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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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例えばダンスを踊るように

 新しい世界なんて大そうなことを言ったものの、俺が三瀬を連れてきたのは池袋東口にある大型ゲームセンターだった。


 最寄りの駅まで歩いている最中に、池袋行きのバスと出くわし、電車ではなくバスで池袋に行ったといういきあたりばったりぶり。


 このゲームセンターはビル全部がゲームセンターになっている。


「ここがゲームセンター? すごくにぎやかなところね」


 三瀬はこういう大規模なゲームセンターに来たのは初めてだとのこと。興味津々に並んでいるアーケードゲームを見てまわる。


「何かやってみたいゲームはあるか?」

「あれをやってみたいのだけど……」


 三瀬が言ったのは音楽に合わせて前後左右斜めに足を動かして遊ぶアーケードゲームだった。その名はダンスダンスレボリューション、約してDDRという。


「やっちゃう? 俺、めちゃくちゃ得意なんだ」


 一時、家族全員でハマり、リビングでどったんばったんとやらかし、家族全員で筋肉痛になったことがある。父さんはこのとき言った。


「家を一戸建てにしておいてよかったよ。これがマンションとかだったら、絶対に苦情がきてる」


「頑張って一戸建てを購入した父さんに感謝だな」


 俺が言えば、父さんは苦笑いを浮かべ、次に遠い目をして「35年ローンだけどな」とつぶやいた。


「それまで頑張って仕事してもらわなくちゃね」


 とは母さんの言葉だ。


 話は戻してゲームセンターである。そのゲームは1人プレイ用と2人プレイ用が選べ、俺たちは2人プレイを選択した。


「曲は三瀬が選んでいいぞ。3回チャンスがあるからな」

「最初だからよくわからないの。まずは小林君が選んで」

「わかった」


 俺が選んだのは、「バタフライ」という曲だった。女性ボーカルが歌うアジアンチックな旋律のこの曲は、ダンス系音楽になじみがなさそうな三瀬でも、すんなり受け入れられるんじゃないかと思ったのだ。


 難易度はお互いにそれぞれ選べるから、三瀬は簡単なやつで、俺はマニアックという高レベルのものを選択する。


 三瀬は初めてにもかかわらずクリアした。


「三瀬はリズム感あるな。ピアノをやっているからか。次の曲は三瀬が選べよ」


「うん」


 三瀬が選んだのはPOP系の有名どころだった。もともとのレベルがそれほど高くないため、あっさりと俺達はクリアした。


「最後の曲だ」

「さっき選んでいるときに、気になっていた曲があるの」

「なんだ? それでかまわないぞ」

「うん、ありがとう」


 三瀬が選んだのはクラシックの「トッカータとフーガ」という曲だった。選択中の今はデモがながれている。

 まるでラスボスがでてくるときのBGMみたいな曲だ。確か中学のときに音楽の授業で聞いたことがある。

 低音からゆっくりと始まったとおもったりいきなり早いテンポがはやくなる。

 簡単なレベルでも高い難易度が表示されている。


「クラシックか。これはやったことがないな」

「バッハが好きだし、このレベルがどれくらい難しいのか試してみたいの」

「よし、どうせ最後だ。チャレンジするか」

「うん」


 結果は、ぼろぼろだった。


 俺はいまさら意地としてレベルを下げるわけにはいかないので、マニアックという難易度の高いレベルのままで進め、曲の半分もいかないうちにゲームオーバーになった。


 こんなのクリアできるやつ、いるのか。


「やっぱり難しかったわ。けれどすごく楽しい」


 言って、カバンからハンカチを取り出して、額に浮いた汗をふく三瀬。


 そのハンカチは俺が三瀬に礼としてあげたものだった。


「そのハンカチって、もしかして」

「あ……。うん」

「使ってくれているんだな」


 自分のプレゼントしたものを使ってくれているのを目の当たりにして、俺は心からでうれしく思った。


 あれほど拒んでいたものを無理やりもたせたのだから、捨てられたり、誰かに譲ったりしているかもれしないと思っていたのだ。


 その後は、リズムに合わせて太鼓を叩くゲームや、画面に表示される動きに合わせて自分も踊りながらその動きに合わせるゲームをやった。


「ゲームセンターってこんなに疲れるものなの?」

「体を使うゲームばかりしているからな。少し休もう」

「ええ」


 休憩コーナーに行き、空いている席を見つけると、三瀬はすぐに座った。

 俺は座る前に自動販売機のところに向かう。

 体を動かしてのどがかわいたから、水分が欲しくなったのだ。


 何飲むかなぁ。


「博士様、まさか自分のものしか買わないつもりじゃないでしょうね?」

「そのつもりだぞ」


 それがどうした?


