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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
14/68

リトライ

 次の土曜日、恐る恐るコンビニに行くと、コンビニのお姉さんはいなかった。休憩中なのかもしれない。

 いつもの目的を全うするべく週間サタデーを立ち読みする。読み終わりレジカウンターのほうに目線をむけるが、やはりお姉さんはいなかった。

 カウンターの向こうに立っている店員は、見かけないアルバイトさんだ。年齢はお姉さんと同じくらいか。陳列台に商品を並べていた年上の店員が奥に引っ込んだのを見計らって、お兄さんに声をかける。


「いつものお姉さんは今日は休みですか?」

「そうなんだよ。風邪をこじらしたみたいで。君、野々原さんの知り合い?」

「知り合いってほどじゃないですけど、いつもいるのにいないから心配になって。教えてくれてありがとうございます」


 俺は自然な態度でその場を後にした。今の会話はお兄さんにもそんなに記憶に残らないだろう。残らないでほしい。なぜなら、今の俺の行動はストーカーそのものだからだ。


「というわけで、ノエル、今日はコンビニのお姉さんに会えなかった。来週だな」

「そうですね。野々原さん、大丈夫でしょうか」

「大丈夫だろう。きっとただの風邪だ」


 その後一週間は、普通に過ごすことができた。

 とある日の夕方、俺がまだ家に帰っていないときに、母さんが俺の部屋に人の気配を感じて、部屋をのぞくと、ゲームの電源が入ったままになっていて、母さんがそれを俺が電源を切れ忘れたのだと勘違いして、ノエルがまだセーブしていなかったゲームの電源を切り、後で俺がノエルに涙目で愚痴を言われる、というような事件があったくらいだ。

 俺にとっては普通の一週間だが、学校は中間テスト週間に入っていた。中間テストは俺の日常にはほとんど変わりはない。

 部活をやっているやつらは、部活が休みになりライフスタイルも変わるだろうが、俺は帰宅部だ。いつものように授業を受け、いつものように家に帰ってゲームをするだけである。


 さて一週間が経って土曜日、コンビニに行くと、お姉さんはいた。いつもと同じ服装でそこにいた。

 その途端、俺はあの時の撃沈ぶりを思い出し、次の一歩が踏み出せなくなった。


「博士様、何をしているですか? 早く中に入りましょう」

「お、おう。ちょっとまて。心の準備をしてからだ」


 それから一時間後、俺はまだコンビニの中に入れないでいた。


 くそう。俺がこんなに臆病者だったとは?!

 俺は自分自身にあきれた。


「博士様、早くしてくださいよ」

「ぐぅっ!」


 コンビニのまわりをぐるぐる回ったり、意味なくコンビニの前にあるゴミ箱をのぞいたり、そんなことをしながら3時間が経った。背後から声がかかった。


「君、このあたりをうろうろしているけれど、うちのコンビニに何か用か?」


 たまにコンビニの店内で見かける年上の店員の男の人だった。コンビニの店長をしている人かもしれない。いつもにこにこしている笑顔だが、今はヤグザもかくやという表情を浮かべている。


「い、いいえ。なんでもありせん」


 俺は逃げるようにコンビニから立ち去った。

 家に帰って、自分の部屋に戻るとその場で呻いた。


「あ゛あ゛」

「博士様、何をやっているんですか?」

「己の軟弱なハートを、憐れんでいるんだ」

「博士様って意外に繊細なんですね」

「意外とはなんだ、意外とは。思春期の男子のハートは繊細なんだぞ」


 ノエルははぁとため息をつく。


「強い心を持ちましょう。モテる男になる秘訣ですよ。

 この調子だと、あと一週間待ってコンビニで野々原さんを見かけても、今日と同じ結果になってしまうかもしれませんね」

「その可能性は、大いにある」

「違う場所で、違うシチュエーションで会えればまた違う流れになるでしょう。

 そのような状況を作るためにはどうすればいいか考えましょう。

「お姉さんが仕事を終えて帰るのをコンビニの近くで待ち構えるとか」

「それ、完全にストーカーだからな!

 また店長みたいな人に怒鳴られて、警察まで呼ばれたらやっかいだぞ」

「そうですね。経歴に傷がつくのはいただけません。

 ほかに何かないでしょうか」


 考え込むノエルの向こうの壁にカレンダーが目に入り、俺はそのカレンダーに目を止めた。

 今日は七月九日土曜日。もう夏である。そろそろ梅雨明けの発表もあるだろう。

 明日は七月十日日曜日。あれ、この日、何かあったような気がする。それも俺が気になるほどの何かが。

 パソコンを立ち上げ、検索項目に「2016年 7月10日 イベント」と入力してエンターキーを押した。

 目当ての検索結果は上から3番目に表示された。

『ときめきトワイライト 生徒会編 発売 ※初回版は限定カード付き』


 その文字を見たとき、俺は驚喜した。


「ノエル、やったぞ。

 明日はときめきトワイライトの続編が発売される日だ。俺も続編が出ると聞いたときから発売日を気にとめていたんだ」

「それがどうかしたんですか?」

「コンビニのお姉さんはこの日、続編のときめきトワイライトを購入するため、アニメマートに行く可能性が高い。アニメマートはこのあたりで確実にときめきトワイライトを入手できる店だ」

