遊園地に行こう
前楽園遊園地は、ぐるりと円を描くように走っている山手線の円の中にある。池袋からは地下鉄で一本で行けるという交通の便が良い立地にある。
前楽園遊園地の入口前で待っていると、泉先生がやってきた。
ベージュ色した七分丈のパンツに、白いシャツ。レモンイエローの薄地のカーデガンという、いで立ちだ。
パンツの裾がクシュクシュしていて、白いシャツは肩にシフォンのフリルがついている。
髪型は頭の後ろで少しの量の髪を束ね、白とピンクの大きなビーズのついたシュシュで結び、他の髪はうしろにおろしていた。
籐を編んでできた大きめのピクニックバックみたいなものを持っている。夏らしい恰好でさわやかだ。
「来てくれたんですね。うれしいです」
「あの写真をばらまかれたくないためよ」
少し怒ったように言う泉先生。
「ごめんなさい。でもばれなければいいんですよね。今日の泉先生は大学生みたいだ。学校の生徒が泉先生と会っても、きっと誰も気づかないですよ」
「からかわないで」
「俺も頑張ってみたんです。先生と隣にいておかしくない男に見えるように」
先生は俺に目線を走らせ、すぐにそっぽを向いた。
「確かにちょっと老けてみえるかもね」
「大人じみて見えると言ってください」
ノエルが俺にコーディネイトしたのは黒のジーンズに、襟もとがV字になった半そでシャツ。上は白だが、下に行くにかけて、濃い紺色になるグラディーションがかかっている。
V字のところに飾りのボタンが並び、襟元の裏側も濃い紺色になっている。このシャツは、俺が持っている衣装の中では、トップクラスに入るオシャレなシャツだと自負している。去年の夏の終わりの母さんがバーゲンで買ってきたやつだけど。
胸元には羽を模したシルバーのアクセサリーをつけるはずだったが、それはない。
そのアクセサリーについては小林家でひと悶着があったのだ。
今日、家を出るとき、ちょうど安奈がつけているのを見たノエルが俺に言ってきたのがきっかけだ。
「あのアクセサリーを安奈ちゃんから借りてください」
「どうしたんだ、急に?」
「今度のコーディネイトにぴったりなんです」
俺にはただの羽の形をした無骨なアクセサリーにしか見えなかった。
「安奈、そのネックレス、貸してくれないか?」
「嫌よ。気に入ってお小遣いで買ったものなんだから。お兄ちゃんも自分の小遣いで買ったらいいでしょ?」
「使えるお金があったらそうするよ。けど今俺は金欠なんだ」
「ゲームにお金を使い込むからそうなるのよ」
「アンデールのお菓子を買ってきてやっただろ?」
「だいぶ前の話じゃない」
「一生のお願いだ。ただ一日借りるだけだから」
「ぜったいヤ! お兄ちゃんがつけたアクセなんてつけたくないもの!」
「俺はばい菌かよ」
「ばい菌以下よ」
安奈はぷいとそっぽを向いてしまった。
「そんなに嫌ならいい! こっちこそ願い下げだ。そんな安物の首飾りなんてな」
「なによ、これ三千円もしたのよ! 純粋なシルバー製なの!」
「――っ!」
そんなにするのか。確かに学生にとって安い買い物ではない。安物なんて言って悪いことを言ってしまったなと思ったが、言った言葉は戻せなかった。
安奈とは喧嘩した状態のまま、家を出てきた。安奈も今日はいつもの休日よりおしゃれをしていたから、誰かと会う約束をしていたのかもしれない。
いつまでも子供だと思っていたのに、いつの間にか色気づきやがって。三千円のアクセサリーなんて、高校2年の俺でももっていないのに。
遊園地の中は、みんなにこにこ顔で楽しそうに見える。俺も自然と気持ちがうきうきしてきた。
ノエルがこっそりと耳打ちする。
「泉先生のバックをもってあげてください」
「先生、そのバック重そうですね。もってあげます」
「ありがとう」
にっこり笑って泉先生はバックを俺に手渡した。おお? 思った以上に重い。何が入っているんだろう。
「先生、何に乗りたいですか?」
「ジェットコースターは必ず乗りたいわ。でもいきなりそれじゃ、後の楽しみがなくなってしまうものね。まずはあれなんかどう?」
泉先生が指差したのは水に浮いた大きなチューブに乗るアトラクションだった。
行列の後ろにつく。待ち時間の表示を見ると10分と表示されている。行列の数で予想するより早く乗れそうだ。行列の途中でカッパの販売機があった。チューブに乗ると、時々しぶきがかかってくるため、その防止のためにカッパが売られているのだ。
「先生、カッパ買います?」
「夏だもの。濡れてもすぐにかわくじゃない?」
「そうですよね」
先生は声を潜めた。
「それから、小林君、わたしのこと、先生と呼ぶのはここではやめてくれない? どこで誰が見ているか分からないでしょう」
「そうですね。じゃあ、なんて呼べはいいかな。えっと……泉さんとか」
「それでいいわ」
泉先生、もとい泉さんはにこりと少女のように微笑んだ。
「まるでお忍びで遊びにきているみたいね。わたしたち」
周りの雰囲気に乗せられているのか泉さんはうきうきとした様子で言った。
