噂のスウィーツ店を探す
校舎から出ると、地面が濡れていた。にわか雨が降ったらしい。空は白い曇り空のところどころから青空が見えている。今日はもう降らないよな。傘を持ってきてないぞ。
コンビニに行ったら、あろうことか、いちご大福は売り切れていた。
なんてこったい。運が悪い。
「違うやつで代用するか」
いちごジャムパンなんかどうだろうか。ジャムパンを手にとると、すぐさまノエルが言ってきた。
「アンデールに行きましょう」
「めんどうくさい」
「モテる男は自分がめんどうくさくても、女の子が喜ぶことをするものです。誠意を見せてください」
「モテる男にはなりたいが、別に唯にモテなくてもいいぞ」
「うま! なんてズボラな言葉なんでしょう!
千里の道も一歩から。
ミスコン女子にモテたいなら、近場の草花からですよ」
ノエル、それ唯に失礼じゃないか?
それは三瀬が高嶺の花なら、唯は道端の、踏まれても踏まれてもしぶとく生き続け、小さな花を咲かせる草花という意味と同類だぞ。
思ったが、別に訂正するもんでもないので、ただ頷いた。
「……分かったよ」
コンビニを出て、アンデールの店がある方向に歩いていく。
「アンデールとはどんなお店なんですか?」
「このあたりでは有名なケーキ店でたびたびテレビや雑誌にも紹介されているらしい。
安奈に、店がある場所が俺の通っている高校から近いから、『お土産に買ってきて』って何度もせがまれたことがあったな。わざわざ十五分かけて歩いていくのが嫌だったから、から返事ばかりしてたら、あきらめたのかそのうち何も言わなくなった」
「まったく博士様は女の子の気持ちを分かっていませんね」
ノエルはあきれたような目線を向けた。
「ところで、お店の場所は分かっているんですか?」
「だいたいな。以前地図を見たことがあるが、そんなに迷うような道でもなかったはずだ」
その店があるというあたりをぐるぐる行き来し、ようやくそれらしい建物を見つけた。
赤と白でデコレーションされたまさに「ザ・ケーキ屋」みたいな建物だ。
「あれか?」
近づくと、あたりに甘い菓子の匂いがただよってきた。縁に蔦が絡まる模様のある看板には「アンデール」とある。
「やった! やっぱりここだ」
店まであと十歩というところで、店の中から出てきた人物がいた。
誠進高校女子生徒の制服を着ていて、胸元でアンデールの看板と同じような蔦の模様が施された紙袋を抱えていた。
三瀬だった。
三瀬は俺に気づくことなく、背中を向けて反対方向へ歩いて行った。
一瞬見えた、紙袋を見つめる三瀬は、とても嬉しそうに微笑んでいた。
背中でゆれる、ふわふわの栗色の髪を見送る俺。歩き方もうれしそうに見える。
「あんなふうに笑うこともできるんだな」
「なんだか学校のときとは雰囲気がちがいますね」
学校ではいつもあいまいな笑みばかり浮かべる三瀬だが、意外な一面が見れて特した気分だ。
そんな俺に三瀬は再び俺に得する気分を味合わせてくれた。
三瀬が進む方向には大きな水たまりがあり、三瀬はふわりと飛び跳ね、水玉まりを飛び越えたのだ。
スカートがひるがえり、白いふとももがあからさまになる。
いやいや特した気分というのは、三瀬のふとももが見えたことじゃなく、いや、もろちんそれもあるのだが、学校ではすましている感じの三瀬が、そんなおてんば娘みたいな行動をしたのを見れたことである。
三瀬は俺がその様子を見たことに気づかなかった。
気づいていたら、きっとあんな行動はせず、あの困ったような表情を浮かべながら、水たまりを大きく避けて進んだことだろう。
学校の中にいる三瀬と、アンデールからお菓子の紙袋をもってうれしそうでできた三瀬とは、雰囲気が違う。しかし俺は、今遠ざかっていく三瀬のほうが本当の三瀬じゃないかと思った。
店内は白と赤と茶色を基調した色調に彩られ、いたるところに蔦の模様がアクセントとして飾られている。値札にも蔦の模様がある。
「かわいい。おいしそうなお菓子がいっぱいです!」
ノエルが目を輝かせた。
「森の中のお菓子の家みたいだな」
俺が言うと、ノエルが信じられないものを聞いたというような表情で俺を見た。
「乙女チックな言葉だったな……。らしくないか」
照れ隠しでぶっきらぼうな言い方になる俺。
「いいえ。かわいいと思います!」
「……」
何か胸にわだかまりを感じた。
ぶらぶらと店内を見てまわる。
ノエルはと言うと、ガラスケースの中のお菓子をじっと見ていた。
目線の先をたどると、そこには一つのお菓子があった。ハートの形をしたチョコレートの上にホワイトチョコレートのリボンがコーティングされているものだ。
消しゴムサイズなのに、三百円もする。自分の隣についた俺に気づいたノエルが言った。
「かわいいですね。おいしそう」
「食べれるのか? ノエルの食事は人間の感情なんだろ?」
「人間の食事は無理をすれば食べることはできます。ただ消化効率が悪いだけで」
