告白
朝食を食べ終わり、家を出る。高校までは近道の日の出公園を横断して徒歩20分。
校舎に向かう途中、後ろから声をかけられた。
「ヒロ君?」
振り向かなくても声で分かる。声の人物は俺のところに小走りでかけてくると隣に並んだ。
「やっぱりヒロ君だ。おはよう」
「おはよう、唯」
彼女の名前は平野唯。ショートの髪に、大きな瞳。パッと見、男の子のように見える快活な女の子で、陸上部に所属している。
唯とは保育園時代からの幼馴染だ。
昔からの呼び方の名残で、俺の周りで俺のことを「ヒロ君」と呼んでいる。
「ヒロ君、眼鏡どうしたの? 髪型もいつもと違うし」
コンビニのお姉さんの胸キュンをゲットするためイメチェンした、などと正直なことは言えない。エンジェルとか、胸キュンとか。ノエルの姿が見えない相手に説明しても、分かってもらえないだろう。
逆に俺のほうが頭がおかしくなったと心配されてしまうこと間違いなしだ。
そのため「俺らしい」回答をする。
「本当の世界を見たかったからな」
「本当の世界ねぇ……ヒロ君らしい言葉だわ」
唯はあきれたような表情を浮かべた。
唯は俺がゲーム好きだということを知っている。
だから今の俺の発言も、何かのゲームの影響を受けて言っていると思ってくれたはずだ。
「ヒロ君って近眼なんだね。眼鏡のときより目が大きく見えるよ」
「そうか?」
「そのヘアースタイル、悪くないわね。でもいつまで続くやら」
「どういう意味だ?」
「朝の忙しい時間に髪のセットなんて大変でしょう? わたしはストレートだから、なんの手も加えなくて大丈夫だけど、ヒロ君はくせっ毛だから」
「……当分続けるぞ。うるさい小姑がいるからな」
「小姑って安奈ちゃん?」
「まあ、似たようなもんだ」
「似てるとはなんですか? わたしは小姑ではありません。エンジェルです」
会話を聞いていたノエルがぷうーと頬をふくらませた。
学校で俺のイメチェンに反応してくれたのは、唯と二ノ宮だけだった。
まあ、そんなものだろう。大勢の人間がいるこの世界で、たかだか一人の高校生がイメチェンしたところで、世の中は変わらず、いつも通りに動いていく。
それから一週間、俺はノエルに尻を叩かれ、毎日、コンタクトレンズと、髪型セットをする羽目になった。
一人だったら絶対に継続できない行動だった。
面倒くさすぎる。
コンタクトレンズをはめるのも、髪のセットをするのも面倒くさいのだ。
髪のセットについて、唯が言ったことを、身に染みて理解した。
ノエルはいつも俺の近くにいるわけではなく、ふらりとどこかに行ってしばらく戻ってこなかったりした。髪のセットが面倒くさくて手を抜こうとすると、突然姿を現したりするので気が抜けなかった。
俺が学校で授業を受けているときは、どこかに姿をくらましていた。
夜は、夜通しゲームをしているか、どこかに行ったまま次の日の朝まで戻ってこないこともあった。
なんとも自由なエンジェルだ。
そして一週間が過ぎ、土曜日の朝、ノエルはときめきトワイライトのアーサー編をクリアした。
初日でアーサーの好感度を63パーセントにまで上げたノエルだったが、その後、俺の的確なアドバイスをすれば、一瞬でクリアできるイベントを3日もかけてようやくクリアしたり、まったく本編とはまったく関係ない箇所で悩んだり、躓いたりしていた。
好感度を百パーセントにするのに5日、そのあとラストのハッピーアンドを迎えるのに2日かかった。
俺が目を覚めると、ノエルは何かを悟ったような表情をしていた。
「わたしはアーサーの骨の髄まで知り尽くしました」
イージーのアーサー編を攻略しただけで骨の髄というのは、さすがに言い過ぎだぞ。