「アニメマートというのはゲームやアニメのグッズを売っているお店の名前でしたね。

 明日ですか。わかりました。それで行きましょう。アニメマートで野々原さんを待ち伏せです」

「おう!」


 待ち伏せする場所がコンビニからアニメマートに変わっただけだということには、気づかないふりをした。


 そのまま、画面上に表示されているときめきトワイライトのオフィシャルサイトのリンクをクリックしてアクセスしてみる。

 『ときめきトワイライト 生徒会編』はゲームおたくの俺としてもとても興味があるのだ。


 画面に王子様の恰好をしたアーサーがどこぞの学生服を着ているビジュアルが表示された。

 その後ろには六人のイケメンも学生服を着ている。


「きゃあ、これやってみたいです!」


 目をハートにして画面に食いつくように見つめながら、その場でピョンピョン跳ねるノエル。

 ほほう。これは、ゲーム意欲を注がれる。前作は中世の王宮での恋愛だったが、今度は身近な学校内での恋愛か。

 俺は楽しそうなおもちゃを目の前に突き付けられ、わくわくする気持ちを抑えつつ、ノエルの頭にポンポンと手を当てた。


「ノエル、ミイラ取りがミイラになるなよ」


 はっと我に返るノエル。


「わ、わかっていますよ」


 キリリと表情を引き締めるとノエルは言った。


「戦略を立てましょう!」


 次の日、俺は朝からアニメマートの店の前に張り込んでいた。恰好は普通の私服。当然ながらアーサーの姿ではない。


 ここでもノエルは俺のコーデネートにうるさかった。

 半そでにチェック柄のシャツ、ジーンズという、いたって普通の高校生の私服を着こんだ俺に対して、ノエルは一言、


「ダサイです」


 と言ったのだ。


「この青いシャツの『ポルノ』ってなんですか?」


 横文字でカタカナで印刷されたにらみながらノエルが聞いてきた。


「ポルノグラフティの約だ」

「ポルノ……なんですって?」

「ポルノグラフティ、バンドの名前だ、有名なんだぞ。ノエル、変なものを想像したんじゃないだろうな?」


「『ポルノ』という三文字で『ポルノグラフティ』を連想する人のほうが少ないですよ」


 いやいやいや、世界中のポルノグラフティのファンに失礼だぞ。


「こっちを着てください」


 とノエルが差し出したのは、ただの黒い半そでシャツだった。


「地味じゃないか?」

「上から長袖シャツを羽織るので、中は地味でいいんです」


 さらに上に羽織る長袖のシャツも変更させられた。

 最初、俺が適当に選んだのは白地に赤と黒のチェック柄だったが、ノエルが白地に青と黒と白のチェック柄に変更したのだ。


 この二枚は母さんが、近くの大型ショッピングセンターで、もう一枚買うと五百円引きという売り文句に乗せられて買ってきたもの。二枚とも形状は同じで色違いのものだ。


 赤が青になったくらいで何が変わるのか俺にはさっぱり分からない。


 時刻は9時半。

 店がオープンは10時からだが、すでに行列ができている。


 並んでいる中で、女子率が高いのは、ときめきトワイライトの続編を購入するために並んでいる人が多いからだろう。


 並んでいる女子の服装が特徴的で、ノエルみたいなロリータファッションから、有名なアニメのコスプレをした女子もいる。


 俺はコンビニのお姉さんを探したが、見つけることができなかった。そのうち、開店時間になり、店の扉が開かれる。


 ぞろぞろと女子達が店の中に入って行った。俺も後に続く。


 ギャルゲーコーナーと乙ゲーコーナーは階が違う。

 ときめきトワイライトの続編は、俺もプレイヤーとして気になるが、女子達の修羅場となっているところに、男の俺がのこのこと行きたくはない。


 ほとぼりが冷めた後日、買いにくるとしよう。初回限定カードも興味ないしな。


 コンビニのお姉さんを探すのはノエルに任せて、俺は、ギャルゲーコーナーの階に向かった。

 ゲームを物色していく。周りには俺と同じように、何人かの男達がいて海水魚のように彷徨っている。

 動きを止めている人は、一概にして、真剣な表情でパッケージの能書きを読んでいる。


 棚に並んでいるゲームの中にまだやったことのないゲームタイトルを見つけた。


 おお、これは!

 早速パッケージを手に取り、ストーリーを読む。

 うん、面白そうだ!


