暗殺者疑惑発生
園内の休憩ゾーンとなっている、パラソルが広がるテーブルが並ぶ場所まで行き、空いているテーブルを探して座る。泉さんは俺からバスケットを受けとると、中から弁当箱を取り出した。四つも箱が並ぶ。これだけバックに入っていれば重いのも頷ける。
「すごい、たこさんウインナーだ。かにさんもいますね。こっちにはりんごのうさぎがいる」
「最初のうちは適当に作ろうと思っていたのだけど、作っているうちに楽しくなっちゃってね。つい、作りこんでしまったわ。なんだかはずかしい」
肩をすくめて笑う泉さん。そんな泉さんを目の端で見ながらパクつくのはたまごサンドだ。
「うまい。これも泉さんが作ったんですか?」
「たまごサンドは自信があるの」
「売っているやつよりうまいです。泉さんは料理がうまいですね。泉さんをお嫁さんにする人は幸せだなぁ」
「お世辞でもうれしいわ」
「ふふふ。お世辞じゃないですよ!」
本気でそう思うのだ。泉さんは年上だけど、それを感じさせないのに、同年代の女子よりも気配りができる。そして何より料理がうまい。
泉さんさえよければ本気で付き合いたいと思ってしまう。
そこまで思って、俺は意識してその思いを振り払った。千佳さんや三瀬のときに懲りている。
泉さんに特別な感情を抱いたら、最後は空しい思いをするだけなのだ。先生とは一線引いた付き合いをしなければならない。
腹ごしらえを終えたあとは、激しい乗り物は避けて、腹ごなしをかねて、鑑賞系にしようということになり、たまたま近くにあったミラーハウスと言う屋敷に入った。
「やだぁ。どうしてこんなに真っ暗なの?」
泉さんが俺の手を握ってきた。
「泉さんはこういうところ苦手なの?」
「お化け屋敷が苦手なの。ミラーハウスというから、きれいな鏡がたくさんあるところだと思ったのに、こんなところだなんて」
おびえて俺にしがみつく泉さんは、うん、とてもかわいい。守ってあげたい気持ちになる。
いや、待て。こういう気持ちになっているのはアフロデーナの加護のせいか?
自分をしっかり持て。俺は自分自身に喝を入れた。
屋敷をでると、泉さんは安堵しながら言った。
「怖かったぁ。小林君がいてくれてよかったわ」
「俺なんかでよければ、いつでも近くにいてあげますよ」
「あは。小林君、面白い」
面白いことを言ったつもりはないぞ。
その後は、上下にただ動くだけのコンドルに乗ったり、乗り物に乗って、レーダーで襲い掛かるモンスターを倒すアトラクションに乗った。あのコンドラ、見てるだけだと何がおもしろいのかよくわからなかったが、乗ってみると意外に怖かった。特に降りるのがな。やはり俺は落ちる系が苦手らしい。
レーダーでモンスターを倒すアトラクションでは、俺は高得点を取ることができた。
「小林君、射的もそうだし、銃の扱いにセンスあるのね」
「センスというより、基礎があるのかも」
「どういうこと? もしかして本当にスナイパーなの?」
泉さんは真面目な表情になった。
「ゲームで培ったんです。前にシューティングゲームにはまったことがあって」
「なるほど、ゲームね。よかった。安心したわ」
「さて、そろそろあれ行きましょう!」
泉さんが指さす先にはこの遊園地の一番の売りであるジェットコースターがあった。
やっぱりそうだよな。俺はあまり乗りたくないが。
ジェットコースターは一時間待ちだった。
「そういえばジェットコースターはなぜ落ちないのか? というのが今日の講義の目的だったね」
「そうでした」
「なぜだと思う?」
「そうだなぁ。遠心力ですか?」
「なあんだ、分かってるじゃないの」
「詳しい数式は知りませんけれどね」
「今、講義してあげてもいいのよ」
「遠慮しておきます」
そんな会話をしていたのに、ふと気づくと、世界は点か線かという物理学みたいな話になっていた。
「アナログは線で、デジタルは点だとよく言われるわ。でもね、それだと矛盾する考えがあるのよ。たとえば」
先生は両手を合わせて、胸の前で小さく前習えみたいな恰好をした。
「この距離の真ん中を分けたとする」
「はい」
「さらにその真ん中をわける。そしてさらに真ん中をわける。するとどこまでくぎられると思う?」
「無限ですか?」
「その通り。どんなに区切っても果てがない。原子レベルの距離になっても、ミクロ単位になっても」
「なるほど。おもしろいな」
世界は線か点か。