そう突っ込もうとしたところに、ノエルが信じられない言葉を口にした。
「博士様にはアーサーになってもらいます」
「はぁ? どういうことだ?」
「人は初対面の人に会ったとき、90パーセントは見た目だけで印象を決めるといいます。
コンビニのお姉さんの目の前にアーサーの恰好をした博士様が現れたら、胸キュンなんてゲットしまくりですよ」
「却下だ却下! 恰好をまねても意味ないだろ。それに90パーセントなんてその数字、ほんとうかよ」
「ともかく言ってください。『君の瞳に恋してる!』」
「言うか!」
『君の瞳に恋している』というのはアーサーが言う決め台詞だ。ゲームの中でこの言葉を言うシーンのアーサーはやたらとキラキラしていて、このシーンで胸キュンした女子は多かったはずだ。
俺も思わずときめいてしまったことは誰にも内緒だ。
俺の恋愛観はノーマルだからな。
「言ってください、言ってください~」
「ぜったい言わない!」
朝っぱらからオタクな会話をしつつ、俺はまとわりつくノエルと一緒に、ノエルに言われるがままに、池袋に服を買いに出かけた。
午前中に服を購入しそれに着替え、ばっちり決めた姿で午後にコンビニのお姉さんのところに向かい、告白するというのがノエルの考えた段取りだった。
確信のこもった声で、ノエルは言う。
「服装をアーサーみたいに白一色にすれば完璧ですよ」
「……あまり使える金はないぞ」
先週、コンタクトレンズを購入するため、臨時の小遣いをもらい、残りは自由に使えるお金となった。思ったよりも、眼科の診察料とコンタクトレズの料金は高くはなかったが、それでも財布の中身は多くはない。
月一でもらう小遣いは毎回のごとく、ゲームソフトにつぎこんでいるため、貯金もない。
「価格が高い服ではないといけないというものではありません。価格が安い衣装でもコーディネートしだいでそれなりに映えるものですよ」
低価格でスタイリッシュな服が多いと噂される、海外から日本に進出してきた店を2件はしごして、ノエルチョイスのコーディネートはできた。
白のジーンズは実は女性用。ハイウエストの作りになっていて、付属の大ぶりのベルトには偽物のダイヤがちりばめられている。
上着は白いジャケットと同じく白いシャツ。上から下まであつらえて1万円かからなかった。
「いかがですか、博士様」
「俺、こんなに足長かったか?」
「視覚のトリックです。ズボンのベルトの位置を普段よりも上で絞めることで、足の長さがその分、長く見えるように錯覚してしまうんですよ」
「へー」
俺はノエルの説明に感心した。
ふと、アリンコの髪型にして小顔に見せかけようとしている安奈を思い出した。
みんな、自分をよく見せるために、何気に頑張っているんだな~。
ちょっと遠い目をしてみる。
「さあ、博士様、今の博士様は最強です。コンビニのお姉さんは博士様にイチコロですよ」
「おう!」
俺もそんな気がしてきたぞ。
時刻を見るともう昼過ぎ。コンビニのお姉さんに会うために、急いで駅に向かう。
と、駅前の花屋でノエルがストップをかけた。
「アーサーにはこれが必要不可欠です」
赤い一輪のバラを指差した。その値段を見てギョッとなる。
「1本500円って高くないか?」
ノエルに言った言葉は、ノエルの向こうにいる花屋のおばさんに向けられることになった。
「あらお兄さん、こんな大輪のバラがたったの500円というのはお得なんですよ」
「そうなんですか?」
花の価値が分からないため、受け身になる俺。
「この赤いバラは去年、『赤いバラ選手権』で優勝したんですよ」
なんだ、赤いバラ選手権って?
