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ぬしさま  作者: 里桜子
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明日はどっちだ

 エロ主に賽銭を渡された翌日、真面目だよなぁ…と思いつつ、万里はエロ主に貰った皮袋を手にネットで探し当てた古銭を扱っている店に出掛けた。

 そして、結論から言えば、古銭は結構いい値で売れた。

 骨董には全然詳しくない、古銭など論外だ。よってよくは分からないが、店主のおじさんは「珍しい、珍しい」と何度も連呼していた。

 エロ主の誠意を垣間見たような気がして、なぜかなんだか気分が良い。

 それでエロ主に対する感情が柔らかくなったわけでもないが、とりあえず、希望通りにエロ主の住処を整えてやることにした。

 ホント、真面目な上に人もいい。万里はそんな自分に嫌気がさしながらも帰り道に偶然通りかかった古道具屋のウィンドーに飾ってあった大きな絵皿を見つめた。一万円也。カエルをモチーフにした絵は綺麗だが値段もみかけも重そうだ。諦めて通り過ぎようとしたところでおしゃべりな店主に捕まり、結局は逃げられなかった。なんだかんだといって懐が温かいのだ。財布は緩みやすい。

 しかし、しみついた貧乏はそうそう直らず、川砂は近所の百円ショップで手に入れて帰路についた。

 家に帰ってエロ主の視線を感じながら買った川砂をもったいないなと思いつつミネラルウォーターで洗ってからカレーライスを盛るみたいに、しかしカエルの絵を消さないようにお皿の隅に乗せ、仕上げはカレールーならぬ、ミネラルウォーター。

 これで完成。それを窓辺に置く。

「日影がない」

 こんなに綺麗に整えてあげてしかも外が見える窓辺に置いてあげたというのにエロ主は信じられないことにお礼を言う前に文句をいった。

 しかし、馴れというものは恐ろしい、万里は怒りよりも諦めの気持ちで仕方なく冷蔵庫からキャベツの葉を一枚ちぎって水に浮かべた。 

 逆らうより動く方が早いと悟った瞬間だった。

 それでも風流がないとエロ主は不満をタラタラこぼすが、万里は気にする様子もかく「別にいいじゃん。毎日代えるんだし」と尻を掻いた。その投げやりな態度にエロ主は諦めたのかブツブツ言いながらお皿の縁に前足を乗せて窓から外の風景を見渡し始めた。

 気に入ったんならそういえ、だ。

 住んでるマンションは高台にあり、エロ主がいる窓辺からは見晴らしは最高なのだ。そして、多分、それはエロ主が初めてみる東京という都会の街の様子。

 何を考えて外を見ているのかなんて、万里には分からない。

「ねぇ」

 しかし、疑問を感じて万里はエロ主に話しかけた。

「エロ主は泉を守ってたんでしょ?東京も何かが守ってたの?」

 その問いにエロ主はしばらく何も答えなかった。でも、無視したわけでもなかった。

「今は、気配は感じぬ」

 長い沈黙の後でエロ主は答えた。と、いうことは東京にもかつて主がいたということになる。

 気配を感じない、といったエロ主の背中が寂しそうに見えた。しかも、それは万里の思い過ごしでもなかったようでエロ主は「寝る」と、だけ言ってその日はずっと、水の中でキャベツに隠れてうずくまったまま動かなかった。

 気配を感じない、ということは昔はあちこちにいたはずのエロ主の仲間はどこにいったんだろう。万里はそっとカーテンを開けて光が溢れる夜景に目をやった。 


 大学生の万里は夏休み期間中だが、暇ではない。ほとんど毎日バイトのシフトが入っているし、課題も出ている。

 今日、明日は学校へ行かずともなんとかなりそうだが、明後日は学校へ行かねば資料がない。それは課題のレポートが進まないことを意味する。

 それなのにエロ主は大人しかったのは一日だけで「メシ」だの「水がぬるい」だの何だかんだと万里を呼びつけた。

 忙しいっつの。もう少しノルタルジィに浸っていればいいのに。

「もう、いいかげんにしてよ。バイトもあるのに」

「バイトとはなんだ。」

「仕事。ファミレスでやってんの」

 次に言われる言葉は分かっていた。「連れてけ」だ。しかしそれもいいかもしれないと万里は思った。水筒の中に押し込んで狭いロッカーに入れておくのも悪くない。呼ばれても声なんか聞こえないだろうし。

