脅し
「カラオケをしにきているんです」
「今、写真撮らなかった?」
「大口を開けて熱唱している泉先生の写真を撮りました」
「すぐに消しなさい」
「嫌です」
「消しなさい」
普段のスーツ姿の泉先生ならともかく、そんな大学生のような恰好をして顔を膨らませて怒られても、ただ可愛くみえるだけだ。
「消しません。歌っている先生がかわいかったので思わず撮ったんです。こんな貴重な写真、消したくありません」
「何を言っているの……?」
泉先生は絶句して俺を見つめ、次にほんのりと顔が赤くなった。
個室の入り口で言い合いをしている俺達を、廊下を通り過ぎる客たちが不審そうに見て行った。
中に入れてもらうように目線で訴えると、泉先生は状況を察して、自ら奥のほうに移動した。
個室の中に入ってドアを閉める。
「泉先生は一人でカラオケしているんですか?」
泉先生はキリリとまなじりを吊り上げ、何か言おうと口を開きかけたが、すぐにその口を閉じ、両腕を組んで仁王立ちし、薄い笑みを浮かべた。
「そうよ。20代半ばの女が彼氏もなしで、休日に一人カラオケしているだなんて、高校生のあなたには嘲笑の種でしかないでしょうね」
「そ、そんなことは……」
「いいのよ、本当のことだもの。どうせわたしみたいなくそ真面目な女は、誰も相手にしないで一人取り残されるのよ」
開き直るように言って、俺を見つめる泉先生。
俺がどんなことを言っても、跳ね返してみせるという強い意志を感じる。
俺はその挑戦には乗らず、やれやれというように肩の力を抜いた。
「泉先生は高校生の男子が一人、カラオケ屋にきてアニソンを熱唱しているのを、どう思いますか?」
突然の俺の質問に、泉先生は片方の眉を少しだけ上げた。
「……オタク、かしらね」
「生まれてこのかた彼女もいなくて、ギャルゲーでモエるしかない高校生をどう思いますか?」
「やっぱりオタク、かしらね」
「それが俺です」
俺は自分の胸にどんと手のひらをあてた。
「俺のほうこそ、20代の女性からみると、寂しい高校男子、嘲笑の種ですよね!」
泉先生は少し憐みの目になって俺を見つめた。
「小林君……」
「ということで、特別授業をお願いしてもいいですか?」
「特別授業?」
「講義はジェットコースターはどうして落ちないのか」
言って俺はポケットから財布を取り出すと、財布の中に挟んでいた前楽園遊園地のペアチケットを出し、1枚を先生に差し出した。
思わず、というように泉先生はそれを受け取り、チケットを見る。チケットがどんなチケットなのか気づいて俺のほうに目線を移す。
「これは、あの時の?」
「そうです。一緒に商店街でくじ引きのガラガラをやったときに入賞してもらったチケットです。彼女がいないから誰も行けなくてずっと持っていたんですよ。来週の日曜日、一緒に行ってください」
「駄目よ」
「ええ?」
「来週の日曜日は夏休み明けの最初の休日なのよ。宿題のチェックや、テストの準備で忙しいわ」
「テストって?」
「あっ!」
聞き返すと泉先生は「しまった」というように口元に手を当てた。
「これは内緒よ。夏休みが開けて1週間後の週に、数学のテストを予定しているの。だいたいは前年の応用なんだけれど、それじゃあ芸がないから、アレンジを加えるのよね」
「うわぁ」
俺は心底嫌そうに相槌を打った。気持ちを取り直して、
「次の次の日曜日はどうですか?」
「そうねぇ」
泉先生は長椅子に置かれたカバンから手帳を取り出してスケジュールを確認した。
「9月11日ね。この日は特に何も予定はないわね」
「じゃあ、その日で決まりですね」
「私が本当に行くとでも思っているの?」
「来てくれたらさっき撮った画像は削除しますよ。もし来てくれなかったら、学校の裏サイトに投稿しようかなぁ」
裏サイトなんてあるのか知らんがな。今適当に言ってみた。
「なんですって?」
顔をこわばらせる先生。
「約束ですよ」
泉先生に次の言葉を言わさず、俺はカラオケ屋を出た。
帰りすがら、ノエルが聞いてきた。
「先生をデートに誘いだしたのは、最初から計画していたんですか?」
「いや、まったく。一人カラオケしている泉先生が予想以上に若くみえてな。それで思いついたんだ。あんな泉先生なら一緒に前楽園遊園地に行っても違和感ないと思ったんだ」
「カップルみたいに見えるかもしれませんね」
「そこまでは期待してない。せいぜいいとこ同士くらいじゃないか」
ノエルはじっと俺を頭の先から足の先まで眺めた。そしてため息をつく。
「な、なんだよ?」
この状況はいつぞやのことを彷彿とさせるぞ。
「博士様は自分の価値にまだ気づいていません。わたしは言いましたよね。ダイヤも磨かねば光らない」
「鉛や鉄くずなら磨いても光らないぞ」
「鉛や鉄くずでも、磨けばそれなりになりますよ」
「何がいいたい?」
「博士様、服装次第で歳より上に見せることもできます」
「ほんとうか?」
「コーディネートはわたしに任せてください」
ノエルの策は頼りにならないが、コーディネートのセンスはなかなかのものだと俺も思う。
「あまりお金を使わない方向でお願いしたい」
「もちろんです」
ノエルはにこりと笑った。




