エピローグ
「はあ~~~~! これで私もお尋ね者かぁ~~~~!!」
北へと向かう森の中にフローのため息が響く。
すでにあれから三日が経っていた。戦いの傷も癒えつつある中、街へ偵察に出していたフローの使い魔が新たに指名手配に加わった人間のことを教えてくれたのだ。
ルークとティオは当たり前だが、そこには新たにフローの人相もしっかり記してあった。フローのことは、おそらく死霊術で聞き出したのだろう。死者と会話できる魔女の仕業に違いなかった。
「友達を見捨てるくらいなら死んだ方がマシ、なんだろう?」
「それはそうだけどさ~~それとこれとは違うっていうかさ~~ああ~~~~」
そんな友人の態度を笑いつつ、ティオはこっそり視線をルークへ向けた。彼女達の後ろを歩く彼は、あれからどことなく元気がないように見える。ティオにはそれが心配だったのだ。
「……体調でも悪いのかしら」
「いや、そんなことはないと思うけど……」
フローも同じように後ろを盗み見て、二人は小さな声で話し合う。それでも原因はよくわからない。
でもきっと、全てを終えた今彼には何か思うところがあるのだろう。
しばらくはそっとしておいてあげよう。二人はそう決めて旅路を急いだ。
その夜のこと。
野宿の準備を終えて神術の光を囲んでいると、そのルークがふと口を開いた。
「僕は、このままでいいのかな」
その言葉に、ティオとフローは顔を見合わせる。
「このままで、っていうと?」
「うん、と……僕達はイヴを倒して、無事にティオを救出して、三人で一緒にいる。それで、確かに全てが丸く収まったように思える」
ルークはそこで一度言葉を切ると、確かめるように二人に視線を向けて言った。
「でも、帝国は何も変わらないよね?」
ルークとしては憎き仇を討ち倒し、ティオとフローという友人と共に今後も生きていける。それはとても幸せなことだった。そこに疑問の入り込む余地はない。
だけど、それでも帝国がなくなったわけではない。
諸悪の根源である帝国は、ティオを一人にし、ルークから家族を奪った帝国は、何も変わらず今もあり続けるのだ。
「魔女狩りはなくならない。魔女裁判はなくならない。このままだと、またどこかで僕達みたいに家族を失う人や命を狙われる人が出てしまうかもしれない。そう思うと、すごく悲しい気持ちになるんだ」
「ルーク……」
それはきっと真実だ。
帝国が変わらない限り、今この瞬間にも正しいことをしたはずの人が殺されているかもしれない。自分達の絶望は消えても、またどこかで新たな絶望が生まれているのかもしれない。
それを知らないふりして生きるのは、きっと正しいことではないのだろう。
ルークにはそう思えた。
「姉さん達だったら、きっとそういう人達を見捨てない。多分、助けようとすると思う。僕は、その正しさを証明するのが僕の役目なんじゃないかって思うんだ」
今は亡き愛しい二人。その二人の意志を継ぐことこそが、残された自分の役目である。それは、ティオを救うと決めてからずっと考えていたことだった。
「だから、」
ルークは覚悟を決めた。
「だから僕は、そういう人達を助けにいきたい。絶望から救い出してあげたい」
当然、命がけだ。ティオやフローと一緒に、帝国の手の届かない場所でひっそりと暮らす。きっとそんな穏やかな幸せとはかけ離れた、厳しい戦いになるだろう。
だけど彼は決意したのだ。
これは、そうするだけの価値があることなのだと思った。
「それで――」
そしてそのためには、自分一人だけの力じゃ小さ過ぎることもよくわかっていた。ルークは震える身体を落ち着かせようと一度深呼吸をし、頭を下げる。
「――もしよかったら、二人にも力を貸してほしい」
もちろん彼は、たとえ一人でもそれを為す気でいた。
自分のわがままに、二人を無理矢理付き合わせるわけにはいかない。
もし二人が首を横に振れば、ルークはそれを受け入れる気でいた。
でも、だからこそ彼はなかなか言い出せなかったのだ。
自分を絶望から救ってくれたティオ。そのティオのために一緒に戦ってくれたフロー。そんな二人と、ルークは別れたくなかったのだ。
反応は、すぐには返ってこなかった。緊張して速まった鼓動だけが耳の中で響く。だけど、ルークが恐る恐る顔を上げた時。
そこにあったのは、何だか嬉しそうに見える二人の笑顔だった。
「元気がなかったのはそういうわけか」
「何か、心配して損した気分だわ」
「……え?」
二人は顔を見合わせて立ち上がり、ルークに歩み寄る。そしてそれぞれその右手を差し出した。
「私でよければ、いくらでも手伝うよ」
「どの道お尋ね者だもの。こうなったら歯向かえるだけ歯向かってやりましょ」
それを聞いて、ほっと身体から力が抜けた。その拍子に、何だか涙が滲みそうになる。
ルークの願いを、二人が快諾してくれた。それが、とても嬉しかった。
「……ありがとう」
姉達の正しさを、まさに今、二人が証明してくれているように思えた。
二人の魂は高潔だ。泣きそうになる程に。
だけどそれはこの場に相応しくないだろう。ルークは不敵に笑ってみせると立ち上がり、両手でそれぞれの手をとった。
「これからもよろしく!」
二人の手は、とても柔らかく、温かかった。
この手を絶対に離すものか。
ルークは、そう心に誓った。
「さ、そうと決まれば今夜はもう寝ましょう。ティオもルークも、まだ全快したわけじゃないんだから」
フローが明るい声を出す。
「そうだね。作戦はまた明日考えよう。ルークもそれでいいかな?」
「……うん!」
それを合図に、三人はマントに包まった。ティオとフローに挟まれて横になる。
ルークの寝顔は安らかだ。
彼の悪夢は、もう終わったのだから。
――了