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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
22/68

手をつなぐ

 土曜日、俺はコンビニに向かった。コンビニに入ると、千佳さんが挨拶をしてきた。


「いらっしゃいませ」


 マニュアル通りの挨拶。目線を交わすと、どちらともかく笑い合う。


 週間サタデーを立ち読みし、レジカウンターに向かう。


「もう少しで休憩なの。そのときに例のものを渡すわ。あと十分ほど待てる?」

「りょーかい」


 俺は頷いた。

 コンビニの店内をぶらぶらし、ほかの雑誌を読んで時間をつぶす。千佳さんの隣に千佳さんと同じ年くらいの男の人が並んだ。


「おねがいね」

「まかせて」


 二人が小さな声で会話をし、千佳さんが奥に引っ込んだ。俺はそれを見届けて、コンビニを出て、コンビニの建物の裏のほうに回る。ほどなくして千佳さんが頑丈そうなビニール袋をもってやってきた。


「これ、わたしおすすめの漫画よ。安奈ちゃんもきっと気に入るわ」


 タイトルは「花より蝶より君が好き」。目に飛び込んできた表紙には、ときめきトワイライトの絵とはまた違うタッチだが、これまたイケメンと美少女が見つめ合っている絵が描かれている。


「こんなにあるのか? 持ってくるの大変だっだろ?」

「わたしは自転車だから。博士君のほうこそ、持って帰るの大丈夫? もっと少なめにしておけばよかったかしら」

「いや、大丈夫だ。これくらい持って帰れるさ」

「これで全巻なの。二十四巻まであるわ」

「いつ返せばいい?」

「急がなくてもいいわよ。来週はいるけど、次の週から夏休みで実家に帰る予定なの。だからコンビニのバイトは夏休みの間は休むわ、ゆっくり読んで」

「わかった。そうだ。メール交換しておこう。返すときに先に連絡したいし」

「そうね」


 俺と千佳さんは連絡先を教え合った。


「じゃあ、千佳さん、バイトがんばって」

「うん、ありがとう」


 俺はえっちらほっちらビニール袋をもって家に帰った。重い。二十四冊もある漫画の重さだ。

 家に帰ってさっそく安奈にみせると、安奈は目を輝かせた。


「お兄ちゃんどうしたの?」

「友達がもっていてさ。安奈が興味あるみたいだって話したら、貸してくれたんだ」

「男の人じゃないでしょうね?」

「ばぁ! 女だ女。男子がこんな漫画集めていたらおかしいだろ?」

「お兄ちゃんの口からそれ言うの? ともかくこれは借りておくわ。いつ返せばいい?」

「夏休み中は借りっぱなしで大丈夫と」

「そう。ゆっくり読むわね。お兄ちゃん、ありがとう」


 千佳さんと会話ができたし、安奈にもお礼を言われるしで、いつもとは少し違う土曜日になった。

 が、このあとは、いつもと同じ。今の俺がやっているのは目下のところ、「春華春闘花の舞」。ギャルゲーとバトルアクションの要素がミックスされた育成ゲームだ。その夜はゲームに費やされた。

 俺がPS3を占領したため、ノエルはPSP今度は「ラグーン・ファンタジー」というロールプレイングゲームをやり始め、今度はそれにハマッていた。


 そして日曜日、俺とノエルは、前もって突き止めていた三瀬の家の前に張り込むため、家を出た。三瀬の住んでいる家の最寄り駅は、大宮駅から徒歩十五分ほどのところにある。

 大宮駅を出て、三瀬の家に向かう。

 計画では三瀬の家の前で張り込み、レッスンに向かう三瀬を追跡し、レッスン先で待機。レッスンを終えて帰る途中の三瀬に、偶然を装って話しかける、というものだ。


 とにかく話すきっかけが欲しい。

 今日の俺の服装は、動きやすいようにこげ茶のカーゴパンツに上は、またもや黒い半そでシャツ。


 ほかにも「冷蔵庫冷えてます」という文字がプリントされたシャツや、「I・ハート・NY」と書かれたシャツなど数枚かあるのに、ノエルは無地の黒を勧めた。


 近所の人に同じ服しかもってないと思われるじゃないかと俺は反論したが、ノエルが言うには、文字が書かれているシャツは、見る者によっては不快感を与えるのだという。


 「冷蔵庫冷えてます」はビール冷えてますなら分かるけど、冷蔵庫冷えてますってなんやねん? と思われるかもしれないし、「I・ハート・NY」はニューヨークが嫌いな人に不快感を与えるかもしれないのだと。


「無地が一番無難なんですよ」

「無地が嫌いな人もいるだろう?」

「それはごく少数派です」


 ノエルは少数派を切って捨てた。

 三瀬の家に向かう途中で、俺は道に迷った。


 予定では、九時前には三瀬の家にたどり着いているはずなのに、九時をすぎてもたどり着かない。


「なぜだ?」


 俺はスマホの地図を見ながらうなった。


「博士様、うすうす気づいていましたが、方向音痴ですか?」

「俺は方向音痴ではないぞ。きっと、この地図が間違っているんだ。新しい道が更新されていないんじゃないかと思われる」


 このあたりで新しい都市開発が発足したという話はないがな。

 地図が読めないというのは、RPGをプレイする者にとっては致命的だ。RPGというゲームはメルカトル図法のように描かれた地図上で、主人公を操り移動させていくものが多いのだ。


 有名どころのRPGを制覇している俺が、リアルの世界で方向音痴というのは認められない。

 まったくもって認められない。


「池袋の美容院に行くときも、アンデールのお店に行くときも迷っていましたよね?」

「うっ……初めて行く場所は迷いやすいんだよ」


 その後もいっこうの三瀬の家にたどり着けず、気づいたら十一時を過ぎていた。


 ピアノのレッスンは午前中にあるという話だ。ということは、すでにピアノのレッスンに行っている可能性が高い。


 計画が狂った。

 地図のせいで。断じて俺のせいではない。


 計画を変更して、三瀬の家の前で張り込み、三瀬が家に戻ってくるところをつかまえようか。



 子供たちの楽しそうな声がしてそちらを見ると、そこは住宅街に囲まれた小さな公園だった。ブランコに滑り台、鉄棒があり、子供たちがそれぞれの遊具で遊んでいる。ベンチに少女が一人腰かけていた。


 あれは?!


