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ぬしさま  作者: 里桜子
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ナイーブな気分

「また、ミツか?」

 目覚めた時、部屋の中は明るかった。どうやら昼寝をしていたらしい。

「うん」

 気になる夢だった。

 確か、ミツさんは犬井の家の息子である源一郎に想われていた。そして、それが原因で奥様に虐められていた。

 でも、彼女は売れない画家の陽一と両想い。

 現代だったら、陽一さんとミツさんの恋を邪魔するものなどないだろう。でも、あの時代、そんなにうまくはいったのだろうか。何しろ源一郎は主家の息子。その気になれば使用人であるミツさんを何とかするなど難しい話ではないような気がする。

 どうなったのだろう…気になる。彼女には幸せになってもらいたい。

 でも、確かめる術はない。

 夢の内容を清良に話しても「なるほどな」と言うだけで何も付け加えてくれない。

「ねぇ、ミツさん、どうなったの?」

「さあ、知らぬ」

 どうして、神様でしょ?その言葉を万里は呑み込んだ。神様だったらどうなるか知ってるでしょ?ミツさんの恋も、私との恋も……そう言ってしまいそうだった。

「なによ、ケチくさい」

 知ってるくせに、と万里は思う。だから、神様なんか嫌いだ。何でも出来るくせに知らないふりをする。

「ケチとはなんだ、知らぬと申しておるだろうが」

「そんなに話すと都合が悪いことなわけ?」

「何を怒っているのだ」

 分かってる、そんなこと。清良には人間の自分に理解を超える計り知れないものがあるくらい。

 それがわかるくせに、つい、イライラして突っかかってしまう自分が嫌だ。

 万里は立ち上がると自分とそんなモヤモヤした思いを断ち切るように勢いよくカーテンを閉めた。幸いなことに今からバイトだ。この暗い雰囲気から抜け出すことが出来る。

「今日も遅いのか?」

 バックを手に持ったところで清良は万里に声をかけた。

「うん、お腹すく?冷蔵庫には残りものとかがあるから適当に食べていいけど」

「いや、よい、そなたが帰ってから食べる」

 自分が沈んでいるせいか、清良も口ぶりもいつもに迫力がない。

 ほら、何でも知ってるくせに。

「そう?じゃあ、いってくるね」

 普段と変わらない様子を装って玄関に向かい、万里が靴を履いたところで「気をつけていけよ」と奥にいる清良から声が掛かった。

 なんか、今の気分だと、何かあるから気を付けろ、と言っているような気がするんだけど…。

 万里はそんな気持ちを振り払うように首を振ると玄関の外に出た。


 しかし、気分が変わるはずのバイト先のファミレスに行くと今までの少し暗い気分を吹き飛ばすほど機嫌のいい麻衣が待っていた。

 なんて、変わり様。頭の中に新風が吹く。

「聞いてよー」

 聞きたいような、聞きたくないような、彼女のことだから、きっとゴシップなんだろうし。 

「店長のさぁ…指、見てよぉ」

 麻衣はそう言って、万里の陰に隠れるようにしながら、壁に貼ってあるシフト表を睨んでいる店長を指さした。

 指は店長の指を指している。そして、店長の左手の薬指には輝く結婚指輪。

「へぇ、店長、結婚したんだ」

 店長はちょうど40歳だと言っていたような気がする。理屈的にも心情的にも別に不思議な話でもないはずだ。

 驚くでもない、冷静な返事に麻衣は不満そうな顔を見せたが、気を取り直して万里に小声で続けた。

「さっきさぁ、聞いたらさぁ奥さんの写真を見せてくれたのよ、それでさ、ビックリ。20歳なんだって」

 仕事柄、清潔を意識しての真面目なスタイルなのだろうが、髪も短く、眼光も鋭いそんな真面目を絵に描いたような姿の店長が、20歳の奥様とは確かにビックリだ。