「ここは三瀬さんのぶんも買ってあげるべきです」

「買いたかったら自分で買うだろ?」

「モテる男になるためには気配りが必要なのですよ」

「ぐっ! わかったよ」


 三瀬がどんな飲み物が好きなのか分からない。エイトナインに掲載されていた好きな食べ物の中に紅茶があったな。紅茶といえば、ミルクティーとか飲んでいるイメージだよな。

 ミルクティーのボタンに指を伸ばし、それを見ていたノエルが口を開きかける。


 そこで俺ははたと思う。運動したあとはさっぱりしたもののほうがいいよな、と。

 俺は動かしていた腕を起動修正してスポーツドリンクのボタンを押した。

 ノエルは何も言わず、にっこり笑うと満足げに頷いた。


 続けて、同じスポーツドリンクのボタンを押そうとしたところで、ノエルが口を開いた。


「もう一本は冷たいお茶にしてください」

「同じものでいいだろう」

「スポーツドリンクとお茶の二つを提示して、選んでもらうんですよ」

「俺はスポーツドリンクが飲みたいんだ。お茶なんて飲んでもつまらないだろ。もし三瀬がスポーツドリンクを選んだらどうするんだよ?」

「博士様が我慢するまでです。

 モテる男になるためには時には妥協も必要なんですよ。

 スポーツドリンクでもお茶でもおなかの中に入れば同じです。死にはしません」

「そりゃあ、死なないけどよ」


 俺はしぶしぶとお茶のボタンを押した。

 ジュースを買って三瀬のところに戻ると、椅子に座りながらアーケードゲームで遊んでいる人達を楽し気に見つめる三瀬の姿があった。


 目が輝き頬が紅潮していて、美人というより可愛くみえる。さっき公園でうなだれていた人物とは別人のようだ。


「はい、三瀬。どっちがいい?」

「ありがとう。のどが渇いていたから、冷たいものが飲みたいと思っていたの。小林君はどっちが飲みたいの?」


 三瀬に聞かれ、正直に答える。


「俺はスポーツドリンクだ」

「わたしはお茶でいいわ」

「そうか」


 店にお茶を手渡し、俺は三瀬の隣に座り、スポーツドリンクのペットボトルのふたを開ける。


「おいしい! 生き返るわ」


 三瀬はにっこりと笑った。


 俺も希望通りのスポーツドリンクが飲めて生き返ったような気分だ。


「うまい。運動のあとのポカリは最高だな」


 俺たちは見つめあって笑い合った。

 三瀬は心から微笑んでいるように見える。そんな三瀬の笑顔がみれて俺はうれしかった。


「いつもそんなふうに笑えればいいのにな」


 三瀬が驚いたように俺を見た。


「え?」

「学校で顔に張り付けているあいまいな笑みより、今の笑みのほうがずっといいぞ」

「そんな……」


 恥ずかし気にうつむく三瀬。その三瀬の胸のあたりからピンク色のふわふわが飛び出してきた。

 いそいそとそれを瓶に詰めるノエル。


「誰もわたしのことを見ようとしない。わたしという外見から連想する幻想を見ているだけ。そんな中、小林君だけは気付いてくれた」


 三瀬が俺を見つめてくる。救いを求めるように、助けを求めるように。


 俺が三瀬の内面に気づくことができたのは三瀬を遠巻きから観察していたからだ。

 もともと三瀬と知り合いで、会話をする仲だったら気づけなかったかもしれない。


 三瀬を観察していた理由はターゲットとなった三瀬から胸キュンをゲットするためだ。

 けれど、今、三瀬に見つめられて、三瀬を抱きしめたい気持ちにかられている。


 三瀬が俺を求めるなら、俺はそれに答えてやりたい。


 俺達の間に音が消えた。


 目線を絡ませ、お互いを見つめる。


「三瀬、お前は一人じゃない。お前のことを分かってくれるやつは必ずいる」


 三瀬の手を取った。三瀬の手はさきほどとは違い、冷たくなっていた。


「うん、わたしはその人が、あ……」


 あなたが、と言おうとしたんだと思う。しかしその前に、ノエルが三瀬の耳元で囁いた。


「恋の夢から覚めなさい」


 三瀬が瞳を閉じる。俺は三瀬の手離し、ゆっくりと三瀬から離れた。


 次に目を開けたとき、三瀬は自分の状況が分からないとでもいようにきょとんとした表情を浮かべていた。


「あら、わたし……」

「いい気分転換になったただろう?」


 言って、俺は静かに三瀬の手から自分の手をを放した。


「小林君……」


 三瀬は数回まばたきしをし、そしてやんわりとした笑みを浮かべた。


「そうね。いい気分転換になったわ」


 三瀬は椅子から立ち上がった。


「小林君、今日はありがとう」


 その後三瀬はせっかく池袋に来たのだからヤマハに寄っていくと言って、俺と別れた。

 ヤマハといえば、俺はバイクのメーカーを思い出すが、三瀬が言っているのは音楽関係のショップのことだった。


 俺は一人で池袋駅に向かうことになった。

 あっけない別れだった。


「博士様、危ないところでしたよ。もう少しで三瀬さんを本気の恋に落とすところでした」

「そうか……」


 人の流れに沿って歩みを進みながらぼんやりと相槌を打つ。


 ――俺のほうが本気になりそうだった。


 三瀬があんなことを言ったのは、ラブオーラで俺に魅了されたからだと、今なら納得できるが、あのときは、本気で俺は三瀬のことを大切にしたいと思ったのだ。


 誰も三瀬を分かってくれないなら、俺が三瀬を分かってやると。

 三瀬のためなら他の人間に嫌われてもいいと思った。


 三瀬が俺にそれを望むなら。


 けれど、それが幻となってしまった。

 三瀬には記憶しか残らず、俺には幻から生まれた感情が残された。


「胸キュンを集めるのってキツイのな」


 そんな俺のつぶやきには気づかず、ノエルがうきうきとした声で言う。


「順調ですよ。あと三人で瓶は胸キュンで満杯になります」


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