流れるチューブは、コース最後のほうに滑り台のように落ちるところがあって、ひやっとした。
それで俺は思い出した。俺はこういう落ちる系が苦手だということを。
バイキングだなんてもってのほかだ。それでも、
「次、あれ乗りましょう!」
と、泉さんが言うなら、行くしかない。嫌だけどパートナーが言っているのだから、行くしかないのだ。
結果として、降りた後、俺は具合が悪くなってベンチに座り込んだ。
「ごめん。俺、アレ苦手でした」
「それなら言ってくれればよかったのに。ごめんなさい、わたしだけ楽しんでしまって」
申し訳なさそうに言う泉さんは、さっきまで俺の隣で歓声をあげっぱなしだった。
「いいえ、いいんです。泉さんが楽しいなら、俺も楽しいし」
「……小林君って、ときどき直球出すわね。それが計算なのか、素なのかはまだ分からないけれど。素でやってるなら、大したものだわ。計算なら、さらに大したものね」
少し休むとすぐに体調は元に戻った。
すかさずノエルがアドバイスしてきた。
「博士様、このままではかっこ悪いです。自分の得意なことに挑んで名誉挽回させてください」
得意なことといってもなぁ。俺は園内に入るときに係の人にもらったパンフレットをポケットから取り出してみた。
すぐに目を引いたものがあった。
「泉さん、俺やりたいものがあるんです。いいですか?」
「もちろんよ」
俺が誘ったのは射的場だった。射的は俺が得意とするところだ。なんたって、ゲームで鍛えているからな。
トランプやら猫じゃらしやら、ミニカーやら、子供が好きそうな景品がずらりと並んでいる。
「せん……、泉さん、何か欲しいものはありますか?」
思わず先生と言いそうになって、泉さんと言い直す。まださんづけで呼ぶのに慣れていない。
「そうねぇ。あれなんかどうかしら?」
泉さんが指さしたのは、前楽園遊園地のマスコットキャラクターでらくだをかわいらしくデフォルメした「らくーだ」の飾りがついたシャープペンシルだった。
「子供のおもちゃばかりある中であれを選ぶのは泉さんらしいですね。実用的だ」
コップ型のアクリルケースに入っている。コップの高さはシャープペンシルの半分くらいの高さだ。
コップごと倒して景品を取る仕組みなのだろう。
三百300円で5回。1発目、コップにあたったが、倒れなかった。コップが重すぎるのだ。
倒れないものを景品として出すなんて、インチキなんじゃないか。そんな俺に泉さんが囁くように言った。
「小林君、あのシャープペンは向こう側の縁にもたれる形になっているわよね。その部分を狙うといいかもしれないわ」
「なるほど、そうですね」
俺は銃の構えを変えた。胸の前で構えるのではなく、上に持ちあげたのだ。2発目、ほんのわずか焦点がずれた。次は絶対に外さない!
3発目、その部分に球はあたり、コップは倒れた。
「よっしゃー!」
俺はガッツポーズをした。隣では泉さんが同じようにガッツポーズをしてくれていた。
射的場のおじさんがシャープペンシルを渡しながら言った。
「おめでとう。よく射的ポイントに気づいたね」
「彼女のおかげです」
泉さんに目線を送る。
「あんちゃんも銃の腕がいいよ。スナイパーみたいだな」
残りの二発は落としやすそうな、らくーだの手のひらサイズのぬいぐるみを二つ落とした。茶色と白の色違いだ。
「はい、泉さん」
「ありがとう。シャープペンは使われてもらうわ」
「ぬいぐるみはどうですか?」
「ありがとう。らくーだ、けっこう好きなのよ」
「らくーだは女子に人気がありますよね。妹もらくーだが好きなんです」
「妹さんがいるのね。いくつ離れているのの?」
「ちょうど俺と三歳下ですよ」
「それはいいわね」
なにがいいんだろうか? 聞こうと思ったところで、おなかが鳴った。
泉さんはおかしそうにくすりと笑うと、腕時計を確認する。
「あら、もうすぐ一時になるのね。時間が経つのが早く感じるわ。お昼にしましょうか」
「はい」
「お弁当を作ってきたのよ」
「ほんとうですか?」
「小林君が希望したんじゃない」
「ほんとうに作ってきてくれるなんて、うれしいです」
前回の「新しい世界を知るときが来た」に出てきたゲームタイトルで
「純白の君に捧ぐ」、「漆黒の君に捧ぐ」の大まかなあらすじは
以下の通りです。
『純白の君に捧ぐ』
純真な彼女の好感度を少しでも多くライバルよりももらうため主人公は奮闘する。主人公は男の子です。
純白の君は自分の持っている好感度を全部、男たちに割り振ると、死んでしまう。
『漆黒の君に捧ぐ』
嫌悪に満ちる彼女のもつ増悪を少しでも多くライバルよりも減らしていくため主人公は奮闘する。嫌悪感を彼女から減らすには彼女の中にある嫌悪感を自分にむけさせなければならない。
彼女にいかにたくさん嫌われるのかがカギとなる。
嫌悪度を全部男たちに割り振ると、漆黒の君は死んでしまう。
毎度のことながら、中嶋の創作です。
「純白の君」も「漆黒の君」もヒロインの女の子最後には
死んでしまうという、好き嫌いの大きく分かれる内容となっております。




