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ぬしさま  作者: 里桜子
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楽しくって浮かれてる

 清良は私のことを好きだとは言わないけれど、きっと、言わないだけで本当は私だけの清良なんだよね?

 そんな風に清良に甘えたいのに、しかし、心の中で何かが万里にブレーキをかける。

 でも、少しくらい、愛情表現をしてくれてもいいと思うんだよね。そう思った万里は、その日から料理をちゃんと作り始めた。「好き」は無理でも手料理が「美味い」と言ってもらいたいが為に。

 それに、自分が作った料理を誰かが一緒に食べてくれるというのは、何だか楽しい。相手が好きな人なら尚、楽しい。別に友達の由香里がダメだっていうワケじゃないけど……。それとこれとは別なのだ。

 だからね、清良。ちゃんと美味しい時ぐらい素直に言って。テレビなんか見ながら食べないで。

 それは万里のささやかな願い。

「いろんな供物が作れるのだな、万里は」

 そうでしょ、そうでしょ。褒めて、褒めて。

 なんか、褒めてもらった犬みたい…自分がいかにも安易で簡単な女にも思えてきて何だかヘコむ。

 しかし、実のところ、万里の料理の腕は、何も清良の為に磨いたわけではないし、合わせているわけでもない。父子家庭で育った万里は忙しい父に代わって自分で作る事が多かっただけだ。その証拠に父に揚げ物などは一人では危ないという理由から止められていた為にあまり作る事が無く、今でも天ぷらとか揚げ物料理全般が苦手だ。

 今頃はきっと、万里の代わりに幸恵さんが父のご飯を作ってるだろう。一緒に食べくれる父が居なくなって万里も料理をしなくなったが、今は代わりに清良がいて、万里は再び料理を作るようになった。

