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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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男子トイレの個室で二人きり

 夏休みが明けた。これからまた普通の学校生活が始まるのだ。

 夏休み明けの登校日は、ほかの生徒もだいたいはけだるそうだった。そんな日でも朝から元気なのは唯だった。


 登校しているときに、唯に後ろからばんと背中をたたかれ、気持ちがしゃきっとした。


「背中が丸くなっているわよ。今日からまた学校が始まるのに、元気がないわね」

「唯は元気だな。今日からまた学校が始まるのに」

「授業と部活を1日に同時にできるんだもの、得した気分じゃない」

「……唯の思考回路がうらやましいぞ」

「あら、そう。いいでしょう」


 得意げに唯は笑った。ほめてないぞ。


 この日は、二ノ宮も様子がおかしかった。何を話しかけてもぼうっとしていてとんちんかんな回答がかえってくるのだ。


「僕はこの世に生まれてきてよかったと心から思っているのだよ。人を好きになるということは、こんなすばらしいものなんだね」


 付き合っている彼女、清瀬清羅とは順調のようだ。うらやましいことで。


「小林も、早く彼女ができるといいね」

「余計なお世話だ!」


 夏休み明け初日は、全体集会がメインで、午前だけということもあり、みんなまだ夏休み気分が抜けきらない様子だった。


 次の日から普通の授業が始まった。

 数学の時間に泉先生が俺の教室にやってきたとき、一瞬俺を認めたが、無表情で教壇にあがった。

 年上の女性はポーカーフェイスもうまい。俺は感心した。


 来週にテストがあることを思い出し、泉先生の好感度を少しでもアップさせるため、そのテストでは、上位を狙うことにした。

 数学は苦手ではない。しかし授業時間だけしか勉強していないので、数はこなしていない。公式を覚えていても、テストでは唯じゃないが、急いで計算して単純ミスをしたり、テスト直前に勉強していて公式は覚えていても、その応用で半年ぐらい前に習った公式がでてくると、記憶がおぼろげしっかりと思い出せずに、空白で出してしまうことがたびたびある。

