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ぬしさま  作者: 里桜子
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東京の真ん中で贅沢を叫ぶ

 車に乗ってるだけっていうのも結構疲れる。

 あと、親が前で遠慮がちとはいえイチャイチャしてるのも何気に邪険にされているようで居心地が悪い。

 考え過ぎなのは分かってるけど。

 些細な事に敏感になって勝手に苛立つ理由を万里は分かっていた。カバンの中のエロ主のせいだ。

 捨てたいのだ。置いて行きたいのにその方法が何一つ思いつかないのが万里を苛つかせていた。それで前に座る親が話しているのでさえイチャついているように思えて腹が立つのだ。

 八つ当たりな自分に余計に腹も立つ。それもこれもエロ主のせいだ。

 自宅であるマンションまで父親の車で送ってもらった頃には身体よりも心が結構クタクタだった。

 すぐにでもベッドで横になりたい気分である。

 しかし、その前にその前にアイツを早く出さないと、と何故か気を使ってしまう人のいい自分にさらに腹が立つ。

 イライラしながら万里はバスルームに行くと洗面器を持ってきて中に水道水を溜めた。

 幸恵さんが住んでいたマンションは1LDKで部屋数こそ多くはないし少しばかり古いけど、結構ゆったりとしたつくりになっている。

 バスルームが三点ユニットじゃなくてトイレと別になってるのは一人暮らしにしては贅沢な感じがしてグッド。それに鉄筋だから音だって大して気にならない。

 要するに学生の万里にとっては贅沢な物件だ。

 万里は昨日と同じように洗面器を床に置いてカバンから水筒を取り出し、エロ主を放した。

 伸びでもするかのように身体を伸ばす元気な様子にホッとしている自分に気が付き、またもやイラつく。

「おい」

 それなのに万里の機嫌の悪さに拍車を掛けるようにエロ主はここまで運んだ礼も言わずに、偉そうな口調で呼び止めた。

「なによ」

「この水はクサイぞ。薬くさい」

「水道水だからね。塩素が入ってるからかな」

 万里は荷物を片付けながらつっけんどんにそう答えた。多少、薬臭くったって飲める水なんだからいいではないか、文句をいうなら水道局へ行け、だ。

「変えろ、我慢できぬ」

 どこまでも偉そうにそして空気も読まないエロ主は命令する。

 人に物を頼む時は下手に出ろって教えてもらわなかったの?言いかけてコイツが人間じゃないことに気が付く。

「うるさいな」

 結局、万里の方が折れてノロノロと立ち上がると力の抜けた足取りで冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、洗面器の中の水を入れ替えた。

 そこで、礼ぐらい言えよ!と念じる。しかし、偉そうななエロ主は礼どころか

「この入れ物だと外が見えぬ、深めの大きな皿を用意せよ。そこに臭くない水をいれて砂も入れよ。日陰を作り、陽の当たらぬ窓辺に置け。水も毎日変えよ」

 と、次々に要求してきた。

 あーあー東京の真ん中で住処について贅沢言うやつ、信じられない。万里はがっくりと肩を落とした。ここまでくると見上げたものだ。

「はいはいはいはい、明日以降に気が向いたらね」

 万里は適当に返事をして立ち上がった。何を言っても無駄だというのはこういう事をいうのだろう。それに疲れて言い返す気力もない。それもこれもアンタのせいだ!とオオサンショウウオを睨んでも気持ちが納まるどころか脱力するだけだった。

 とりあえずは風呂に入ろう、気分転換だ。

 シャワーで汗を流し、髪を洗い、いつもよりも念入りに洗って戻ってくると、エロ主が銀髪のイケメン姿で、なぜかTシャツとデニム姿でリビングの真ん中で正座をしていた。

「どうしたのよ?その服」

 男物の服なんか持ってないし、そんな服も見たことない。

「今日、こんな格好をした男をたくさん見た。今風に合わせただけだ」

 聞けば、エロ主は服を買うんじゃなくて、想像すれば着替えることが出来るらしい。なるほど、便利なものだ。

「……見た?」

 服のことには納得したが、見たというのは引っかかった。エロ主は今日はずっと水筒に入っていた。見たとはどういうことだろうか。

「目で見ているワケではないからな」

 なるほど。そういうこと。納得しかけて、万里は立ち止まった。目で見てない、ということはものをすり抜けて見えるってことか?じゃ、私の服なんか…そこまで考えて思考を止めた。