 しかし、万里の思惑とは違い、予想外にエロ主はあっさりと引き下がった。

「今は、遊ぶものは他にあるからな」

 エロ主はテレビを見ながら素っ気なくそう答えたのだ。

 万里は内心舌打ちをしながらバイトに出かける前にチャンネルをビニール袋に入れてエロ主のお皿の横に置いてやると、すぐさまエロ主はちょろりと水から出てきてリモコンボタンに体重をかけてチャンネルを変えながら楽しんでいる。

 順応性あるよね。今朝は文句も言わずにシリアル食べてたし。

 万里は一つため息をつくと、部屋を出てバイトに向かった。

 今日のバイトのシフト入りはランチ時だ。

 学生が休みに入る夏休みは子持ちのパートさんのシフトは少ない。おかげで仕事はハードだが稼ぎ時でもある。従って、ほとんど毎日のようにバイトのシフトが入っている。

 白いエプロンのついた紺色の制服に着替えてホールを見渡すと店内は親子連れでいっぱいだった。大抵お母さんが連れている。もうお父さんは仕事が始まっているのだろう。

 万里の母親は万里が小学校低学年の時に亡くなった。それからずっと父子家庭に育った万里はこういうところに連れて来てくれるのは父親の役目だった。

 この母親だらけのホールで働きながら、今、思い返せば随分と父は無理をして合わせてくれたのだなと万里は思う。

 娘が喜ぶお子様ランチを食べさせるために、和食派の父は無理してハンバーグを食べていたのだ。

 なんだかいじらしくもなってくる。

「田舎はどうだったの?万里」

 ランチタイムの嵐のような忙しさが終わり、暇を見つけて水を飲んでいた万里にバイト仲間の麻衣が話しかけてきた。

「いいところだったよ。空気は綺麗だし、水はきれいだし、野菜は美味しいし。静かだし」

「継母に虐められなかったの?」

 面白そうに、そうであってほしいと期待でも込めているように麻衣が肩をポンとたたく。

「まさか、幸恵さんいい人だし」

 万里は手短に答えるとコップに残った水を一気に飲み干した。

 残念でした。噂好きの麻衣の興味を満たすものなんか何にもないんだな。

「そーいやーさー、万里が居ない間に武田くん辞めちゃったんだよ。もー店長カンカン。忙しいのにって」

「へー」

 今度は万里は興味もなさそうな返事をした。実際、武田くんには興味はない。だから彼に告られた時もお断りした。

「何かあったのかなぁ」

 麻衣はそう言って首を振ってツインテールのしっぽを揺らした。万里よりも年上な麻衣だが、こういうカワイイ姿が似合う。

 得な奴、と普段から可愛げがないと言われる万里は心の隅で毒づく。

「さあ」

 万里はあっさりと答え、空いたコップを片付けた。辞める前の武田くんにも興味がなかったが辞めた後の武田くんにはもっと興味がない。

「結構イイ感じだったのに。そう思わない?万里」

「狙ってたの?」

「別にそういうワケじゃないけど、どうせだったらイイ感じの方がいいし。万里は全然興味ないの?」

「考えたこともない」

 万里は男が嫌いなワケではないが、彼氏というものには興味がない。

 だから、こういう会話は面倒なだけだし、恋バナなんて願い下げだ。

「いつまで休憩してる。お客様だぞ!」

 店長の叱責が飛んでこれ幸いにと万里はその場を離れた。

 お客様をニッコリ笑って「いらっしゃいませ」と出迎えながら、彼氏なんか面倒だ、と思う。恋も面倒。

 一人の方がラクというものだ。

 

 それなのに。

 

 疲れて帰った私を人間の姿で出迎えたエロ主はいきなり言い放つ。

「腹が減って死にそうだ」

 働いた者をいたわるつーことを知らんのか。万里は脱力した。

「コンビニ弁当でいい?」

「それは美味なるものか」

 これだけマイペースだとある意味、尊敬に値する気がして万里は息を吐いた。

「ええ、最高の品でございます」

 そういって、買ってきた弁当の蓋を開けて、先に中身をつまもうとした指に軽い電流が走る。

「なんと行儀の悪い事か」

 金色の目が睨む。

「あーもう疲れてんだけどな」

「私に供物を捧げるのは大事な仕事だ」

「あーもーそうですか」

 万里は乱暴にリビングの机の上にコンビニ弁当を置くとクッションを抱えて万里は床に転がった。

 ホント、なんでこうあちこちで面倒くさいことになるんだ。一体、どうなることやら。

 万里は床に転がったままで、大きく息を吐くと諦め顔で目を閉じた。  

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