真夏の森の公園
夏休みと冬休みは、ゲーマーな俺にとってはパラダイスの時間だ。1日中ゲームをすることができるのだから。部屋に引きこもって外に出ない日々が続く。
このような休みを送るようになったのは、中学生に入学してからだ。
家族は最初こそ心配していたが、食事はとるし、家族と会話もするし、健康も害さない。休み明けの学校の成績も落ちるわけではない。
ということで、特に日常に支障はないので、心配するだけ損だと初期の段階で納得してくれたようだった。
それどころか父さんは、若い頃はゲーム好きだったらしく、「好きなだけゲームができるのは学生のときしかない。今のうちに、思う存分やっておけ」と言ってくれる。
父さんはゲームがしたいのを我慢して、ゲームの時間を惜しんで勉強をして、ほどほどの大学に入学し、ほどほどの企業に就職して、ほどなく社内結婚し、35年ローンを組んで関東の郊外に小さいながらも一戸建てを購入するに至っているが、ゲームが思う存分できなかったことに後悔があるようだ。
母さんはともかく俺が健康でいることが重要なようで、外に出歩かず、家でゲームをしていることについては、とやかく言わない。
時々、「博士もたまには安奈みたいに外でに出て運動でもすればいいのに」と小言をいうくらいだ。安奈は唯と同じく陸上部で、部活でさわやかな汗をかいている女子中学生だ。
安奈は、言わずもあらん。俺のことを「オタク」、「根暗」、「友達いない寂しい兄」と俺に対してマイナスイメージしか持っていない。
高校二年の夏休みもいつものようにゲーム三昧を送るつもりでいた。
『春華春闘花の舞』のメインキャラをすべてレベル99まであげることを目標にするつもりだった。メインキャラは2人いて、そのうちの1人はレベル99まで上げたが、まだ2人が中途半端なレベルのままだったのだ
しかし、ゲームに集中できなかった。
ふと気づけば、いっこうに姿をあらわさないノエルのことを心配していたり、ターゲットとなった泉先生をどうやって胸キュンさせるかを考えている自分がいるのだった。
そんな落ち着かない日々を送りながら夏休みに入って一週間ほどたったころ、二ノ宮から電話がきた。
「小林、一生のお願いだ。助けてくれ?」
「一生のお願いとはまた、大げさだな。まあ、話だけは聞いてやる」
二ノ宮のお願いとは、彼女とデートに行きたいが、彼女の父親が厳しい人なので、彼女が遊び行く相手は、友達と遊びにいくということにしたいそうだ。そのために、自分ひとりだと怪しまれるから、一緒に来てほしいとのこと。
彼女からの提案で、彼女は自分の友達を連れてくるから、二ノ宮にも誰か友達を連れてきてほしいという内容だった。それで俺に白羽の矢が立ったのだ。
「どうして俺なんだ?」
「どうせ小林は暇だろう?」
「ゲームをやっているから暇じゃないぞ」
「ゲームの時間はいつでも作れるよね? 彼女とデートの時間はお互いの時間が合わないと作れないんだもの。協力してくれないか?」
「しょうがないなぁ」
デート場所は森林公園だという。なんでこんな暑い時期に暑い場所にいかなくちゃいけないんだ?
場所を聞いてげんなりしたが、「一生のお願い」とまで言われたからには、引き受けることにした。
ここで二ノ宮に恩を売っておいてもいいだろう、という算段もある。
日時は3日後、森林公園駅前で10時に待ち合わせとなった。二ノ宮の彼女ってどんな子だろうな。同じ学校で3組の子と言っていた。だから、廊下などですれ違っていたりはするんだろう。
友達も連れてくるといっていたな。ちょっと楽しみだな。
当日、俺は無地の白のシャツにカーキ色のカーゴパンツという服装で出かけた。無地のシャツにしたのはノエルのアドバイスを見習ってのこと。シャツの色をは黒ではなく白にしたは少しでも涼しい色のほうがいいと思ったから。
二ノ宮は先に来ていた。二ノ宮はグレーの襟付きシャツと黒の短パンといういで立ちだ。登山靴のような頑丈そうな靴を履いている。
「早いな」
「気が焦って、30分も早くきちゃったよ」
「そんなに早くから、こんな暑い中、待っていたのか」
「今日は初めてのデートだからね」
「二ノ宮の彼女に会うのは、初めてだからな。楽しみだ」
「とてもかわいいよ。惚れないでよ?」
「人の彼女をとるほど、欲求不満じゃないぞ。
