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ぬしさま  作者: 里桜子
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かわいいって?

 それからしばらくしたある日、その日、万里はバイト帰りに雨に降られた。

「あちゃー」

 駅の改札を出た所で、空を見上げる。今日のシフトは夕方あがりだったから、周りには仕事帰りのサラリーマンが万里と同じように空を見上げていた。

 ここから家までは急げば10分ほどで済むが、でも上り坂を行かねばならず、走り抜けるのはつらい。

 同じことを考える人は多いようで、隣にあるコンビニは、透明のビニール傘を求める人でごった返していた。

 万里はそっちをチラリと見て、自分も傘を買おうか…と思いはしたが、すぐにもったいないと思い返した。

 しかし、雨は厄介だ。もう一度空を見上げた。空は無情にも黒くて低い雲が切れ目なく立ち込めていて雨はまだ止みそうもない。

 でも、幸運なことに雷は鳴っていなかった。

 ええい、ままよ。万里は思いきるとカバンを抱きしめて雨の中に飛び出した。とたんに生暖かい水が全身に降り注ぐ。

 こんな時、飾り気のないショートカットの頭は雨に濡れても整髪剤は落ちる心配もしなくていいから、ラクだ。化粧だって濡れたらパンダ顔になるほど濃くはないし、それに、走るのに邪魔な大きな胸もない。

 普段「鉄の鎧」を着てるなんて言われるほど飾り気がなくても良い事もあるんだぜ、由香里。万里は心の中の由香里にそう声を掛けると坂道を駈け上っていった。あとは、走れ足!だ。

 雨に打たれながら坂道を上っていると途中で何だか大きな石?のようなモノを見つけた。傘を差したおねさんがキャッという可愛らしい悲鳴とともに飛びのいた。どうも動いている、らしい。

 近くまで行ってみれば、それはこの雨で出てきた大きなガマガエルだった。。アスフファルトに囲まれた東京だけど、たまにはこんなこともある。私も見たのは初めてじゃない。多分、この辺に池か沼があるのだろう。

 万里は車に轢かれないようにね。と声をかけるとカエルをヒラリと飛び越えた。こんな時は、さっきまで前を歩いていた可愛いピンクの傘をさしたおねえさんのように「キャッ」と可愛く言えればいいのだろうけど、生憎、万里の口からはそんな可愛い声は出なかった。後ろを歩いているのが白髪交じりのおじさんじゃなければ違ったんだけど、なんて万里は一人言い訳をした。

 そんな事を考えているうちに前にマンションが見えてきた。あともう少し!

 息を上げながらようやくエントランスについた万里は犬のように身体を振って水を落としてからエレベーターに入った。

 それでもびしょ濡れには違いない万里は、部屋のドアを開けて、抱えていたバックを奥に放り投げた。と、同時にリビングの方から清良の怒る声が響く。

 気にしない、ってか、言われた言葉は分かってる「行儀が悪い!」だ。

 いいじゃん、自分の家なんだし。万里は小言を無視をしてそのままバスルームに向かった。

 シャワーを浴びてジャージ素材のワンピースを着て、髪をタオルで拭きながらリビングに入ると清良がムスッとした顔で胡坐をかいて座っていた。

 今にも「そこにすわれ」とか言われて、説教でもされそうな雰囲気が漂っている。

「えへへ、ただいま。濡れちゃったんで…」

 万里は煩い説教を回避するしたいが為に、自分で一番かわいいと思う笑顔を向けて、言い訳を始めた。

 言われなくても分かっていることを再度指摘されるのは辛い、とういうか面倒くさい。

 けれども清良が放った言葉は全然違っていた。

 清良が万里の前に差し出したのは白い封筒だった。

 ああ、これ、前に由香里がくれた映画のタダ券だ、と万里はすぐに思い当たった。ずっとカバンに入れっぱなしだったのを忘れていた。さっき投げた拍子にカバンから落ちたらしい。

「誰と行くのか?」

 ちょっと機嫌が悪そうに清良がいう。かわいいなぁ。もしかしてヤキモチ?

