3 流されるべき涙がある
3 流されるべき涙がある
「さて、霧。何があったのか、話してもらおう」
「…………」
「話すことで、楽になることはたくさんある。それは霧が一番分かっていることだろう」
「……いや…」
「学生である隆弘の前では言いづらいかな。しかし、何故私が彼を選んだか分かるかい?…隆弘は、君と空港に行った。だからあのときのすべてを知っている。それにね、君の事だから…リリーのことで思い詰めているんじゃないかと思ったんだが」
「……!!」
「…図星だね。それなら私と隆弘が適役なんじゃないかと思ったんだよ」
「たまには自分のこと考えたっていいんじゃねぇのかよ」
もう逃れようがない。が。
「…どう、言葉にすりゃあ、いいかな…」
「要領は得なくてもいい。話すことが重要なんだから」
「………あの時の感覚が、身体中に、こびりついて、離れねぇんだ。あの女の笑い声とか、血の感触とか…熱さとか。首筋に触ったときの、命が消えてる感覚…身体が冷えて、硬くなっていくんだ…。真っ赤になった俺の白衣…倒れてくあの女の身体…髪も目も、あの人にそっくりでよ…」
思いが、溢れ出てくる。言葉になり、涙になり。溢れる。
「でも俺が一番つらいのはそれじゃない…!感覚が蘇る度に、思うんだ。俺はあの人に、大きな罪と、命を背負わせてしまったって…あの人を、救えなかった、って…!そりゃ、生きていたことはすげぇ嬉しいよ?あの人を…花子を死なせたりしたらそれこそ死ぬほど後悔しただろうよ。けど…救えなかった……救いきれなかったんだ……俺は……花子の居場所を守れなかった………好きな女を、守れなかったんだよ…っ!!」
頭の片隅が、みっともないと嘆く。でも、そんなもの気にならないくらいには、泣いた。
「…………霧…」
「…っ、この感覚が来る度に、苦しくなって、眠れもしないし食えもしない。だから、いつまでもこうしてたらそれこそ生きていけない。学校も忙しい時期だし、ここでめげるわけにはいかなかった。だから、今はとりあえずしのいで、時間ができたときに、しっかり向き合おうと思ってた。けど…先に身体にガタがきちまった…そういうことだ」
「……ありがとう、霧。話してくれて」
「そういうことかよ…」
「………すいません、みっともなくて…」
「いいや。良かったよ。霧がやっと自分のことを話してくれたと思ってね」
「…アレックス」
「てめぇの言い分からすれば俺も同罪だぜ。てめぇはあの女を助けようと行動できた。でも俺はあいつに、あの女を見せないようにすることしかできなかった。アレで守れたかっつったら、そんなことはねぇ…」
「でも、アレを直視させていたらと思うとぞっとするな。お前がいて良かったよ、西野。…あの女の命を助けることで花子を守れるってのは、結構な、皮肉だな…冷静に考えると…」
「違いねぇ」
「この際だ、隆弘も思いの丈をぶつけてみたらどうだい」
「は?」
「いいから」
「………………ちっ」
「俺も確かに後悔はある。あんな女の命を背負わすことになるって考えると胸糞悪いぜ。でも…生きていただけいいと俺は思うぜ。死んじまったら本当にそれまでだ。だが二度と会えないわけじゃねぇ。生きてりゃあどっかで絶対会える。っつーかどこ行ったって探し出してやる」
「…霧、君はプラス思考が苦手なようだね」
「……そうかもしれねぇな…」
「じゃあ、行くか」
「「えっ?」」
「先生、俺は用事があるって電話で言ったろうが。俺はこれから、あいつに会いに行く。おめぇらも来い」
「「は!?」」
「ちょ、待て、まだそこまでの心の準備は…!」
「何で私まで行くことになってるんだい!?」
「何だよ、根性ねぇな。行かねぇのかよ」
「……行く」
「行こう」
「決まりだな」