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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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ハンカチ探し

 いやいや、けん制を心配するより、まずは三瀬と仲良くならなければならないのだ。

 まだ三瀬とろくに話したこともないのだ。

 うーむ。難しい表情を浮かべる俺に、ノエルが話しかけてきた。


「博士様にはハンカチを返すという名目がありますよ」

「そういう手があったか。洗濯したとしても一度は俺の血がついたやつだぜ。新しいのを買って返したほうがいいよな」

「そうですね。明日すぐに新しいものをプレゼントしてください」

「明日? そんな急にか?」

「こういうのは早ければ早いほど、好感度が増すんです」

「めんどうくさいな」


 向かいの席に座る二ノ宮が訝し気に質問してきた。


「何をぶつぶつ言っているの?」

「……ちょっと独り言をな」

「妄想の世界で彼女と語り合うとか、小林、大丈夫なの?」

「あたまを打って意識が混乱しているらしい」


 正式には「あたま」ではなく「でこ」だがな。


「ほほう」


 二ノ宮は困惑ぎみに相槌を打った。


 昼飯を食べ終わり、三瀬の様子を見るため、隣のクラスを覗いてみた。


 三瀬は何人かの友達と机を合わせて、まだ昼ごはんを食べていた。女子が二人に男子が二人。和気あいあいとおしゃべりをしている。


 三瀬からしゃべるのではなく、誰かが三瀬に話しかけ、三瀬はただ相槌を打つ、というやり取りが多いようだ。


「あら、ヒロ君」


 唯が廊下側から話しかけてきた。食堂から戻ってきたところなのだろう。唯は運動部の人間らしく大食漢で、いつも食堂で食事をとる。


「流血があったときには慌てたけれど、大丈夫みたいね。よかったよかった」

「みんなおおげさだぞ。保険の先生にもあきられた」


 唯は肩をすくめてみせた。


「わたしのクラスに何か用?」


 三瀬の様子を見にきたなんて言って、それをこのクラスの誰かに聞かれたら、それこそ針のむしろだ。


「ああ、唯を探していたんだ。ちょうどよかった」


 とっさに嘘をつく俺。


「あたし?」

「午後の授業で数学があるんだが、教科書を忘れてきたんだ。もし唯がもっていたら貸してもらおうと思ってな」


 他のクラスの生徒と教科書の貸し借りはよくあることだ。不審には思われない。


「午後の授業って五時限目?」

「ああ、そうだ」

「あたしのところは六時限目にあるから貸せるわ。ちょっと待ってて」

「恩にきる」


 自分の席に教科書を取りにいく唯の背中ごしに、再び三瀬の様子を伺う。

 三瀬はちょうど友達に何か質問され、困ったように微笑んでいた。

 答えにくい質問だったからだろうか。ここからでは会話の内容までは聞こえない。会話の内容が聞こえないからこそ、三瀬の回答の仕方に疑問を感じた。


 三瀬は、受け取った側に困惑とも妥協ともとれる対応をすることが多いように見える。自分の意見をはっきりと言わず、受け取った者に判断をゆだねているような気がする。


「はい、これ」


 唯が戻ってきて、俺に数学の教科書を差し出した。


「ありがとう、助かった」


 借りなくてもいい教科書を借りて自分の教室に戻った。

 放課後、隣のクラスに趣き、唯に開いてもいない数学の教科書を返すと、すぐに学校を出た。

 学校の前のバス停でバスに乗り、池袋に向かう。

 南浦和にはおしゃれなものを売っている店はないから、プレゼントする品を求める場合は池袋に行くことになる。


 JR駅と隣接するパルコに足を運んでみたが、女子ばかりいる中で、制服姿の男子というのは、ひと目を引いた。居心地の悪さを感じて、すぐに退却。


 その足で西武デパートに向かう。女性用のハンカチがどこに売っているか分からず、最上階のレストランゾーンまで上がり、ぐるりと回って一回ずつエスカレータで下がっていった。

 すると地下の食品街までたどり着き、途方にくれる。


「ハンカチ売り場はどこだ?」


 たまたま目の前にインフォメーションがあり、そこに座っているお姉さんに聞いて、ようやくハンカチを売っている階に到着。ここにも女子があふれていた。

 が、パルコよりはまだ入りやすい。品物を物色している客の中にはおじさんもいるし。

 というわけで、ずらりと並ぶハンカチを物色。三瀬が差し出したハンカチは白地にまわりにレースのついたものだった。


 三瀬がどんなものが好きなのか分からないため、それに似たものをとりあえず購入した。

 次の日、学校に到着して俺は買ったハンカチを忘れてきたことに気づいた。


「ノエル、教えてくれればよかったのに」

「すでにカバンに入れていると思っていたんですよ。せっかく買ったのに忘れてくるなんて信じられません」

「俺も信じられない……」


 後悔していてもしょうがないので、今日は黙って三瀬を遠くから観察することにした。


 四時限目の数学の準備をしようとして、俺は蒼白になった。

 マジで数学の教科書を忘れてきた。


 心当たりはある。昨日の夜、クイズ形式のシュミレーションゲームをやっていて、主人公の知性を試す問題で三角関数がらみの問題が出てきたのだ。記憶があいまいだったため、教科書を開いて確認したのだった。そのあとカバンに戻した覚えはない。


 不覚!


