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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
21/68

ライバルに呼び出される

 その日は、ハンカチを返しに行ったとき以外、三瀬に近づくことはできなかった。三瀬に近づくこれといったら公な理由がないからだ。


 家に帰ると、ノエルが責めるように言ってきた。


「このままではいつまでたっても三瀬さんを胸キュンできませんよ」

「しょうがないだろ? 三瀬に近づくきっかけがない」

「博士様が三瀬さんに興味があるふりをしてつきまとえばいいんじゃありませんか?」

「いきなり付きまとわれたら、胸キュンどころか嫌われるぞ。

 今までだって、付きまとおうとするやつらはいたはずだ。それを取り巻きが追い払ってきたという感じだ」

「そう言われてみればそうですね。

 特にあの背が高い男子生徒の佐々木蹴斗さんは、三瀬さんを男達たちから守るナイトみたいです」

「あいつ、佐々木シュウトというのか。バスケのエースよりサッカーのエースみたいな名前だな。ちなみにシュウトとはどんな漢字を書くんだ?」

「『蹴る』に北斗の『斗』です」

「ますますサッカー男子みたいだ。ノエル、よく『ケルト』と読まなかったな」

「わたしの世界の翻訳機能は優秀なんですよ」


 えへんといばるノエル。優秀なのは翻訳機能であってノエルではないだろう。

 それに本当に優秀かどうかは疑問だ。俺の名前の博士を『ひろし』ではなく「はかせ」と翻訳するんだからな。


「ちなみに佐々木さんは三瀬さんのことが大好きです」

「だろうな。そうだ、佐々木が三瀬にキュンキュンしているときに、佐々木の胸キュンを集めればいいじゃないか?」

「それがだめなのです」

「なぜに?」

「私は博士様が胸キュンを集めるかわりに、博士様をモテる男にするという契約をしました。この契約により、博士様が相手に胸キュンをだしてくれたものじゃなければ集められないことになってしまったんです」

「なんだって?」

「わたしも契約を交わしてから初めて知りました」

「自分で契約の交渉をしてきたくせに、知らなかったのかよ?」


 俺のつっこみにノエルは口をへの字に曲げた。


「契約の内容を隅々まで見る人っているんですか? あんな細かい文字を一字一句読みふける人っているんですか?」

「何、逆切れしてんだ。そもそもあの時、契約書はなかっただろう。契約のキスがあっただけだぞ」


 おでこにチュー、のな。


「ちょっと言ってみただけですぅ。何本気にしてるんですか? エンジェルと人間の契約にびっしり文字の書かれた契約書なんて必要なんですよー!」


「こ、こいつ。マジ、むかつく!」


 そこに、ドア越しに安奈の声がかかる。


「お兄ちゃん、独り言うるさい。静かにして」

「あ、ごめん。ちょっと電話してて」

「うっそ。お兄ちゃん、電話する相手がいるの?」

「余計なお世話だ!」


 ドア越しに叫ぶと、安奈が去っていく気配がした。


 気分がそがれた。

 そのおかげでいくぶん冷静になれた。

 ノエルとラチのない喧嘩をしていても時間の無駄だ。


 声を小さくしてノエルに提案をもちかける。


「三瀬の情報を集めよう。その中で三瀬と話すチャンスを見つけるんだ」


 ターゲットをリサーチする。

 もうこれしかない。

 去年、俺がハマっていた推理ゲームもまずはリサーチすら始まっていた。

 ターゲットを捕らえるためには、ターゲットを知らなければならない。


 ノエルは神妙に頷いた。


「そうですね」


 美月が今月のエイトナインに載っていたということで、安奈にその雑誌を借りて読んでみることにした。

 雑誌を借りるとき、


「お兄ちゃん、女の子のファッション雑誌に興味があるの?

 きっもーい!」


 と言われたが、無言で返した。ここで「同じ学校で隣のクラスの女子生徒が載っているから興味がある」なんて正直に話したら、余計、軽蔑の目で見られること間違いなしだからだ。


 さてさて安奈から雑誌を調達した俺は、自分の部屋に戻って、ゆっくりと雑誌を開いてみた。

 三瀬が載っているページを読んでみる。


 『街角で見つけたおしゃれ女子(池袋編)』というページで四ページにわたって、一般女子が掲載されている。その中でまるまる一ページ使っているのが三瀬だった。


 白っぽいクリーム色のロングのスカートに、上は丈の短い明るい黄色のカーデガン。カーデガンの下に襟にビーズがほどこされた白いブラウスを着ている。

 薄茶色の網目模様の太めのベルトがウエストよりも高い位置で絞められているのは、足長効果を狙っているのだろうな。


 えへん!