 やめよう、これ以上自分をイラつかせることはない。

 諦め気分で万里はタオルで洗い髪をふき取りながら冷蔵庫から水を出してキャップを開けた。すると、エロ主がリビングのフローリングの上できちん座り前に皮袋のような物を差し出している。

 そして、ここへ座れと合図をしてきた。

 いつもエラソーなエロ主、どうした?そう思いながらエロ主に促されるがまま、万里も律儀にエロ主の正面に正座し、差し出された皮袋を上目使いにエロ主の様子を伺いながら引き寄せた。

 結構、重い。

 紐をほどいて中身を見ると小銭が入っていた。よく見る100円玉もあるし、500円玉もある。驚いたことに小判まで入っていた。あとは万里が見たことのない古銭みたいなものも。

「今まで泉に投げ込まれた銭を集めておいた。使うがよい」

「はぁ」

 確かに神社やお寺の池にはお金が投げ込まれているのをよく見かける。あのノリであの泉にもそんなことする人がいたのだろうか。確かに綺麗だったし、神秘的な雰囲気もなくはなかった…が。

 それを長年、それこそ小判の時代から溜めていたというのか。

「あれ?でもエロ主、百年前に産まれたんでしょ?その頃、小判なんてないでしょうに」

 百年前といっても明治の末だ。チョンマゲの武士はいなくなって久しくなっているはすだった。

「肉体は百年前に産まれたが、我の魂は乗り移ることで生きながらえる」

 つまり、精神はずっと前からあるってことか、マンガ以外でそんなことがあるのか。

「それより、そち、エロ主とはなんだ。」

 そういうエロ主の綺麗な顔には眉毛の間に深いしわが刻み込まれていた。目も細くなっている。「水戸黄門」とかで黄門様がこんな顔して「こらしめてやりなさい」とかいっている、あの顔だ。

「だって、エロ主じゃん。人の足とか舐めるみたいにみてさ」

 万里は風呂あがりの足を投げ出して平気な顔でペットボトルの水を口に含んだ。嫌なら帰れ。

「ほほう、そち、そのようなこと申していいのか」

 エロ主はまたもや時代劇のセリフみたいなことを言った。そして鼻でフフンと笑う。

「何よ」

「私は知っておるぞ、初めて見た時、私に見惚れていたことを」

「それはっ」

 万里は慌てて、ペットボトルから口を離した。

「ボーッと見惚れおって。はしたない」

 エロ主はそう言って私の腕を引っ張った。ペットボトルが床に転がり、水がこぼれる。

「これは礼だ」

 そういうなりエロ主は万里を強く抱きしめた。

「何すんのよっ」

 エロ主にいきなり身体を包まれて万里の頭の中は沸騰寸前になった。

 意外に分厚い胸の筋肉。サラサラの銀の髪。それにどこからか薫る華やかでうっとりする香り。それにこの抱擁感。

 まずい、おちつく。さっきまでのイライラ感が無くなっていく。

 どうしよう、私……万里は萎える気持ちにムチを打った。こんなことで騙されるか!

 万里は思いっきりエロ主を突き飛ばすと近くにあったクッションを投げつけた。ボンッといい音がしてエロ主の顔に命中する。

 ざまあみろだ。

「こんなこと、次もしたら追い出すからね」

 大きな声で捨て台詞を言うと万里は寝室に入って思い切りドアを閉めた。

 リビングで大きな声で笑うエロ主の声が追いかけてきた。

 あーもう!なんだんだ!あいつは。どうして自分はこんなにかきまわされているんだ。

 万里は濡れた短い髪をクシャクシャに掻いて、掻いて、掻きまくって、それから大きく息を吐いた。

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