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プロローグ

 プロローグ


 姉弟きょうだいは囲まれていた。

 煌々と照らされた広すぎる寝室で背中合わせ。必死に視線を巡らすも、二人を取り囲む兵士達には隙がない。鎧に身を包んだ彼ら全員がその手の槍を二人へ構え、刃の壁を築き上げている。

 その中でも一際目を引く一人の女がいた。鎧もつけず両手も空いたままのその姿は、この事態にあって妙に浮いていた。だからと言って、それが無害を表すわけではないことを二人はよく知っている。

 彼女は神官だ。

 その存在は、姉弟の企みがとっくに察知されていたことを告げていた。彼らが長い時間をかけて準備してきたものは、この瞬間全て無に帰してしまった。

 少年の手に握られたナイフと、その姉である少女の手にある力。そのどちらも、神官と対峙するにはあまりに無力だ。

「馬鹿者共が」

 人垣の向こうから男のしわがれた声がする。彼らが今日殺すはずだった、憎き敵の声だった。姉弟に襲われた当の本人であるはずの男は、しかし焦る様子もなく今ようやくベッドから赤い絨毯へと下りたところだった。

「大人しく投降しろ。そうすれば命までは取らん」

 肩越しに視線を交わし合い、姉妹は同時に武器を捨てた。作戦は失敗。これ以上の抵抗は無意味だった。

 しかし、ナイフを投げ捨てた少年は戦う意志までは捨てなかった。この後にどんな過酷な罰が待っていようとも、命ある限りきっと敵の野望を阻止してやろうと、そんな炎がその瞳には宿っていた。

 一方、数冊の本を捨てた少女にはもとより戦う意志などほとんどなかった。ただ弟を失いたくないという一心で手伝っていたに過ぎなかったのだ。

 優しかった父をなくし、母を亡くし、そのうえ弟まで失ってしまったら。だからこそ共に戦い、そしてそれが失敗に終わったならばせめて命だけは。そんな気持ちだった。

 そうしてそれぞれの思いのもとに両手をあげた二人を、敵は面白そうに笑った。

「くっく、本当に貴様らは馬鹿だな……やれ」

「え――」

「――キフラマ」

 神官の女がそれを唱え終わる直前、少女は突き飛ばされる。そして、次の瞬間に少年の絶叫を聞いた。

「があああああああああああああああああああっ!!」

 自分が立っていたはずの場所が燃えていた。ただ絨毯が敷かれただけの床から、天井にまで届きそうな火柱が上がっていた。罠の類ではない。それは、神官の持つ特別な力によるものだ。

 そして、その地獄の業火にかれているのは、自分を庇った弟だった。

「あらあら、美しいじゃない」

 女が楽しそうに笑う。呆然と顔を向けると、彼女は恍惚とした表情で燃え盛る炎を見つめていた。

「っ……どうしてっ!?」

 少女は堪らず叫んだ。人垣の向こう、自分達を裏切った敵へ。問われた男はそれでまた笑った。

「だから馬鹿者だというのだ。一体いつまで自分達を特別扱いしてもらえると思っている? 貴様らなどとっくに用済みだというに、そのうえこの私に歯向かってくるようでは殺されて当たり前だろう?」

 少女は何も言えず、ただ力なくその場にへたり込んだ。

 弟が死ぬ。

 ひとりぼっちになってしまう。

 身体が暗い水の底に沈んでいくように感じられた。

 それなら、いっそこのまま自分も――。

 そんな彼女のもとに、女が歩み寄ってくる。

「ごめんなさい、順番が逆になっちゃった。でも、綺麗に燃やしてあげるわね?」

 もう、少女には聞こえていなかった。

 その瞳は、炎に包まれた弟を見ていた。

 全身を焼く痛みに悶え苦しみながら、少年はそれでも強靭な意志で手を伸ばしていた。少女は両の瞳にいっぱいのしずくを溜めて。それを掴もうと手を伸ばす。

 しかし、その二つの手が合わさることはなかった――少年の目的は、別のところにあったから。

「イ……アルターリア……!」

 彼は手を掴むかわりに、手のひらを床に押し当てる。すると、突然床が光った。

 神術陣だ。

 そう認識した時には、少女の身体はもう光に包まれていた。

「転移神術っ!? いつの間に……!」

 視界がグニャリと歪む。それでも少女の目は弟を見ていた。

「やだ、やだ! 一人にしないで! ――アルフッ!!」

 その声が届いたかどうかはわからない。ただ、視界が光に飲み込まれる寸前、弟の口が動いた気がした。


 ――ごめんな。


 直後、彼女の意識は光の中に溶けていった。

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