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ぬしさま  作者: 里桜子
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名を支配するもの

「うそ」

 エロ主の名前を知った翌日、万里は大学の図書館でとんでもない事実を知った。

 

 清良之泉命


 エロ主はそう名乗った。確かに言った。

 「みこと」って神様に付けられる名前ってマジか?日本には八百万の神がいるのは知ってはいても、神様の名前が何とかの命だとは知らなかった万里は焦った。背中に冷たい汗が流れていく。

 しかし、エロ主はそんなに有名な神様でもないらしく、本には載ってはいなかった。でも、神は神だ。

「神様」

 妖精とか仙人みたいなものだと思っていた万里は口の中で小さくつぶやいた。今まで、神様相手に随分と失礼な態度…ああ、本当に穴があったら入りたい。よく祟られなかったものだ。

 今さらながらどうしよう…どんな態度を取ったらいいんだ。万里はどうしようもなくなって、本を前にして頭を抱えた。

「どうしたよ?彼氏とケンカ?」

 行き詰っている所にいきなり後ろから肩を叩かれて万里は心臓が飛び出るかと思うからい驚きながら振り返った。

 よかった、由香里だった。肩の力が抜けていく。そうだったエロ主は家に置いて来たはずだ。出ていく時、楽しそうにテレビ見ていたじゃないか。

 神様だと知ったとたん、どこでも傍にいるような気がするから不思議なものだ。

「いや、そんなんじゃないよ」

 むしろ、ケンカ程度ならよかったかもしれない。

「ふふふん、相変わらず仲いいんだ」

 由香里は隣の席に座るとそう言って万里の肩を軽く押してきた。確かに仲は良い。大層にも「名を支配する者」って大層な地位を与えられた。

 万里は由香里の顔をじっと見た。この際、白状したらどうだ、そんな思いがよぎる。聞いて相談したらどうだろう。どうしたらいい?って。でも、きっと信じない。泉からいきなり出てきたとか、大学の小汚い池を綺麗にした、とか、ましてや神様なんて…。笑い飛ばされて疲れてるのかなんて言うに違いない。

 でも、このまま家に帰ってもどんな顔して神様に会ったらいいのか、さっぱり分からない。今日は生憎バイトも休みで間が持たない。やっぱり助けてもらおう。

「何よ?」

 長い間、万里がじっと顔を見ているのが気に障ったのか、由香里は不審がって顔をゆがめた。

「ねぇ、たまには遊びにこない?できれば泊まりで」

「あれー、珍しい。いいよ。モチロン。彼氏の写真とか見せてよ」

 由香里はすぐに乗ってくれた。しかし、万里は写真に対しては曖昧な答えしか出来なかった。清らかな人にしか見えないんだけど、由香里、大丈夫か?なんて言えるわけがない。

「いやぁ…それは……」

「何よ?出し惜しみ?獲らないわよ。アンタの彼なんて。」

 いやそうじゃないって。そうじゃなくて、さ、見えないでしょ、由香里には。そう思っていたのに。



「やだーイケメン」

 由香里は、エロ主を見るなり嬉しそうな声をあげた。

「その髪、すごい綺麗。染めてんの?金色の目なんて。やだー綺麗。カラコンそんなのあるんだ」 

 由香里はまるでアイドルを目の前にしたオバサンかティーンエイジャーのようにはしゃいだ声を上げた。ま、気持ちは分からんでもないけど。でも、神様だぞ、それ。なんてことはとても言えない。

 それに、まさか由香里が清らかな娘だったなんて。とんでもない発見のような気がした。合コンとか行ってお持ち帰りがどうのっていつも言ってなかった?案外身持ちがいいてのはあまりにも彼女に失礼か。