 ノエル直々のおしゃれ講座で学んだ俺の目は肥えてきているのだ。


 こげ茶のサンダルは厚底になっていて、さらに足長に見える。顔が小さいから八頭身はあるように見える。


 斜め四十五度の角度で、こちらに顔を向けて、少し目線を外して、遠くを見るようなまなざしで微笑んでいる。肩掛けのカバンはアジアンテイストな麻製。神秘的かつ可憐なフォトだ。


 写真にばかりに目が言っていて、すぐには気づかなかったが、写真の左下にコメントが書かれていた。


『今日は休日だったので、新しいピアノの楽譜を買いに来ました。このあとはお気に入りの紅茶屋さんで、紅茶を飲みながらまったりしたいと思います。

 趣味・ピアノ、好きな物・紅茶とケーキ』


 好きな物に、紅茶とケーキとあるのが三瀬らしいといえは三瀬らしい。しかし、ピアノが趣味とは知らなかった。


 でも三瀬に合っている。水たまりを飛び越える様はまるで武道家かくノ一のようだった。

 が、趣味は「武道です」というよりも「趣味はピアノです」のほうが合っている。


 文章の内容が全体的に三瀬らしくて、逆にわざとらしい感じが否めない。


「明日から本格的に三瀬をマークする。ノエルは普通の人には姿が見えないんだから、それを利用して、より多くの三瀬の情報をかき集めてくれ」

「ラジャー!」


 ノエルは威勢よく敬礼してみせた。


 次の日の昼休み、俺は昼食を終え、宿題を片付けていた。午前中の授業だけで、宿題が三つも出たのだ。これは本気を出して昼休みに片づけなければ、家に持ち越しになってしまう。


 絶対にそれは防がなければならない。

 そんなことをしたら、俺のゲームをする時間が削られてしまう。

 というわけで、三瀬の情報集めはもっぱらノエルにまかせっきりだ。


 そこに唯がやってきた。


「数学の教科書。助かったわ」


 言うと、ポンと俺の机にパックの牛乳を置いた。


「なんだ?」


 いぶかしげに唯を見ると、唯はにかりと笑う。


「数学の教科書に正しい答え、書いてくれていたでしょ? だからそのお礼」

「たまたま俺のクラスのほうが先に進んでいたからな」

「おかげで助かったわ。ちょうどヒロ君が訂正してくれていたところ、先生にあてられたの」

「それはよかったな。

 唯が間違えていた箇所は、方程式の解き方はあっていたのに、ちょっとした計算ミスだった。

 おっちょこちょいすぎるぞ」

「自覚はあるわ。けれどあたし、ああいう細かい計算苦手なのよ」


 唯らしい回答に、こちらとしては何も言うことはない。

 そのかわり、机の上に置かれた牛乳パックを手に取った。


「これはありがたくいただいて置く」

「教科書を借りるときにはあたしに借りてね。

 でもって、問題に答えを書いてくれたら助かるわ」

「なんでも解けるわけじゃないぞ。

 今回はたまたまだ」

「またまた、ご謙遜を。あたし知ってるんだからね。ヒロ君はやればできる子なんだから」

「へいへい。よく言うよ。ほめても何もでないぞ」

「あはは。じゃあね~」


 唯は元気よく言って、元気よく去って行った。

 まったく、台風のようなやつだ。

 牛乳パックにストローを刺したところに、俺と唯の会話を聞いていた二宮が話しかけてきた。


「小林って平野さんと仲いいよね」

「そうか?」


 返事をしてからストローで牛乳を飲む。生の牛乳は苦手だが、これはクリーム仕立てでほのかに甘い。俺が好きなジュースの一つなのだ。


「小学校からの幼馴染だからな。腐れ縁ってやつさ」

「ただの腐れ縁という感じじゃないみたいだけど」


 二ノ宮が何か言いたそうにしたが、俺は気にせず、再び宿題に取り掛かった。


 その後の数日間は、三瀬に対するリサーチに費やした。

 それで分かったことは、三瀬は日曜日に近所のピアノ教室に通っていて、友達に遊びに誘われても、ピアノ教室と練習を理由に断っているということだった。


 ノエルは俺が学校にいる間は、家でゲーム三昧な日々を過ごしていたが、そのゲームの熱が少し冷めたらしく、俺が学校にいても、まとわりついてきたり、かと思うと、どこかにふらっと行ってしまったりする。


