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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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撃沈

 やっちまっった!


 ノエルに乗せられ、やっちまった!


 電車の中で俺を見ていた目線はコスプレをしている人を見るような物珍しさの目線で、俺がかっこいいからではなかったのだ。


 はずかしい!

 一生外に出られない。


 その後、夕方になって家族が何度か俺の部屋をノックしたが、


「体調崩した、しばらく寝る」


 とベッドの中から言って、部屋の中に閉じこもったまま出ることはなかった。

 次の日の日曜日も同じだった。生理現象、つまりトレイタイム以外は、ずっとベッドの中にこもっていた。

 やもすれば、昨日のことを思い出し、一人で奇声をあげた。


 が、生きるための生理現象に襲われ、我慢できなくなり、ベッドからもぞもぞとはい出た。

 同時に腹が「グウゥゥゥ」と盛大に鳴る。


 腹が猛烈に減っていて、死にそうだ。


 なんでもいいから何か食べたい。


 めちゃくちゃ恥ずかしい思いをして、この世から消えてしまいたいと思っても、空腹には堪えられない。

 人間とはなんとも不思議な生き物である。


 机の上の時計を確認すると、夜の1時。家族は全員寝ている時間だ。


 ノエルがベッドの近くの床で丸くなって寝ていた。

 ノエルが寝ている姿を初めてみた。夜通しゲームばかりしていて、朝起きてもゲームをしている姿しか見ていなかったからだ。

 エンジェルだから人間よりも睡眠はさほど必要ではないと言っていたが、やはり時には睡眠も必要のようだ。

 ちょうどアーサー編をクリアして気が緩んだこともあるだろう。

 ランドセルのように背中に背負っている羽は外されて近くに置かれ、ふわふわのロリータファッションからフリルのついたパジャマに着替えている。

 俺がベッドに潜り込むときに、ばらばらに脱ぎ捨てていたアーサー変身用の服は、部屋の隅にきちんと畳まられていた。ノエルがやってくれたのだろう。


「そんなところに寝ていたら風邪ひくぞ」

「ほえ?」


 ねぼけまなこで返事をするノエル。


「しょうがないな」


 床にごろ寝している少女をほったらかしにはできない。

 俺はノエルを抱えた。空腹で力が入らないが、ノエルの体は軽くそれこそ羽のようだった。

 そのままノエルをベッドに寝かせる。


 食べ物を求めて家族を起こさないようにリビングに向かう。

 台所には俺の分の夕食がラップにかけられて用意されていた。


「母さん、ありがとう!」


 俺は小さくそれでも心を込めて礼を言うと、レンジでチンする時間も惜しんで、その場で食べる。冷めたいごはんと、味噌汁。焼き魚、サラダ。冷ややっこ。


 栄養バランス抜群だ。親の愛情を身にしみて感じながら食事を終えると、食器を洗い、ついでにシャワーを浴びた。


 布団の中であれほど髪をかきむしったのに、斜め前髪の形状がまだ残っていて、堺さんからもらった整髪剤の威力に驚く。これなら世間一般の男子の奇抜な髪型が、強風にふかれてもセットがくずれないのも頷ける。


 自分の部屋に戻り、ベッドの前で俺は立ち尽くした。


 困った。


 ノエルが俺のベッドの中で寝ている。

 俺が寝かせたのだ。そこに俺が入って一緒に寝るのはアリだろうか。

 少し考えてため息を付くと、クローゼットの奥から掛布団をひっぱり出し、それにぐるぐるとくるまって寝ることにした。


 掛布団にぐるぐる巻きなんて海苔巻きみたいだなと思いながら。


 目覚まし時計の音で、目が覚める。

 体を起こそうとすると、すぐに起きられなくてどうしたのかと焦る。そして掛布団にぐるぐる巻きになっているためなことを思い出し、床をごろん転がるように掛布団から抜け出した。

 鳴り続ける目覚まし時計のベルを止めたところで、ノエルも起きた。


「おはようございます、博士様」


 ノエルも目を覚ました。


「おはよう、ノエル」


 ノエルの姿を見て途端に、再び恥ずかしい行動を思い出し、その場でうめく。


「あ゛あ゛!」


 本音を言えば学校になんて行く心境ではないが、傷心のため授業を休むなんて、それこそどこの乙ゲーだよと思うとしゃくなので、無理やり登校することにした。


 歯を磨き、顔を洗い、面倒くさいながらもノエルにどなされて、コンタクトレンズを目にはめ、髪型をセットする。


「おはよう」


 リビングに行くと、朝食のいい匂いが鼻をくすぐり、それにつられて腹がなる。

 キッチンのほうから母さんが言ってきた。


「おはよう、博士。大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。ちょっと体調が悪かったけど、寝たら治った」


「一昨日の夕方に帰ってきたなり、部屋に閉じこもっていたから心配したのよ」


 トレーに二人分の朝食をのせて、リビングにやってくる母さん。ちょうどそこに安奈もリビングにやってきた。


「おはよう。――っ! お兄ちゃん?」


 安奈は挨拶の途中で俺を見て、そのまま硬直した。


「安奈、おはよう。どうした? 早く席につけよ」

「う、うん」


 安奈は俺をちらちらと見つつ、自分の所定の席に着く。


「あらあら博士、たった一日みないうちに、ずいぶん雰囲気が変わったねぇ」


 母さんが俺と安奈のテーブルの前に朝食をのせながら言った。


「そうか?」


 相槌を打ち、さっそく味噌汁をすする。五臓六腑にしみわたるなぁ。朝の味噌汁はどうしてこんなにおいしいのだろうか。

 安奈がまじまじと俺の顔を見る。


「どうした、安奈?」

「お兄ちゃん、雰囲気変わった? やせたっていうか、げっそりとなったっていうか」

「ええ? なんだそれ」


 俺は自分の頬に手を当てた。自覚症状はない。

 しかし、安奈は俺がイメチェンしたときと同じくらい驚いて俺のことを見ている。


「うーん、なんていうんだろ……」


 安奈はじれったそうに眉根をひそめる。

 かあさんが「ふふふ」と含み笑いをした。


「失恋でもしたのかしら? 哀愁が漂っているわよ」


 安奈がぱんと手を打って母さんの言葉に追随する。


「そう、それよ!」


 哀愁ねぇ。


「お兄ちゃんが昨日ずっと部屋に立てこもっていたのは、いつもみたいにゲームをしていたんじゃなくて、失恋で落ち込んでいたの?」

「失恋はしてないぞ。まあ、今までの人生の中で、最悪最低の気分は味わったがな」

「なになに、それって何?」


 安奈がやたらと聞きたがったが、俺は言わなかった。

 ぜったい言わない。

 オトゲーのキャラのコスプレをして女の子に告白し、撃沈されたなんてことは!


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