見える。

 俺は断言できるが、今はラブオーラは発動させていない。そんな俺に泉さんは胸キュンしている。

 そのことに気づいたとき、俺は全身が熱くなるのを感じた。

 目の前の女性を愛しく思い大切にしたいと思える。

 俺は本気で泉さんを好きになっていいじゃないか?

 歳の差なんて関係ない。俺は先生のことを……。


「ありがとうございました」


 ドアが開いた。地上にたどり着いていたのだ。

 ゴンドラを降りる。ゴンドラを降りるとき、泉さんの手を引いてあげた。

 重なった指先から泉さんの俺よりは少し冷たい体温を感じた。

 列から離れる俺達。すぐさまノエルがやってきた。


「キスしてないでしょうね?」

「……してない」


 小さい声で俺は答えた。


「ほんとうですか? 博士様達が乗っているゴンドラから尋常じゃない胸キュンがあふれていて、下から見ててずっと心配だったんです。博士様がラブオーラを発動しているのが分かりましたし、もう心配で心配で……いったい何をしたんですか? というより、泉先生に何もしてませんよね?」


 食いつくように質問してくるノエル。


「……」


 俺はノエルの質問に答えたくなかった。泉さんと観覧車の中で過ごした時間は二人だけのものにしておきたい。


「小林君」


 呼ばれて振り向くと、そこには少しうるんだ瞳で俺を見つめる泉さんの姿があった。


「もしよかったらもう少しこのまま……」


 泉さんが何か言おうとした。そんな泉さんの耳元でノエルが囁く。


「恋の夢から覚めなさい」


 うるんだ瞳を大きく開く泉さん。泉さんの表情が次第に教壇に上がった時のいつもの泉先生の表情になっていった。


「小林君、約束は守ったわよ。画像を削除して」

「はい」


 頷いて、ポケットからスマホを取り出す。泉さんにも分かるように、画面を見せながら先生が一人カラオケしている画像を表示させると、削除ボタンを押した。


『削除しますか?』


 『はい』と『いいえ』のボタンが表示され、『はい』のボタンをタップする。


「これで削除できましたよ」

「よかった」


 心底ほっとしたように泉さんは言った。


「さあ、帰るわよ」

「俺、少し寄り道してから帰ります」


 泉さんとは帰る方向は同じだ。しかし今の俺の心境では、泉さんと一緒に帰るのはきつすぎる。


「そう。じゃあ、わたしは先に帰るわね。気をつけて帰るのよ」


「はい。泉、先生も気をつけて。今日はありがとうございました」


 泉先生の後ろ姿を見送る。失恋した気分だ。


「博士様、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ……」


 すぐ近くに、ジェットコースターに乗った客たちが絶叫しながら走り抜ける。

 遊園地にいる人たちは相変わらず楽し気な様子だ。

 俺だけ空虚で孤独だ。そんな俺の手にノエルが自分の小さな手を重ねてきた。


「博士様、ごめんなさい」

「どうしてノエルが謝るんだよ」


 俺は笑みをつくった。そんな俺を見て、ノエルは泣きそうな表情になった。


「あと二人。あと2人分の胸キュンを集めれば終わりますから」


「ああ」


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