なんでもないことのように言うとノエルは、今度は違うお菓子のほうに行った。
へえ、そうだったのか。てっきり食べ物は受けつけたいものだと思っていた。
唯が希望したいちごカステラはすぐに見つかった。1本のままのものと、1切れずつ小分けされて透明なシートに包まれ、3個や5個とセットになっているものもある。
1本のままのものは量が多いし、大幅なコストオーバーだ。必然と小分けされたものに手が伸びる。
5個セットには、いちごカステラが3個に、抹茶カステラが2個入っているミックスがあった。
唯はぜったいこっちだな。俺はミックスの5個セットの包を手に取った。
「博士様、せっかくだから安奈ちゃんの分も買っていってあげてください」
言われて気づく。
「それもそうか」
俺はもう一袋、手に取った。
店員の女性は髪を後ろでしばりお団子にし、ウェーターみたいな恰好をしていた。
最近のスィーツショップはわざとイケメンスタッフを店頭にだし、女性客を店頭に集める手法をとるところもあると聞いたことがあり、俺は「けっ!」と思ったものだが、この店はそうした類の店とは違うようだ。
会計をしている間、ノエルは再び店内をぶらぶらしていた。その間に、俺はもう一個、購入するお菓子を追加した。
「ありがとうございました」
丁寧なおじぎに見送られ、店をでる。三瀬が軽くとび越えた水たまりを俺も真似し飛び越えようとし、見事片足を水たまりの中に突っ込んだ。
靴が濡れ、靴下も濡れた。
「……」
目測を誤っただけだ!
三瀬は、楚々とした雰囲気で運動とは縁がない感じだが、実は運動神経いいのかもしれない。
来るときよりだいぶ早い時間で学校に戻る。なんたってアンデールにたどり着いたのは、道に多少迷って三十分はかかったのだから。
唯の下駄箱を探して、下駄箱に菓子袋を入れようとすると、先に何か入っているものがあった。
「なんだ?」
水色の封筒のようなものだった。
「まさか、ラブレターか?」
あの唯に?
「そのように見えます。誰からでしょう?」
差出人名前は書かれているだろうか。見たいと言う誘惑にかられるが、どうにか理性で我慢して、封筒には手を付けず、菓子袋だけを入れる。
「ええ? 見ないんですか? 気にならないんですか?」
ノエルが騒ぎ立てる。
「人のプライベートを見るのは趣味じゃない――しかし、唯に告白するやつなんているのかね。果たし状だったりして」
家に帰って、安奈にアンデールで買ってきたもう一つの菓子袋を渡すと、喜んでくれた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
久しぶりに妹から心から感謝された。なかなかいい気分だ。ノエルのアドバイスを聞いておいてよかった。
が、次には安奈は警戒するような素振りをみせた。
「お兄ちゃんがわたしにお土産だなんて、気持ち悪いわ。
何か企んでいるんじゃないの?」
今まで、何もない日の学校の帰りに、安奈にお菓子を買ってくるなんてことはなかった。安奈が訝しがるのも分かる。
俺は考えを巡らせ、ちょうどいい口実を思い出した。
「この前、美容院を紹介してくれたお礼だ」
「そっか。お礼かぁ」
安奈は口の中で反復して納得した。
自分の部屋に戻るとカバンから菓子袋を取り出し、ノエルに差し出した。
「ノエルにやる」
「なんですか?」
「開けてみれば分かる」
袋を開けると、中から宝石箱みたいな小さな箱を取り出すノエル。
「わあぁ!」
驚きの声をあげながら、ふたをあける。
そこに入っていたのは、消しゴムサイズのチョコレート。ノエルがアンデールでジィッと見つめていたチョコレートだ。
「――博士様、これは?」
「ノエルも俺たちと同じように食べることができると聞いたからな。ついでに買ってみた」
「とてもうれしいです。贈り物をもらったのはこれが初めてです」
「そ、そうか」
「すごくきれいです。食べるのがもったいないくらい」
「溶けるぞ」
「これはしばらく大切にとっておきます。博士様から初めてもらった贈り物ですから」
「腐らせるなよ」
「はい!」
元気よく返事をするノエル。
お菓子一つでこんなに喜んでくれるなんて。
なんだか、ほんわかした気持ちになった。
正直なところ、ケーキ屋でノエルが安奈の分も買うようにアドバイスをしてくれなければ、ノエルの分を買うつもりはなかった。
アンデールに来たのは、唯にいちごカステラを頼まれたためで、そこに安奈の分とか、考えもつかなかった。
ノエルは自分もチョコレートをもらえたことに喜んでいるが、その状況を作り出したのは、百パーセント、ノエル自身だということに、当のノエルは気づいていなさそうだ。
バカなやつだなぁ。
ノー天気に喜ぶノエルにあきれながらも、うれしそうなノエルの顔が見れて、自分までうれしい気持ちになるのは不思議な感覚だった。