「やだ、やだ、万里ったら。泊まらない?なんて。彼がいるなら言ってよ。」

 由香里は何だ照れるんだかそういって万里の背中をバンバン叩いた。痛い、万里の顔が歪む。ものすごいテンションの高さだ。

 あまりの由香里の盛り上がりぶりに流石のエロ主もポカンと口を開けている。

「もぉー帰るよ。私、そんなに空気読めないわけじゃないんだから。じゃ、ね。」

 嬉しそうにウィンクして由香里はバックを持って立ち上がった。まってよ。居てよ。気まずいんだから。この私の醸し出している空気を読んでよ。

 でも、由香里はニコニコして今来たばかりだと言うのにさっさと玄関まで出てしまった。そして玄関先で茫然と立つ万里に振りきれんばかりに手を振ってこう言った。

「またね」

 くそう、苦虫をつぶした様な顔をしながら仕方なくしぶしぶと万里も手を振る。パッと由香里の顔が輝いたのは、万里の合図に気が付いたわけじゃなくて、後ろに立つエロ主が手を振ったからだ。

「あー」

 万里は由香里が出て行ったドアを見ながら肩を落とした。間に入って助けてもらおうと思ってたのに。これからどうすればいいんだ。神様と。

「中々賑やかな友達だな。」

 それには万里も全くの同意見だ。由香里があんなミーハーだとは知らなかった。いや、第一見えないと思ったから連れて来たのだ。そうしたら大人しくエロ主だってオオサンショウウオのままだろうにと踏んでいたのに。

 計算も違った上に色々びっくりだ。

「万里」

 エロ主の声が耳元で囁かれて腕が前に回る。グイッと力を込められて引き寄せられて、エロ主は万里の匂いを嗅ぐかのように鼻を首筋に埋める。

「あっ、あのっ」

 万里は慌てた。いつもエラソーなエロ主にこんな愛情表現をされると本当に焦るのだ。こっちは恋にはビキナーなのにいきなり同棲なんだから。

「やっと、二人きりになれたな」

「そう、そうかな?ところでお腹すかない?その姿疲れるんでしょ?なんか、作ろうか?」

「かまわぬ」

 かまうって。心の準備が……エロ主は焦る万里の気持ちなど気が付かないように、いや、多分知っててもやってるに違いないが万里の顎を掴んだ。そのまま綺麗に整ったエロ主の顔が近づいてくる。

「でも、エロ主…」

 エロ主の手が止まる。万里は諦めてくれたのかとホッと息をついた。しかし……

「万里には名を教えたはずだが」

 怒ったような低い声を吐きながらエロ主はそう言って万里の耳をいきなりガリっと噛んできた。

「痛いっ」

「私の名はなんだ」

 今度はエロ主のヌルリとした冷たい舌が万里の耳を這っていく。咬まれたところが沁みて痛い。痛いよ。

「痛いって、なにすんの」

 痛いのに、耳をペロリと舐められてなぜか身体がゾワゾワと泡立つ。

「言え」

「だって、その名…」

 神様の名前じゃん。簡単に呼べるか。

「言わぬとまた、痛い目にあうぞ」

 そう言ってエロ主は、また万里の耳に唇を触れた。その感触が咬まれた痛さを思い出して万里は思わず身を縮めた。

「やだ、痛いの…」

「名を呼べ」

 エロ主の冷たい声が耳にい届いて万里は目を瞑った。怒ってる。怒らせたくない。嫌われたくない。だって、好きだもの。知ってるくせにずるいの。

 でも、そんなに呼んでほしい?万里は小さな声でエロ主が求めるその名を小さな声で言葉にした。

「清良之泉命」

「そうだ、万里。清良きよらだ」

「き、清、良」

「そうだ。万里。今宵から私のことはその名で呼ぶんだ」

 うそ、何言ってんの。そんなの無理。だって、神様でしょ?万里はそう言いたかった。でも、すぐに口を塞がれて言えなかった。だめだよ。流されちゃう。こうされるといつだって逆らえない。

「私は誰だ?」

 万里を抱きしめて、唇をついばみながら何度も清良はそう万里の耳元で囁く。

「きよら、清良」

 その名を口にするたびに染まっていく、と万里は思った。清良に抱きしめられて、キスをされて、名前を繰り返し呼んで、自分は清良の色に染まっていく。清良のモノになっていく。

 自分が変えられていくというのに…どうして、なんだろう、ものすごく心地いい。心が安らかになっていくのが分かる。

 そう、そうだよね、だって、自分の好きな人だもの。自分の好きな人に抱きしめられて、名前を呼んで。嫌なわけないよね。

 そうだよね、清良…。万里はそっと、目を閉じて、心地よい眠りに入っていった。

 

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