 昨日に引き続き、唯に教科書を借りるべく隣の教室に向かう。隣の教室は朝いちから体育の授業だったらしく、俺が隣の教室を覗きにいったときは、ぞろぞろと体育の授業から戻ってきたところだった。


 その中から唯の姿を発見し話しかける。


「なあ、唯」

「どうしたの?」

「重ね重ね恥ずかしいんだが、今日唯の授業に数学ないか?」

「一時限目にあったよ」

「よかった。教科書、貸してくれ」

「また忘れたの? しょうがないなぁ」

「ちょっと唯、小林君に甘すぎるんじゃない?」


 言ってきたのは唯の友達だった。髪をポニーテールにしていて、確か唯と同じ陸上部だったはずだ。


「昨日今日と教科書を忘れるなんて、中間テストを終えて気が緩んでいるんじゃない?」


 軽蔑した目で俺を見つめる唯の友達。


「返す言葉もない」


 否定はしない。はたからみたらその通りだからだ。昨日は数学の教科書は持ってきていたが、その場しのぎで嘘をついたのだ。

 こうなるなら、昨日は忘れたのは数学ではなく国語の教科書にしておけばよかった。


「唯、いいように利用されてばかりいないで、何か取引したら?」

「取引だと?」


 俺は身構えた。

 取引とか契約とか、安易に承諾したくはない想いにかられる。。

 なぜなら、目の前の餌につられて後先考えずに契約し、現在、大変な思いをしているからだ。


「何かをおごってもらうとかね。それぐらいはいいでしょ?」


 おちょくるような上目遣いでみてくる。そんなことを言われたら、俺としては、


「お、おう。借りは返さないとな。教科書を借りた礼に何かおごってやろう」


 と言うしかない。


「別にいいよ。こういうのもちつもたれつだし」


 軽い口調で言う唯に、すかさず唯の友達が言いつのる。


「遠慮することないわ」

「そうだ。遠慮しなくていいぞ。でもあまり高くないのにしてくれ」


 こう言わなくきゃいけないのは、高校生の悲しい宿命だ。早く大人になりたい。


 唯は俺と友達に言われて、唯なりに考えるように斜め上を見つめた。一つ瞬きをすると俺に向き直る。


「それじゃ、コンビニのいちご大福か、アンデールのいちごカステラを希望してもいい?」

「じゃあ、コンビニで」


 即答である。学校の近くにコンビニがある。アンデールというのはこのあたりで有名なケーキ屋だが、学校からだと十五分はかかる。往復で三十分はきつい。


「決まりね!」


 唯の友達が言った。唯もそれに重ねるように言う。


「いちご大福は、部活が始まる前に買ってきてくれたらうれしいな。間に合わなかったら、下駄箱の中に入れておいて」

「分かった」


 数学の教師は教師歴三年目の女性だ。背中まである黒髪を白いシニョンで後ろで一つに結んでいる。銀縁眼鏡が似合う研究者みたいな雰囲気の先生だ。

 話し方がはきはきしていて、説明が分かりやすく、俺はけっこうこの先生を気に入っている。


 俺は昨日は開かなかった唯の教科書を開いた。

 俺たちの授業のほうが一つ先に進んでいるようだ。

 唯は要約や気になることを教科書に書き込む癖があり、教科書の中に出てくる問題の解答もそのまま教科書に書き込んでいる。


 唯はきちんと予習したらしく、解答を書いているが、それの中のいくつかが間違っていた。単純ミスだ。

 まったく唯らしい。


「なに、ナヤニヤしているんですか?」


 突然、ノエルが聞いてきた。


「うわっ!」


 思わず、小さく叫び、周りの生徒たちから不審な目でみられる。


 ここは筆談するしたかない。


『唯の回答が間違っていいて、ワラえる』


「だったら正しい答えを書いてあげたらいいじゃありませんか」


 言われてみればそうだな。


 教科書を借りたのだから、それくらいはやってやってもいいだろう。

 俺は唯の間違った答えの横に正しい答えを走り書きした。


 休み時間に、唯に教科書を返すとき、そのことについては何も言わなかった。

 あとで教科書を開いて、自分の間違いを俺に知られたことを恥じるがいいさ。


 と一瞬思ったが、唯のことだから恥じることはないだろうと思い返した。


 三瀬のほうをこっそりと伺うと、相変わらず取り巻きに囲まれていた。

 結局、この日は三瀬と話す機会はなく、下校の時間となった。


 ううむ、同じ学校の同じ学年とはいえ、クラスが違うと話す機会はなかなかないな。

 このままだと、今日も三瀬と話せないかもしれない。


 ホームルームが終わり、ため息をついていると、わざわざ唯の友達が俺のクラスにやってきた。


「小林君、忘れていないでよね?」

「もちろんだ」


 唯の友達は言いたいことを言うと、さっさと去って行った。

 用意周到なやつだな。


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