俺は二ノ宮の彼女が連れてくる友達のほうに興味があるな」
「それは僕も気になるんだよね。僕たちと同じ学校の子だなんだって」
「へえ、そうなんだ」
そんな会話をしていてさらに待つこと10分。2人の女子が駅から出てきた。
ポニーテールの小柄な女の子が二ノ宮の彼女だろう。そしてその彼女の隣にいる彼女より少し背が高くて、ショートカットの女子は、俺の知っている奴だった。
「唯? どうしてここへ?」
「あら、ヒロ君」
唯は俺を見て目をまるくし、俺の隣にいる二ノ宮を見て、笑顔を浮かべた。
「清羅ちゃんの彼氏って二ノ宮君だったの?」
二ノ宮も驚きながらも唯に笑顔を浮かべる。
「そうなんだけど、清瀬さんが連れてくるっていっていた友達が平野さんだったなんて、驚いたよ」
「わたしも驚いたわ」
二ノ宮の彼女が俺のほうを見てペコリとお辞儀をした。
「清瀬清羅です。今日は忙しい中、協力してくれてありがとう」
小動物を思わせるかわいらしい女の子だ。頭をあげると、後ろのポニーテールがぴょんとはねた。
かわいい女の子にこんなに丁寧に挨拶されたら、こちらも自然と笑顔になるというものだ。
「いやいや、どうせ暇だったもので。気分転換によかったよ」
唯も清瀬も遊びに行くのが森林公園ということで、動きやすい恰好をしていた。
唯はそのまま運動会に参加できるじゃないかと思える半袖短パンだった。オシャレのオの字もない。
清瀬は裾にフリルのついた丈の短いワンパースにも見える襟付きシャツに、黒のレギンス。シャツの柄は不思議の国のアリスを連想させる軽快なタッチの絵に、ピンクと透明のクリスタルが所々に縫われていて、ポップな中にエレガントさがある。
その後、俺たちはバスで森林公園に向かった。バスの中で、唯が清瀬との関係を説明してくれた。
「清羅ちゃんとあたしは同中なの。三年のときに同じクラスになって急激に仲良くなったのよね」
「そうだったわね」
唯と清瀬は顔を見合わせてほほ笑んだ。
二ノ宮が不思議そうに俺と唯を交互に身ながら質問した。
「小林と平野さんって、小学校も中学校もずっと同じだったんじゃないの?」
「小学校は同じだったが、中学は学区が違って別々になったんだよ。だから高校で再会して驚いたぜ。ようやく腐れ縁が切れたと思っていたからな」
「あたしのほうこそ驚いたわ。ヒロ君がこの高校に入学できたなんてね」
「公立の進学校に入るように親から言われていたからな。もし私立に入ったりしたら、ゲーム禁止と言われて必死に勉強したんだ。あの半年間はつらかった……」
俺は中学三年の寒い冬の時期を思い出した。
あの頃は、ゲームはせずにひたすら勉強していた。あれだけ勉強したのは初めてだ。たぶん、これからも一生ないと思う。
そんな会話をしているうちに、森林公園にたどり着いた。森林公園は暑かった。ただただ暑かった。
子供連れの家族が多く、アスレチックは子供に占領され、高校生の俺たちが入り込む隙間はないと思われた。しかし元気な唯が、子供たちと一緒に、ジャングルジムで遊び始め、それに追随するように俺たちも、アスレチックで遊び始めた。
気づけば夕方。暑かったが、たまにはこういうのもいいかもしれない。
帰りの電車は途中まで四人一緒だ。
清瀬が俺に話しかけてきた。
「小林君って、運動能力あるわね」
「そうか?」
「縄でできた網の上を、すいすいと歩けたの小林君だけよ」
「それはアレだ。バランスボードでバランス感覚を鍛えた時期があったからだ」
Wiiというゲーム機種を頭の中で思い描きながら俺は言った。
唯があきれたような口調で言った。
「ここでもゲームの話? まったくヒロ君は……」
「誰にも迷惑をかけていないからいいだろ」
二ノ宮がしゅんとした声で言った。
「清羅ちゃん、今日は僕のみっともないところをみせてしまってごめんね」
「そんなことないわ。一生懸命な二ノ宮君の姿、とてもかっこよかったもの」
「そういうふうに言ってくれると助かるよ」
二人は見つめ合った。
なんだ? いきなり二人の世界に入ってしまったぞ。
二人の向こう側で、やれやれという表情を浮かべる唯と目があった。俺も同じような目線を送り返した。
俺と唯は二人のおまけみたいなものだったが、まあ、俺自身は楽しめたのでそれでもいいと思った。
唯も同じ心境のようだった。なんたって、一番森林公園を楽しんだのは唯だったのだから。