 それでも、数学のテストは中間、期末とも、中より上というポジションを維持していた。下ではないから、まあいいかと思っていたが、今回は真面目に勉強してやろうか。


 カラオケで熱唱していた人とは別人みたいに生真面目な表情で教鞭をとる泉先生を見ながら、そんなことを考えていた。


 数日後の昼休み、その日の宿題を済ませて、数学の復習をしていた俺のところに、佐々木がやってきた。


「小林、今大丈夫か?」


 声だけで相手が誰か分かったので、顔をあげずに答える。


「大丈夫じゃない」

「そんなつれねえことを言うなよ。教えて欲しいことがあるんだ」


 俺はようやく顔をあげて、佐々木を見た。


「なんだよ?」


 教室のそこかしこから、興味深々に俺と佐々木を見つめる目線を感じる。

 オタクな俺と人気のあるバスケット部エースとの組み合わせは端からみると物珍しいのだろう。


 ふふふ。ここにいる教室のほとんどが知らないだろうが、俺はさ佐々木とは夏休みの間は、ダンスの練習とカラオケの練習で、週2回は会う仲なのだぞ。


「『リズムでゴー』で行き詰っていてな。博士はすでにあれをクリアしているんだろ? コツを教えてくれよ」


 佐々木は俺のことをいつの間にか「小林」から「博士」と名前で呼ぶようになっていた。


「たぶん佐々木が行き詰っている場所がどこかはわかる。しかし、実機がないと口頭で説明するのは難しいぞ」「持ってきた」

「なんだって? 学校にゲーム機を持ってくるのは禁止されているはずだろ?」

「ばれなきゃいいんだよ。博士に学校の外で会うのは、今度の日曜日のダンスの練習の時になるだろう。それまで待てない」

「短気だなぁ」

「とうとでもいえ。ここじゃさすがに出せないから、人目のつかないところに移動するぞ」


 佐々木は言うと、さっさと俺に背中を向けた。強引なやつだ。俺は数学のノートを閉じて、佐々木の後を追った。


 佐々木が入っていったのは男子トイレだった。それも個室。


「はやく入れよ」

「トイレかよ」

「プールの更衣室の裏とか、体育館の裏とか、焼却炉の前とか。そこまで行く時間が惜しいじゃんか」

「気持ちはわかるが、ヤローとトイレの個室に入るなんて、俺の常識な心が否定している」

「はやく入れってば」


 佐々木に催促されてしかたなく個室に入る。トイレの個室に男2人。狭い。

 さっそく佐々木はポケットからニンテンドーDSを取り出して、起動した。


 『リズムでゴー』はそのタイトルでもわかる通り音ゲーである。ここで詳しく説明するつもりはない。こういうゲームは一時期流行ったが、今はだいぶおさまっている。それでもコアなユーザーは多く、新規で手に入れるユーザーも少なくない。

 ブームに乗り、そのまま通常化した典型であり、今後しばらく音ゲーは生存しつづけるだろうと思われる。


「ここだよ、ここ」


 佐々木がゲームの画面を見せた。やっぱりここか。これはコツさえつかめば簡単にできる場所だ。


「手本を見せてやるから、よく見ておけよ」


 俺はDSのボタンを操作した。

 ほどなくして、佐々木の煩悩は解消され、俺たちはトイレの個室から出た。


「すげー。やっぱ博士、すげーよ」

「セーブはしてないよな」

「してない。セーブしたら俺があそこをできなくなるじゃないか」


 ちょうど、小さいほうの用を足していていた男子生徒が個室から二人で出てきた俺たちを不思議そうな、そして悲哀な表情でもって見ていた。


 なんか勘違いされたっぽいぞ。


 金曜日の数学の授業でこの前、受けたテストの結果が返ってきた。結果は95点。1問間違えていた!

 しかし勉強したかいはあった。やっぱり勉強しないと良い点は取れないんだな。

 今更ながら実感する。


 その日の昼休み、ノエルが話しかけてきた。


「博士様、明後日が泉先生と遊園地に行く約束をした日です。このあたりで念押しをしておいたほうがいいですよ」

「そうだな」


 どうやって念押しするかが問題だ。

 授業を終えたあと、泉先生に話しかけたら、他の生徒達に話の内容を聞かれてしまうかもしれない。それは泉先生としてはうれしいことではないだろう。


 一般的に教師が特定の生徒と親しくなるのは禁止されているはずたがら。


 俺は数学の教科書とノートをもって職員室を訪ねた。泉先生のところに向かう。


「泉先生、ちょっといいですか?」

「何かしら?」


 先生は警戒するように顔の表情をこわばらせながらこちらを見た。


「確認したいことがありまして」


 俺は言って、ノートを泉先生に差し出した。


 ノートにはこう書かれている。


『日曜日、前楽園遊園地の前 11時』


 その文字に目を走らせ、じろりと俺を睨みつけてきた。


 先生は何も言わず、『11時』というところに上から○をつけてきた。


「これでいいかしら?」

「はい。よく分かりました。それから他にこういうのもアリですか?」


 俺は言うと、書かれた文字の下に、『かわいい恰好でお願いします』と書いてみる。

 先生はそれを読むと、途端にうつむいた。耳が赤くなっているのは照れているのだろうか。


 なんかかわいいかも。調子に乗った俺はさらに続けて書いた。


『お弁当を作ってきてください』


「ふっ……」


 思わずというふうに先生は笑った。そして顔を上げるとわざとらしく真面目な表情を浮かべた。


「調子に乗るんじゃありません」


「はい」


 素直に返事をしてから、


「この回答はどうなるんですか?」


 と俺が書いた文字に目線を移す。

 泉先生はペンを持つと、何か書き込んだ。


「そうねぇ……これでどうかしら」


 ノートを俺に向ける。先生のコメントにはこう書かれていた。


『写真を削除するのが条件です』


「分かりました。ありがとうございます」


 頭を下げると俺は職員室を後にした。


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