 少女を改めて見る。いわゆる二度見だ。

 ベンチに腰掛け、膝のうえのおかれたアジアンテイストの麻のカバンを、うなだれるように見ろしているのは三瀬だった。


 奇跡だ!

 さんざんこのあたりをぐるぐる回り歩いたた甲斐があった。


 スキニータイプのジーンズに、腰の上あたりに絞るための紐がついた白いチェニック。

 襟のあたりにエキゾチックな刺繍がされていて、靴は水色のスニーカーを履いている。

 制服姿しか見たことのないから、そんな私服の三瀬は、普段の取り澄ました顔よりも、子供っぽく見える。


 俺は三瀬のところに近づいて行った。


「三瀬?」


 声をかけられ、三瀬は顔を上げた。


「あなたは……小林君?」

「ああ、奇遇だな。思いもよらないところで三瀬の姿を見つけたらつい、声をかけてしまったぞ」


 半分は嘘である。三瀬に会うために三瀬の家を探していて、家を探し出せず、ここでたまたま本人を見つけたのだ。


 三瀬は口元にやんわりと笑みを浮かべた。


「どうしてここへ? 小林君はこのあたりに住んるの?」

「いや、俺の家はここからは結構遠い。俺は散歩が趣味でな。思いつくまま散歩していてここにたどり着いたんだ」

「ふふ。散歩が趣味なんて健康的ね」


 三瀬は俺のでまかせをあっさりと信じた。


「三瀬は、ピアノのレッスンの帰りか?」


 三瀬の様子から今からピアノのレッスンという雰囲気ではない。


 一人でベンチに座っている様子は落ち込んでいるようにみえたから、レッスンで先生に怒られたか、思うように弾けなかったかしたのだろうと思う。


「ええ、そうよ。わたしがピアノを習っていること、どうして知っているの?」


 少しだけ警戒のまなざしを向ける三瀬。さっき、俺が三瀬に話しかけたときも感じたが、三瀬は他人に対する警戒心が強い気がする。


「妹がエイトナインの愛読者でな」


 多くを語らずとも三瀬は理解してくれた。


「そうなの。小林君には妹さんがいるのね。妹さんはかわいい?」

「かわいいっていうか、生意気だぞ」

「ふふ」


 三瀬は再び笑った。少しだけ警戒心が解かれたように感じた。


「隣に座っていいか? こうして話しているのと、俺のほうが目線が高くて居心地が悪い」

「どうぞ」


 三瀬は身体を横にずらしてくれた。


 いざ隣に座ると、どういう会話をすればいいのか分からなくなった。


 俺の好感度を上げる絶好の機会なのに、三瀬と二人きりで話す場を模索するのに夢中で、こんなシチュエーションの中、どんな会話をするかまでは考えていなかった。


 ギャルゲーで培った経験値をここで生かさないでなんとする。

 がんばれ、俺!


「ハンカチのこと、ごめんな。無理やり押し付けてしまって」

「こちらこそ気を使わせてしまってごめんなさい」

「謝ることはないぞ。あれは俺がそうしたいと思った代物だ。ある意味、ただの自己満足だったからな」


 三瀬はあの困ったような笑みを浮かべた。


「三瀬、お前、最近、本心から笑ったことあるか?」


 三瀬の口元に浮かぶ笑みがそのまま硬直する。


「何を言っているの?」

「人に気を使いすぎて自分の気持ちを表面に出せなくなっているんじゃないかと思って」


 三瀬は顔を伏せた。


「ああ、余計なおせっかいだったな。今の言葉は忘れてくれ」


 顔を伏せたまま、三瀬は小さな声で言った。


「小林君には分からないわ」

「え?」

「いつどこにいても誰かがわたしを見ているのよ。わたしが意見を言うと多くの人が同調するの。それが間違っていたことでもね。誰か一人と仲良くしていると、その人がいじめられるの。

 理由はわたしのことを独り占めしたからって。そんなことを経験したら……」


 麻のカバンをぎゅっと握り締める。その指先が力が入りすぎて白くなっている。


 それを見た瞬間、三瀬を人の目の牢獄から助けてあげたいと思った。同時に体が内側から熱くなる。

 俺はベンチから立ち上がると、三瀬の前に立った。


「三瀬には気分転換が必要だぞ。この後、時間あるか?」


 三瀬は顔をあげて、俺を見つめた。その目がうるんでいるように見えるのは気のせいではないだろう。


「気分転換にもってこいの場所に連れて行ってやる」


 三瀬に手を差し出す。


「新しい世界が見つかるかもれしないぞ」


 三瀬の胸のあたりから胸キュンが飛び出した。

 三瀬がおずすおずと俺の手を取る。


「博士様、ラブオーラ発生中です」


 ノエルが三瀬の胸キュンを瓶に取り込んだ。


 今のでラブオーラの力を使っちまったのか。

 体が熱く感じるのはそのためか。


 心の隅でそんなことを考えながら、三瀬の手を握り返した。


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