 ノエルにはノエルの事情というものがあるのだろう。俺も俺の知らないところでノエルが何をしているのかということは、いちいちノエルに聞かない。


 ノエルと相談し、日曜日に三瀬の家に張り込んで、偶然を装い話しかけるというプランでいくことにした。

 千佳さんのときに、アニメマートに張り込んだのと同じような手口だが、発案者が同じなのだから、目をつぶることにした。

 それに待ち伏せというのは、効率的な手段であることは確かなのだ。


 そんなおり、俺はエースに呼び出された。ちょうど下校時で校舎を出たところだった。


「ちょっと話がある」


 今にも人を殺そうな目でにらまれ、思わず腹に力が入った。

 ここで断っても、必ずどこかで話をつけなければならないだろう。


「ああ」


 俺は頷いた。


 学校の中で人目につかない場所というのはないに等しい。校舎の屋上、体育館の裏、焼却炉がある場所。そんな場所は誰もいないようでいて、必ず誰かの目がある。


 佐々木が俺を連れてきたのは、プールの更衣室のある建物の裏だった。

 この時間、プールは水泳部が部活で使用しているが、更衣室の裏側は死角になっている。なかなかいいチョイスだ。


「最近、美月のまわりをウロウロしているな。目障りだからやめろ」

「おまえの迷惑になるようなことはしてないぞ」

「お前なんかに美月が関心を寄せると思うなよ」

「思ってないぞ」

「だったらなんで美月に近づこうとするんだ?」

「よんどころない事情があってな」

「美月に告ったって振られるだけだぜ。あきらめろ」

「なんだか話の論点がずれているようだな。俺は三瀬のことをなんとも思っていない。

 三瀬の周りをうろうろしているように見えるかもしれないが、そこに何もやましいものはない」

「美月のまわりうろつていることは認めるんだな?」


 そこはあえて答えず、話をそらす。


「どうしてそんなにむきになる? 三瀬のことが好きなのか?」

「……っ!」

「好きだったら、好きだと本人に言えばいいじゃないか。本人に自分の気持ちを伝える勇気がないくせに、ライバルらしい人物があらわれたら、こうやって裏で蹴落とすなんて、陰険としかいいようがない」

「なんだと!」


 佐々木は俺の胸ぐらをつかんだ。


「殴るか? そうしたら殴られた顔で、三瀬の前に現れてみようか。やさしい三瀬は新しいハンカチで解放してくれるかもしれないな」


 まっすぐに佐々木の目を見て、挑発するようににやりと笑う。


「ちくしょうっ!」


 佐々木は乱暴に俺を振り落とすと叫んだ。


「告白なら何度もしている」


 ええ? そうなの? なんども?

 俺は襟元を正しながら相槌を打った。


「そうなのか?」

「そのたびに、断れているんだ。それもはっきりとした断り方じゃない。だからつい希望をもってしまう」


 その様子がまざまざと目に浮かぶ。


「美月は誰にも心を許さない。いつも静かに微笑んでいるだけなんだ」


 髪をさらりとかき上げながら、切なげに言う佐々木。

 佐々木はすらりと背が高くスポーツマンタイプの体系をしている。健康的な肌に、細いよりにはしまった体つき。顔も、なんつうか、正直には言いたくないが、いわゆるイケメンだ。

 そんなやつが、切なげな表情を浮かべて、さらりと髪をかき上げると、やたらと絵になる。


 好きな相手をライバルに取られるかもしれないと思い、焦燥感と嫉妬にかられる佐々木の表情を見た女子の多くは、胸キュンすることだろう。


 ノエルが俺ではなく、佐々木みたいな男と契約していれば、今頃、瓶の中は胸キュンで早くも満杯になっていたかもしれない。


 世の中、うまくいかないものだ。


「そんなに好きなら、もっと三瀬の内面を見てあげたらどうだ?」


 俺はうなだれる佐々木に、しなくてもいいアドバイスをして、その場を去った。


 内心ドキドキしていた。もしガチで喧嘩になったら自信をもって言えるが、俺が負けていた。


 殴り合いなんて今までしたことないからな。

 もちろんゲームの中では数えきれないほどバトルをし、勝ってきた。

 アクションゲームは俺の喧嘩のバイブルだ。

 必殺技を出すために、上下右左のボタンを駆使し、何度も何度も練習したものだ。


 今となってはそれも懐かしい。

 懐かしいとは思うが、上下右左のボタンを駆使した早押しは現実の喧嘩は全く役にたたないのである。


 俺は安堵のため息をついた。

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