 待てよ…万里は少し思い返した。父も料理が結構うまい。今頃は幸恵さんにご飯を作ってあげているかも知れない。自分と同じように好きな人のために。

 そういうのもいいな。清良が私の為に作ってくれるって……ないか、そんなこと。


 由香里に大学でパワースポットなるものに誘われたのは、そんな風に浮かれた毎日を過ごしている時だった。

「でもさぁ……雑誌に載ってるくらいなんだから、すごい人なんじゃないの?」

 東京は人が多い。こんな風にちょっと雑誌に載っただけで長蛇の列だ。御利益なんかとっくの昔にむしり取られた後だと思われた。

「自分が幸せだからってさー、付き合い悪くなるのはどうかと思うよ」

 そう来たか……万里は身体を少し引いて背筋を伸ばし、身構えた。

 確かに春に行った『幸せになる井戸』の時もその前の『幸運のなんとか像』とか文句も言わずに一緒に行ったよ、楽しかったよ。でも、あれはあくまで付き合っただけ、なのに。

「『縁結びの地蔵』ねぇ」

「ほらほら、なんか写真見てるだけでも感じない?こう、オーラみたいなの」

「そうかな」

「もー万里はさぁ、幸せボケで受信アンテナが折れてるんじゃないの?」

 確かに少しばかり浮かれている自覚はある。しかし、ボケてまではいないはずだ。

「いいけど、行っても」

 しかし、そこまで言われたら断われない。友情より恋を取る女、とも言われたくない。万里は首を縦に振った。

「早速、今日行こうよ。そんでもって帰りにご飯食べない?バイト料出たばっかりだって言ってなかった?」

 そういやこんな話になる前はそんな話をしていたような気がする。

「ごはんかぁ」

 私は由香里から視線を逸らした。家に帰れば清良が待っている。

「彼のこと考えてんな。万里も付き合い悪いの」

 図星をつかれて私の心臓がドキンと高鳴る。

「そうじゃないよ」

 そうだけど。

「じゃあなによ」

「明日、朝からシフトだからあんまり遅くなると辛いなって。まだ、レポートも残ってるし」

 万里は後ろめたさにとっさに言い繕った。

「やだなぁ、ごはんだけならそんなに遅くならないって。いこっ。善は急げだ」

 由香里が立ち上がる。

 何が善なのか急げなんだか知らないけど、まぁいいか。でも、さ、由香里、結構混んでると思うんだよね。

 そんな万里の予感は的中し、由香里推薦の『縁結びの地蔵』があるお寺の前にはこの暑いのに長蛇の列ができていた。

「うわぁ」

 由香里はお目当ての地蔵様が見えないくらいの長い列に声を上げた。

 平日の夕方4時でさえもこの列だ。休日なんか想像したくないくらい凄いだろう。

 しかも、これを由香里は並ぼうというのだ。

「由香里、縁を結びたくなるような人が出来たの?」

 万里は背伸びをして見えない前を覗くようにしながら由香里に聞いた。

「それがさー上手くいかないんだよね。だから、縁が結びたくなる人に出会えますようにってお願いしようかなって」

 なるほど。そういう願いの仕方もあるのか。

 清良は万里に人間はなんでも解決できるようになったって言ったが、万里にしてみれば、この列を見るとそんなこともないように思えてくる。まだ暑いのに並んで縁結びを頼むなんて、それは人がまだまだ神様に頼ってる証拠ではないだろうか。

「万里はさ、清良くんにあった時、何かこう感じるモノがあったの?」

「全然」

 カッコいいな、くらいは確かに思った。しかし、それだけだ。

 向こうはあの時も今もエラソーで神様のくせにロマンチックに夢も見せてはくれない。

 万里が知っているのは清良が自分に好意を寄せているらしいということだけだ。

「そんなもんかなぁ」

「そんなもん」

 素っ気ない私に由香里は不満そうだったが、事実だからこれ以上は言いようがない。

 嘘ついたって、見え張ったって仕方ないし。

 誰かの願いが掛けられて、列は少し進む。

 清良は今までずっとこうやって願いを掛けられてきたのだ。万里は心の中で清良に話しかける。

(ねぇ、清良、今も誰かが泉の神の清良に願いを掛けたら清良はどうする?)

 それは、自分と自分が一緒にいられなくなる時なのではないのだろうか。背筋にゾッと冷たい汗が走る。

「万里?どうしたの?」

 うつむいて、一点を見つめていた万里に由香里が声をかける。

「何でもないよ。私も願いをかけようかなって思っただけ」

「万里が?何かあったの?」 

 万里の声が少し硬くなっていたのか由香里は茶化しはしなかった。

 私も願いを掛けようか。ずっと、私と清良との間に縁が結ばれていますように。

 清良は本来こうやって皆が願いをかける神様。だから、私の願いは儚い糸のようなもの。 

 それはいつまでも忘れていたかった事実だ。

「暑いね、帰りに飲んで帰ろうか」

「どうしたよ?急に」

 急に言い出した万里に驚いたのか由香里が万里の方へ向き直った。

「だって、こんなに暑いと汗かかない?冷たいお酒とか飲んだら気持ちいいかなって、思ってさ」 

「そうだよねぇ。いいねぇ。じゃ、寄ってこ」

 由香里はそう言って天を見上げて暑そうに手で扇いだ。雲一つなく、日陰など望めそうもない空。

 そんな空の下で、暑さにも負けず、バカなことで笑いながら二人で随分並んだあと、万里は地蔵様に願いを掛けた。

 神様に神様との恋の成就を願うなんてなんだかへんだけど。でも、他にすがるものもない。

 それから由香里とおそろいの地蔵様バッチを買ってカバンにつける。二人で顔を見合わせて「叶うといいね」と笑う。

 叶うといいね。由香里の願いも私の願いもみんなの願いも。

 ほろ酔いの帰り道、月明かりが足元を照らして、見上げれば清良の瞳みたいなお月様。

 大丈夫、あんなお願いはしたけれど、分かってる。私は清良を一人占めなんかできない。この月明かりは私だけを照らしているわけじゃない。清良は一瞬、夢を見てるだけ。

 でも、お月様。どうか、永遠を生きる清良の一瞬の夢が私の一生でありますように。 

 お願い、地蔵様、お月様。泉のぬし様。私の願いを叶えて。

 万里は滲む目で月を見上げながらそう願うと月明かりに照らされた道を歩いて家路についた。



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