「まだ数がでていないから、とても貴重な花なんです。たまたま今日、運よく特別に入荷したものなのです。普段ならこの倍くらいの値段がつくほどのバラなんです。500円はお得なんですよ」
それでも高いぞ。
あいまいな笑みを浮かべて立ち去ろうとすると、おばさんはさらにたたみかけてきた。
「このバラの名称は『アイ ラブ ユア アイズ』っていうんです。和名は『あなたの瞳が好き』。素敵なネーミングでしょう?」
ノエルががしりと俺の腕にしがみついてきた。
「博士様、これ買いですよ。名前がアーサーの『君の瞳に恋してる』に似てるじゃないですか。天もわたしたちの味方をしているんですよ」
花屋のおばさんとノエルの言葉に背中を押され、一輪のバラを購入した。埼京線に乗り、途中の赤羽駅で京浜東北線に乗り消えて南浦和駅へ向かう。
電車に乗っている間、同じ車両にいる人たちの目線がときどき俺に向けられるのに気付いた。
「なんか俺、見られてないか?」
「当然です。現実離れした存在がここにいるんですから、大衆はつい見ちゃうんですよ」
「現実離れって?」
「博士様は今やアーサーそのもの。そんな人に注目が集まるのは当たり前です。みんな、博士様の姿に目を奪われているんですよ」
自信満々にピンク色の瞳で見つめられ、非現実的な存在であるこのエンジェルの言葉が本当のことにように思えてきた。
「博士様、今のあなたは今までのあなたとは違います。アーサーみたいな髪型をして、服装もアーサーみたいに白一色。右手には赤いバラ。これはもう、アーサーが現実の世界に現れたと言っても過言ではありません!」
ノエルは言い切る。
そうか、そうだよな、俺は今、アーサーなのだ。
「世界中の女子全員に告白しても良い回答が返ってくる気がしてきた!」
「その自信が大切なんですよ」
よし、俺はアーサーだ!
南浦和駅を降り、コンビニの前にたどり着いたのは、3時のおやつの時間を少しすぎた時刻だった。お姉さんはいつも同じようにそこにいた。
ちょうど、他の客もいない。
ノエルの言葉じゃないが、天も俺の味方になっている。
店の中に入る。
「いらっしゃいませー」
コンビニのお姉さんの目線が店に入ってきた俺に向けられる。
目線が合う。
俺はコンビニのお姉さんの目線を受け止めた。
コンビニのお姉さんは戸惑ったに目線を彷徨わせた。
俺はいつもの俺とは違う。
なんたってときめきトワイライトのアーサーだからな!
お姉さんをじっと見つめながら、お姉さんが立っているレジに向かう。
お姉さんの目の前で、俺はバラ一輪を差して一言。
「君の瞳に恋してる」
「……?」
おねえさんは僕を凝視し、次の瞬間、
「くすっ」
鼻で笑った。
チーン。
俺の耳の奥で、お仏壇ののリンの音が聞こえた気がした。
五百円のバラをその場に落とし、逃げるようにその場を立ち去る。
そばで何か事かわめいているノエルの言葉も耳に入れる余裕もなく速攻で家に帰ると、部屋に行き布団を頭からすっぽりかぶる。
「うあ゛ぁぁぁぁ」
布団の中で悲鳴と悲哀と絶望のないまぜになった声をあげる。
恥ずかしすぎるっ!
穴があったら入りたいということわざは、こういう時のためにあるに違いない。
「可能なら時間を巻きもどしたい!」
「落ち着いてください博士様。幸先はいいですよ」
「これの、ど、こ、が、幸先がいいんだよ!」
布団の中から叫ぶ。
「コンビニのお姉さんの、無表情な顔と鼻で笑ったしぐさは、わざとらしかったです。普通なら、もっと違うアクションをすると思います」
「どういうアクションだよ?」
「普通に『いらしゃいませー』ですね」
「……」
その通りだと思う。相手がどんな客であれ、マニュアル通りの対応をする。それがコンビニ店員の義務なのだと思う。
「つまり、彼女はあの興味なさげな反応は、わざとしたのです。本当の気持ちを隠すために」
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
布団の中からくぐもった声で質問する俺。
「女の感です」
「信用できない!」
「信用してください」
「できない!」
俺は再び布団の中で喚いた。




