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ぬしさま  作者: 里桜子
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ずるいの

 万里は玄関のドアを乱暴に開けて家に入ると、まっすぐにキッチンに入った。

 時計をみれば12時。もう夜中といっていい時間。でも座っていられない、とにかく何かをしていないといられない気分だった。

 清良と話す気分にもなれない。だからといって眠れそうもない……眠りの先には、またあの夢が追っかけてきそうで嫌だ。

 万里は無表情な上に乱暴な手つきで一番大きい鍋を取り出すと、買ってきた大量のタマネギを刻んで放り込んだ。

 清良の視線を背中に感じる。帰ってから何もいわずにキッチンに立つ万里に不審に思っているのだ。それは、分かっている。分かってるけど、話したくない。話せば多分、愚痴ばっかりになってしまう。

 タマネギが入っている鍋を覗き込んみながら炒めていると目が染みて涙が出てきた。

 これは、タマネギの所為だから、泣いてなんかないし。涙を拭きながら万里は何度も自分に言い聞かす。

 そんなことをしていると万里の態度が可笑しいと思ったのか、清良から「何してるんだ?」と咎めるとも叱ったとも取れる言葉を掛けられた。

 ごめん、清良、正直、煩い。我がままだと分かってるけど、放っておいて欲しい。

「ごはん、作ってんの。お腹すいたし」

「今からか?」

「そう」

 万里の声が自然に荒くなる。清良に八つ当たりするなんて最低だ。

 夕べは清良に傍にいてって甘えたくせに。嫌な夢を見たのも一緒に映画に行けないのも清良のせいじゃないのに。

 万里はまた、手の甲で流れる涙を拭った。

 だから、泣いてるのはタマネギの所為だから。どうしようもないことで泣いたりはしたくないの。

 スパイスを炒めるとすごくいい香りが鼻腔いっぱいに広がる。すると、香辛料の効果か徐々に気分が緩んでいくのがわかる。

 それでも万里は涙を止められなかった。グツグツいう鍋一杯のカレーを見ながらポロポロと流し、それを服で拭う。それを繰り返す。

 すると、今度は一人で泣いてる、そんな自分が可笑しくなってきて何故か笑いがこみあげてきた。涙を流しながら笑う自分が更に可笑しくて笑いは大きくなっていく。

 さっきは様子を聞いてきた清良も流石に様子が可笑しすぎると声も掛けられないのか黙っている。

 まさか、狂ったとは思ってないと思うけど、どうかな、清良が戸惑っているんだろうと思うと余計に可笑しい。

 万里は泣きながら時々笑いながらキッチンの鍋の前に立ち続けた。

 最初は何を作っているのか説明しないと何だかわからないほど混雑した鍋の中も時間が経つにつれ、徐々にカレーの体をなしていく。それと同時にモヤモヤも涙と一緒に流して気分もカレーのスパイスのように爽やかな感じになっていく。

 大丈夫。私、うん、大丈夫、私。

 心が落ち着いてきて、万里は何度も心の中でうなづいた。

 そして、ようやく特製ストレス解消カレーが出来上がったころには薄っすらと明るくなり始めていた。こういうの「あけぼの」っていうのだよね、確か。

 目を赤く腫らして、寝不足でヘロヘロになりながらリビングに戻った万里を清良がすぐに人型に変わって抱き寄せた。

「気が済んだか?」

 そう言って、優しくしてくれると少しばかり期待を持った万里の鼻をギュッとつまむ。

 痛い、痛いって、清良。でも、心配しててくれて待っててくれたんだね。

「うん」

 万里は素直にうなずいて、清良の腕の中で目を閉じる。

 声も掛けてこなかったけど、落ち着くのを待っててくれたんだな、と思う。やだな、また好きになっちゃうじゃない。

「その料理はなんていうんだ?」

 ずっと鍋と向かい合っていた私の身体はスパイスの香りがするのか清良は万里の髪に鼻をうずめながらそう尋ねてきた。

「カレーライスっていうの。私が作ったのはお父さんも折り紙つきの美味しさなんだから、でも、朝からじゃキツイか」

「食えるぞ」

 頭上の清良はサラリと意外な事をいった。そしてすぐに皿によそえと言う。

 私はテーブルに自分のカレーと清良の分のカレーを盛った。そして、清良は大人しく、礼儀正しく万里の向かいに座った。

 朝からカレーって普段なら嫌だけど、夜通し起きていた万里は正直空腹だった。しかし、それに清良がつい合ってくれるとは思っていなかった。

「いただきます」

 万里はスプーンを取ると一匙すくって口に入れた。口の中に広がるスパイス。美味しい、頑張ったかいがあった。

 一方、目の前の清良はスプーンを手に取ることもせず、ただ、黙って皿の上のカレーを睨んでいる。

 いつも思うけど、ホントに食べてんのかな、あれ。万里は不思議に思う。

「美味いな、少し辛いが。日本の食べ物じゃないのか?」

 何だかよくわからないけど、分かってるんだよねぇ。確かに清良の口から出る感想は確かにカレーの感想だもの。

 万里が食べ終わるころ、清良も「美味かったぞ」とお皿を前に少し出した。見た目はよそった時のままだけど。

「どうだった?」

 お皿を片付けながら万里は清良に感想を求めた。

「何度も聞くな」

「だって、ちゃんと聞いてない」

 もっと褒めて欲しいのに…万里が口を尖らすと清良は顔を少し傾けて片方の眉を上げる。

「美味い、といったはずだ。他に何かあるのか」

 そうじゃなくて、それだけじゃなくて、もっと言いようがあるでしょうが、具体的に…。

 でも、清良はそんなことに気を使う風もなく、ただ「美味い」で済ますつもりらしい。

「もう、いいよ。それで」

 ホント、知ってるくせにいじわるだよね。私のこころなんかわかり切ってるくせに。

「私は生気を食べて生きておる。それは、供物だけが発しているものではない。こうして生きているものとて発しておる。万里、そなたも」

 清良はそういうと、万里を引き寄せた。

「私も生気を?」

「そう、生きる者が出す気だ。植物も動物も出しておる。よって、このカレーにもある」

「うん」

 確かに、料理とは植物と動物の集まりだ。

「そなたも出しておる」

「私?」

「そうだ」

 清良はそう言って、金色の目を細めて笑う。

「そなたが作る料理も美味いが、私はそなたが出す生気より美味いものを知らない」

 それって、どういうこと?万里が聞く前に清良の唇が万里の唇を塞いだ。

「今日は、塩がきついのではないか?」

 清良が笑う。もう、からかわないでってば。

「じゃあ、食べなくてもいいもん」

 万里は顔をそむける。

「私に食べられるのが不満だったか?」

 金色の瞳が放つ光が万里の瞳を照らす。万里は首を振る。上手くやられたとは思うけど。

「清良は私が好き?」

 仕返しがしたくなって、今度は万里が清良の瞳を覗き込んだ。

「そんな簡単でいいのか?そんな言葉は溢れているではないか。」

「私に向けた言葉じゃないもん」

 言って。言ってよ。私が誰よりも幸せな女だって教えてよ。

 でも、清良は言ってはくれなかった。黙って私を抱き寄せてキスをして、万里を優しく包み込んだ。

 本当にずるいの。でも、いいか。こうしてくれていたら多分、嫌な夢は見ない。こうやって好きな人の傍で眠れたらきっと。 

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