「そりゃー、まぁ…なんていうか…」

 どうリアクションしていいか戸惑う万里にようやく麻衣が満足そうな顔でうなづく。

「すごいよねぇ。20歳も離れてるなんてどういう会話が成り立つのかしらね?」

「ははは、そうだね」

 万里は客が入ってきたのを口実に麻衣の元を離れた。

 気分を変えたいを思っていたのに……。

 営業スマイルで接客をしながら、内心、店長の奥さんが羨ましいと思う気持ちがどうしても抜け出なかった。

 結婚したいわけではない。そういうものを前提でつい合いたいわけでもない。

 なんだろう。自分でもよくわからない。

 でも、麻衣の言葉は耳に残っている。「ビックリ、20歳なんだって」あの言葉を聞いた時、胸に何かが突き刺さったような気がした。そう、麻衣は20歳の年齢差でもビックリしたのだ。自分も正直驚いた。

 気にすることはないのだと、自分に言い聞かせる。清良は「好き」だとは言ってはくれないけど、それに似た気持ちは持ってくれているのは分かってる。自分も清良が好きだ。

 でも、それでも自分と清良に差があると思うのだ。どうしても入り込めない、どうしようもないものがあるような気がするのだ。

 帰った客の食器を片づけて奥の洗い場へ持っていくと、調理場の人たちと麻衣が店長への結婚祝いを何をしようかと話し合っていた。

「俺さぁ、街で店長と女の子が歩いているのみたことあるんだよなぁ…娘かと思ってたよ」

「やだぁ、店長、初婚なのにぃ」

 店長が奥の事務室に引っ込んでるからといって、言いたい放題だな、と思いつつ。やはり、羨ましいと思ってしまう。

 年なんかどうでもいい、だって、好きな人と一緒に街を歩けたのだもの。一緒に同じ未来を見ようと思ったのだもの。

 それは、どんなに好きでも自分と清良には訪れない未来だ。

 清良が好きになるほど、そんな事が気にかかる。

「あ、万里ぃ、店長の結婚祝い何がいいと思う?」

 麻衣に呼ばれて万里はチラリとフロアを見た。客はまばらで少し離れることが出来そうだ。

「結婚祝いなんて考えたこともないなぁ…聞いた方がよくない?」

「またぁ…万里はそういう現実的なことを…それじゃサプライズがないじゃない」

 麻衣に言われ、万里は何か真実を言い当てられたような気がした。確かに自分はロマンチストとは程遠い場所にいる。

「じゃあ、どうすんのよ?」

 そうはいっても、麻衣にもいいアイディアがあるわけでもなさそうだった。

「加藤さんはさ、何貰ったの?」

 麻衣は調理場を引き受けている加藤さんに話を振った。加藤さんは年齢は店長さんと同じくらいの年で子供も二人いる既婚者だ。

「そんな…なぁ…十何年も前の話をされても……忘れたよ」

 ハハハと笑いながら加藤さんは調理場の奥に引っ込んでいった。

「んもー、頼りない、ね、万里はどう思う?」

 どうって言われても、と思う。何がいいんだ。

 もし、自分が、と思い浮かべてみる。何が欲しいのだろう。古風に夫婦茶碗でもいいかもしれない。いやいや、話題性のイエスノー枕とか?

 どれも清良には似合わないような気がする。食器なんか揃えたら、影膳みたいで何だかイヤだ。

 二人で過ごす日常。同じものを見つめて、同じことを考える、そんな日常。

 ああ、まただ、またナイーブな気持ちになってしまう。どうして清良のことになると弱くなってしまうのだろう。

「ほら!サボるなって」

 いつの間にか事務室から出てきた店長の一声で集まっていた万里達は蜘蛛の子をちらすようにバラバラになった。

「任せるから」

 万里は麻衣にそう囁くとフロアへと戻る。

 空いた食器やテーブルを片付けながら万里はどうしても、店長がうらやましいと思ってしまう自分に苦笑いをしたのだった。

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