2 支えられて生きている
身体中に、あの日の感覚がこびりついて、離れない。
2 支えられて生きている
またあのときの夢を見た。
動悸のように荒ぶる心臓。一緒に襲ってくるのは、強い自責の念だ。目を閉じて、心臓が収まるのをベッドで待つ。
「…深夜?」
「あ……赤月か…おはよう」
「大丈夫?顔色が悪いわ」
「んー…ちょっと夢見が悪かっただけだ」
「ご飯、食べられる?」
「……どうだろうな、ちょっと食べてみるか」
赤月はテレビで、花神楽で何があったかは知っているだろう。空港でのことも。でも、俺からは何も話していない。いくら大人びていても赤月はまだ10歳だ。知るべきではない。
実際あの事件の後、あまり食べられていない。そのせいで赤月には心配をかけさせてしまっている。情けないことだ。
「深夜、今日、お母さんがこっちに来るの」
「えっ、姉さんが?」
「私が呼んだの。ニュースで見たわ、深夜が仕事してる高校で事件があったって。それから深夜、すごく元気がないわ。それをお母さんに言ったら、こっちに来るって」
「…………そうか。でも俺、今日も学校で作業だ」
「そう…今日の晩御飯は、お母さんに作ってもらうから」
赤月は、俺を元気付けようとしてくれてるんだろう。姉さんが来るというなら、今夜は少し話ができるかもしれない。
「…分かった」
だから俺は精一杯笑って、ご飯を食べて、学校に向かった。
今日は教室の片付けを手伝った。それから保護者への対応だ。
今回の件で、保護者説明会も行われたが、保護者たちは痛ましい事件で大きく被害が出なかったことに安堵した反面、元凶を招いた校長およびテオには少なからず非難の声を上げた。そんな危険な身内がいる者があろうことか校長をやっていたのだから当然と言えば当然だろうが、彼女の人格否定にはならないだろうに。やるせない思いだった。
そして特に、テオが蹴った人質がいけなかった。その人質の父親はテオの保護者であるアレックス先生に掴みかかり、本人を出せと怒鳴った。会場は騒然となった。先生されるがままになった後、ただひたすらに謝り続けた。そのときのアレックス先生の悲痛な表情は忘れられない。
保護者からの電話や訪問に対応していたら、もうとっくに正午を過ぎていて。お腹は空いていなくても、昼食は摂らなければ帰りまでもたない。今日は赤月に弁当を作ってもらった。それを取りに職員室に向かおうとしたとき、突然強烈な眩暈を感じた。思わずその場にうずくまる。
「深夜先生?大丈夫ですか!?」
声が誰のものかも分からない。吐き気もする。これは本格的にまずい。動けずにいると、一際大きな声が飛んできた。
「霧!…まったく言わんこっちゃない!!とりあえず保健室だ、横になるといい」
「…すいません」
口を開いても、か細い声しか出なかった。しっかりとした身体に肩を貸してもらい、やっとの思いで保健室に辿り着く。洗面台によろめきながら向かい、吐き出した。あぁ、赤月が作ってくれた朝飯が。
俺の咳き込む音と、水道の音だけが響く。
吐くだけ吐くと、少し気分の悪さが収まった気がした。口を水で洗って、その場に座り込む。
「…あぁ、祐未かい?そこに直樹はいないかな。…変わってくれるかい?………やあ直樹。君、隆弘の携帯番号は知ってるかい?教えてくれないか?」
「に…西野…?」
「霧、少しは落ち着いたかい?…ちょっとした援軍を頼もうと思ってね」
ようやくはっきり見えてきた目の前で、俺を運んでくれたアレックス先生は、スマートフォンをちらつかせていた。そして、ある番号にかけ始める。
「援軍……?」
「……もしもし、隆弘?……あぁ、直樹から教えてもらったんだ。ちょっと学校まで来てくれるかい?私から通れるように頼んでおくよ。………ちょっと君に頼みがあってね…何となく察しがつくんじゃないかい?………そうかい、待ってるよ」
「霧、ベッドに横になっているといいよ。私はちょっと校門の方に迎えに行ってくるよ。彼、すぐに来るそうだから」
そう言ってアレックス先生は保健室を出ていった。確かに横にはなりたかったが、動ける気もしなくて、放心状態のまましばらく壁に寄りかかってじっとしていた。
先に身体の方にガタがきてしまった。ろくに睡眠も食事もとれなかったせいだ。こんなことをしている場合ではないのに。やっとの思いで立ち上がって、手近な長椅子に腰を下ろす。このままでも眠れてしまいそうだ。
そうこうしているうちに、再び保健室の扉が開いた。本当にアレックス先生は西野を連れてきた。