ターゲットは高校教師
電車に乗り、南浦和駅で降りると、まっすぐ家に帰る気が起きず、商店街に向かった。
2人目のターゲットの胸キュン集めを完了した今、誰かと目線を合わせたら、今度はその人が新しいターゲットになる。
そのため、俺は誰とも目線を合わせないように、遠くを見るようにして歩いた。
商店街はにぎわっていた。なんでもこの土日は特別イベントがあって、福引などもやっているようだ。
にぎわう商店街を突き進んで家に向かっていると、向こうから歩いてくる人がいた。その人物を俺は思わず凝視する。
どこかで会ったことがあるような気がするが、すぐには思い出せない。
目線が合ったらターゲットになってしまうので、固定して相手を見ることができない。
背中に流れる黒髪、切れ長の目。歳の頃は20代半ば。
誰だっけ?
すれ違った瞬間、分かった。
「泉先生?」
口の中でつぶやくと、その声が聞こえたのか、その人は俺を振り返った。
目線が合う。
「ターゲット、ロックオン。泉小百合さん、高校の教師です」
ノエルの声が響く。
ええ?!
「あら」
泉先生は、俺をみて目の前の男子が誰だったか思い出すように目を細めた。
心の動揺を抑えて俺は挨拶した。
「泉先生、こんにちは」
「こんにちは。あなたは2年1組の……」
「小林です」
「そうそう、小林君」
「いつもと服装が違うから、すぐに気付きませんでした」
「それは先生も同じよ」
「学校ではぴしっとスーツをきて、髪もうしろでくくっていていかにも『ザ・教師』てな感じですが、今日の先生は髪は降ろしているし、服装もジーンズでラフな格好をしているから」
「そ、そうね。やっぱりこんな恰好、おかしいわよね」
「おかしくないですよ。逆に俺、泉先生の普段は見れない格好をみれて、得した気分です」
にっこり笑うと、泉先生は顔を赤くした。
泉先生の胸のあたりからピンクの球がふわふわと出てくる。それを驚きながらも嬉しそうに瓶の中に入れるノエル。
そして俺の脇腹をつついてきた。
「博士様、男としての腕をあげましたね。ターゲットになって数秒で胸キュン1個ゲットしましたよ」
男としての腕をあげた自覚はない。
それよりも、今度はターゲットがあの数学の先生ということが衝撃すぎる!
年上だし教師だし。
これはミス誠進よりも難航するぞ。
そんな俺の心境を知らない泉先生は、先生らしい小言を言った。
「バカなことを言っていないの。休みだからって遊んでばかりいないで、きちんと勉強するのよ。明日は数学の授業があるでしょ? 予習を忘れないでね」
「はーい」
素直に返事をする。予習はしないが、ここで本音を言うと、小言が増えるだけだ。
「先生は南浦和に住んでいるんですか?」
「私が住んでいるのは隣の北浦和。今日はこの商店街でイベントがあることを前もって知っていたから、来てみたの。小林君はこのあたりに住んでいるの?」
「そうです。歩いてい二十分くらいのところなんですけど」
「それなら、これ、よかったら使って」
泉先生は俺に福引券を差し出した。
「買い物をしたら福引券をもらったのよ」
「いいですよ。先生がもらった券なんだから、先生が引いてください」
泉先生は困った表情になった。
「どこで福引をしているのか分からないの」
「福引は中央広場でやっていますよ。案内しますよ」
福引きの場所に先生を案内する。
南浦和の商店街は何かにかこつけて、よくこうしたイベントをしているから、住民として場所は知っているのだ。
「ここです」
福引はガラガラだった。
「私、くじ運が悪いのよ。小林君が替わりにひいて」
「俺だって、そんなにいいほうじゃないですよ」
「いいからいいから」
背中を押されて、ガラガラを回す。
出てきた球の色は黄色。
黄色ってなんだ?
金色なら一位とか特賞で、白は残念賞や参加賞、というようになんとなく色で意味合いは推測できるが、黄色だと? 微妙な色だな。
カランコロン。
鈴が鳴った。
「おめでとうございます。三位、前楽園遊園地招待ペアチケットです」
おじさんが俺にチケットが入っているらしい封筒を差し出した。
「彼女と楽しんできてください」
俺と泉先生を交互に見ながら、満面の笑みで言うおじさん。
「はあ」
俺はあいまいに返事をして、泉先生とその場を去った。
「よかったわね。前楽園遊園地のチケットだなんて。彼女と行ってきたら?」
「とんでもない。泉先生が受け取ってください。もともと福引券は泉先生のものだったし」
「私のことは気にしなくていいのよ。数学の予習、忘れないようにね」
泉先生は逃げるように去って行った。
俺の手元には前楽園遊園地のチケットが入った封筒だけが残された。
なんだよ、これ。
俺は一人取り残される。
千佳さんからも、三瀬からも。
そしてきっと、泉先生からも。