「俺はゲームが好きでしょっちゅうゲームをやっています。そういう観点から言うと、現実はアナログでゲームはデジタルだと思います」
「新鮮な意見ね」
嬉しそうに先生は笑った。そんな会話をしていたら、あと2回くらい待ては俺たちの番というところまで来ていた。
「もうすぐね。楽しみだわ」
「そ、そうですね」
もうすぐだと分かると、途端に俺は冷や汗がでてきた。また、あの落ちる感覚を味わうことになるのだ。正直逃げ出したい。
「小林君がガラガラでここのチケットを当てて、今二人でここにいるのは、結果してよかったのかもれしない」「え?」
「そういう機会がないと、またここにくることなんてなかったかもしれないもの。最初はここにくるのは嫌々だったけれど今は楽しんでいるのよ。小林君、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「ふふ。小林君はくじ運がいいのかしらね」
「そんなことないです。泉さんこそくじ運よさそう。それどころか、様々な方向から検討して、当たる方向を模索しそうですね」
「くじ運はどうだろう? それで思い出したんだけど、宝くじを当てるのは、隕石にあたって死ぬより確率が低いだって」
「そうなんですか。そんな話を聞くと、宝くじを買う気がなくなるな」
俺の言葉に、先生はあわてて口元に手を当てた。
「あ、わたし、また余計なことを言ってしまったわね」
「余計なこと? 俺にとっては耳より情報ですけど」
「夢をやぶるようなことを言うなって怒られたことがあるのよ」
「それは辛辣ですね」
「何事も理論で決めつける堅物だってね」
「よっぽど宝くじに夢みているやつなんですかね」
「あはは。そうね。本当にその通りだわ」
先生は心から面白そうに笑った。
ジェットコースターは一時間も待ったのに、乗っている時間は三分にも満たなかった。
それでも泉さんはジェットコースターに乗っている間、常に嬉しそうに歓声を上げていた。
俺はといえば、流れるチューブやバイキングで、免疫ができたおかげで思ったよりは楽しめたが、それでもジェットコースターが観覧車の中をくぐった時には、生きたここちがしなかった。
「ああ、楽しかったわ」
「そうですね。少し休みましょう」
花壇の縁で並んで座っていると、目の前をおいしそうにアイスクリームをなめながら通り過ぎていく家族連れがあった。途端にアイスクリームが食べたくなる。
勝手に自分のだけ買わないように、泉さんにも聞いてみる。
この前三瀬とゲーセンに行ったときに、ジュースを自分のだけ買おうとしてノエルに窘められた経験を踏まえているのだ。
「泉さん、アイス食べません?」
「お弁当、足りなかった?」
「足りなくなったです。けど、ちょっと小腹がすいてしまって」
「若いわね。わたしもあれば食べるかも」
「俺、買ってきますよ。何味がいいですか?」
「抹茶があったら抹茶を。それがなかったら、バニラでいいわ」
「わかりました。ここに座って待っていてください。すぐに戻ります」
俺は急いでアイスクリーム売り場に向かった。アイスクリームは、抹茶はなかったがビターチョコ味と、ストロベリー味があった。定番のバニラはもちろんある。
ノエルが聞いてきた。
「先生のを、バニラにしようと思ってません?」
「そうだが?」
「博士様は何が食べたいんですか?」
「バニラでいいぞ」
「チョコは?」
「まあ、別にそれでもいい」
「それなら、バニラとチョコを買ってください」
「なぜだ?」
「二つの味を泉先生に選んでもらうのです。泉先生はおそらくチョコを選ぶと思いますけどね」
アイスクリームはコーンタイプとカップタイプが選べるようになっていた。
俺はコーンタイプを買おうとしたが、ノエルが
「女性は手が汚れるのを嫌がるものです。カップにしてください」
と言ってきたために、カップタイプを購入。
両手にカップをもって戻ると、先生のところに俺の知らない男がやってくるところだった。
歳は先生と同じくらいかそれより少し上くらい。腹が少しでていて顎にも余計な肉がついている。
短パンと半そでシャツにサンダルという、まるで近所のコンビニにいくようなラフなスタイルだ。
先生がその男に気づき、動揺する様子を見せる。逆に男は座っている先生の前に立ち、見下ろすように先生を見おろした。
どうやら二人は知り合いのようだ。二人の様子を伺うため、俺は歩調をゆるめた。
二人は会話を始めた。
「久しぶりだな」
「そうね」