「ううん、これ、前に由香里がくれたんだよ。」

 万里はそう言ってチケットを取り出した。封切はとっくに終わってる。それよりも早くしないと終わってしまう。

「行かないのか?」

 そう言われて万里はうなった。

「一人でいくのはなぁ…」

 出来ないわけじゃないけど、一人で映画を観るのはちょっと勇気がいる。

「まことにかわいくない女だ」

 清良の言葉に今度は万里がムッとした。さっき、精一杯可愛いと自分で思う笑顔を向けたでしょうが。

 これでも可愛い姿を装っているんだから、だ。

「一緒に行きたいと何故言えぬ」

 万里は少し怪しげな視線を目の前に座る清良に向けた。本気で言ってんの?

「だって、清良、見える人と見えない人がいるじゃない。そんなことしたらパニックが起きちゃうよ」

 オカルトは人を避けもするけど、寄せる事もする。見世物になりかねない。神様にそんな事させたくない。それに、それに、と思う。でも、嫌だな、これ言っちゃうと清良の事、すごい好きみたい。

「それに、そんな銀色の髪なんて目立つよ。金の瞳だって。みんな由香里みたいに許容範囲が広いワケじゃないんだから。」

 万里は恥ずかしくて本当は他の女の子にモテる姿を見たくない、という本心をオブラートに包んでそう言った。

 そんなものをみたら、清良が自分のものではない、と実感してしまう。

「万里はそれでいいのか」

 そんなワケないない、本当は一緒に行きたい。知っているくせに意地が悪い、と思う。でも、無理なのもわかっていた。清良は神様で人間じゃない。同じようにはいかないことぐらいはわかる。

 万里がは清良から視線を反らした。そしてしばらくの沈黙の後にこう言った。

「別に、どうでもいいよ。見たかった映画じゃないし。」

 その言葉をリアルに見せる為に万里は荒っぽい手つきでタオルで髪を拭いた。そう、どうでもいい事を装ったのだ。

「ふうん、そうか」

 清良はしばらく黙ってチケットを見ていたが、それ以上は何も言おうとはしなかった。万里は清良の手からチケットを乱暴に奪い取ると、そのまま丸めてゴミ箱に放り込んだ。

 思った通りだ、自分と清良の間は違いすぎると思いながら。


 翌朝、万里は朝早く清良に揺り起こされた。

「起きろ、万里、早く支度せよ」

「ううん、ん…」

 身体を揺すられながら万里は目を擦った。

 今日のバイトは休みなんだからもう少しゆっくり寝かせてよ。そう思いながらも目を開けると、目の前には薄い色のグラサンをかけて、シャツとボトム姿で髪も束ねた清良が立っていた。

「どうしたよ?」

 驚いた万里は跳ね起きた。

「映画に行くんだろ?可笑しいか?」

 いや、可笑しくはない。金色の瞳はグラサンで隠れているし、銀色の髪は束ねてしまって帽子でも被れば、東京限定なら派手な兄ちゃんぐらいで済ませられるだろう。

「でも、だって……」

 見えない人はパニックにならない?

「見えぬ人は気が付かぬだけだ」

 そうだけど、そんなこと許されるのだろうか。人がパニックになるのを知っていて。

「私が見たいのだ。映画はテレビでしか見たことないからな」

 清良はそういったが、万里には彼の気持ちがわかるような気がした。一緒に行きたいけどそう言えないのを分かってくれてたんだ。その格好だって、テレビとか見て研究してくれたのだろう。

 嬉しい、しかし、万里は余りにも嬉しすぎて自分の気持ちを素直を現す方法を思いつかなかった。

「仕方ないな、協力してあげるよ」

 万里はわざと照れを隠す為に可愛くない言い回しでそう答えた。そういっておいてうつむきながら笑顔を作った。本当は嬉しくって涙が出そうだった。

「でも、清良。まだ上映時間には早いよ。それ、午前の上映はやってないから」

「そうか、では、万里。」

 清良はベットの縁に腰掛けた。

「今日は、長く人型を保てねばならぬ。その前に供物を作ってくれぬか」

 いっている言葉はいつもの「腹、減った」と同じだが、清良は万里の背中を包んでそっと頬に唇を寄せて情愛を示した。

 素直じゃないね、清良も。ねぇ、私たちそういうこと似てるのかな。そう思っていい?

 そんな事を考えながら万里はそっと目を閉じた。

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