 俺はレジに向かった。

 いやあ、多めにお金を持ってきてよかった。

 ほくほく顔で、萌えキャラがプリントされたビニール袋をもって歩いていると、ノエルがやってきた。


「野々原さんを見つけました。来てください」

「おおぅ」


 返事をしつつ、胃が一気に縮まったのが分かった。


 しかし逃げていても何も進まなさい。わざわざコンビニお姉さんに会うために、アニメマートまでやってきたのだ。ここで逃げたら、その苦労が水の泡になる。


 乙女ゲームの階に行くと、修羅場は収まっていた。手に入れたいものを手に入れ、早く自分の世界に浸りたいと望む女子達は、さっさと家に帰っていったのだろう。


 そんな中、乙ゲーのグッズが並んでいる棚のところに立っている女子がいた。商品のノートブックのようなものを手に取って見ている。


 背中まで流れる金に近い栗色の髪はゆるくパーマがかかっていて、まつげが長い。

 白いふわふわのスカートに水色のカーデガン。なかなかかわいいぞ。


「何見とれているんですか? 彼女はコンビニのお姉さん、野々原さんですよ」


 ノエルが言った。


「ええ!? 嘘だろ?」

「ウィッグと化粧で別人みたいに見えますが、コンビニのお姉さんです」


 言われてみれば、そうだと気づく。

 髪型と化粧でこんなに変わるものなのか。

 コンビニの店員をやっているときの彼女とはまったくの別人だ。

 コンビニのお姉さんのときは、どこにでもいる普通のお姉さんだったのに、今、そこに立っているお姉さんは街中で見かけたら、つい見てしまうくらいに可愛さ度合がアップしている。


 女ってマジ、化け物だな。


 と、お姉さんの近くに、お姉さんと同じ歳くらいの男が三人やってきた。お姉さんを見ると、にやにや笑いを浮かべた。


「うわぁ 乙ゲーマニアだぜ。あのコスチューム、主人公の真似かね。だぜぇ」

「現実の男に相手にされないから、二次元の男を求めてるんだぜ。さびしい女だな」


 わざとお姉さんに聞こえるように言う男たち。


 お姉さんは微動だにしないが、男達の声が聞こえているのはあきらかだ。


 俺は身体が熱くなった。この店のこの階にいるってことは、明らかにギャルゲーのゲームを探しにきたやつらだ。なのに、自分のことを棚に上げて、お姉さんを馬鹿にする男たちが許せない。


 強く思うと、ますます体が熱くなった。


 俺はお姉さんのところにゆっくりと歩みを進めた。

 隣についてくるノエルに小さな声で聞く。


「ノエル、お姉さんの名前、なんていうんだったっけか?」

「野々宮さんです」

「下の名前は?」

「千佳さんです」

「そうだったな」


 そんなやり取りをしている間にお姉さんのところまでやってきた。


「いつまでここにいるんだ、千佳」


 驚いたように俺を振り返るお姉さん。


「あなたは……?」

「ゲームの中の男にのめりこむのは千佳の勝手だけれど、俺はさびしいな。こんなに千佳のことを思っているのに」


 男の中の一人が忌々し気に小さく舌打ちする。


「げ、男連れかよ。男がいるのに乙ゲーコーナーにいるなんて反則だぜ」


 俺は男たちに目を向けた。


「そこのお兄さん達、俺の彼女をやらしい目でみていたようだけど、そんなに彼女が魅力的ですか?」

「はぁ? 何言ってやがる。乙ゲーコーナーにいる女を冷やかしていただけだ」

「へえ。自分達がギャルゲー好きなのに、性別が違うと冷やかしの対象になるんだ。ずいぶん都合がいいね」

「なんだと?」

「二次元の女としか楽しめないお兄さん達はかわいそうだね。リアルな彼女に触れることができなんだから」


 言って、俺はお姉さんの肩を抱き寄せる。


「ちょ、ちょっと……」


 お姉さんはとまどったような声を小さく上げたが、振りほどきはしなかった。

 お姉さんの胸のあたりから小さな丸いものが飛び出してきた。


「これが胸キュンですよ。お姉さんが胸キュンしてます。もっとやってください」


 ノエルが歓声をあげた。


 色はピンク色。大きさはピンポン玉くらいの大きさで綿帽子のように宙をふよふよ浮いている。

 ノエルはどこから取り出したのか手のひらに収まるぐらいの小さな小瓶を持っていた。香水入れのようにきれいな細工がされている。その瓶の口をそれに当てると、吸い込まれるように中に入っていった。


「ギャルゲーの二次元の女しか愛せないカワイソウな男達なんて気にするな。千佳はかわいいよ」


 またもやお姉さんの胸から飛び出てくる胸キュン。いそいそとノエルがそれを捕える。


「くそぅ、リア充、むかつく!」


 歯ぎしりする男たちを背に、俺はお姉さんと一緒に店を出た。


 店を出てから俺はお姉さんに謝った。


「ごめんなさい。余計なことをして。でも、お姉さんが悪口を言われていて我慢できなかったんだ」

「こ、こちらこそありがとう。あなた、この前、コンビニにアーサーの恰好で現れた子ね?」

「……はい。この前もすみませんでした。変な恰好して告白して、今でもあのときのことを思い出すと、恥ずかしいです!」


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