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ぬしさま  作者: 里桜子
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幸せの場所

 家に帰ってエロ主と向かい合う。

 気が重い……でも、言わないといけない。前に進むのだ。

「あの……」

 けれども、万里が言う前にエロ主の方が先に切り出した。

 もしかして、私に言わせたくなかったのかも知れない…そんな思いが浮かぶ。

「ミツは見つからなかったんだな?」

 やっぱりそうだ。これはエロ主の優しさだ。と万里は直感した。言いにくい事を代弁してくれたのだ。

「……うん……」

 それに甘えて万里はうなづく。それからもう探す手立てがないという事も正直に話した。

 個人で出来ることなんて結局はこれくらい…悔しいけど。

「そうか、ご苦労だったな。」

 エロ主はそういうと身体を反転させて尾を向けた。水が揺れてチャプンと音を立てる。

 それが寂しそうに部屋に響く。

「あのさ…」

「ああ」

 言いにくい事も聞きにくいこともある。でも、言わないと。万里は一度、下唇を噛んでから話を続けた。

「エロ主はこれからどうする?」

 それからしばらくエロ主は応えようとはしなかった。エロ主でも言いにくいことはあるのだろうか。

「そうだな、そちはどうしたい」

 嫌な言い方だと万里は眉間に皺を寄せた。質問を質問で返すなんて…自分が勇気を出した分だけエロ主にも頑張って欲しい、と思う。

「ずるいよ。そんなの。聞いてるのは私なのに」

 すると、再びエロ主は無言になった。さっきよりも長い沈黙のあとで、ようやくポツリとエロ主は切り出した。

「人は、自分で解決できるようになったんだな」

 何のことか?と一瞬万里は思ったが、突っ込むことはできなかった。それほどその言葉をエロ主は寂しそうに吐いた。

「東京には仲間の気配は感じぬ。しかし、誰も困ってはいない」

 そうか、と万里は思い当たった。エロ主は泉の主だ。同じように東京にも昔はあちこちに主がきっといたんだ。川の主、山の主、泉の主。多分、昔の人はそれぞれに祈りを立てて日々の安寧を願っていた。

「もう私は必要ない」

「でも、大学の池は綺麗にしてくれたじゃない」

「あれもその気になれば人間でも出来ることであろう?私に祈りを立てなければならぬことではない」

 私は口をつぐんだ。多分、その通りだ。

 あの池が長い事汚いままになっていたのは、技術的な問題ではなくて、口では文句を言いながらも誰も必要性など感じなかったからに違いない。

「おい」

 エロ主は銀髪の人型に姿を変えると、帰ってきてからそのままの立ち尽くしたままの万里に近寄ってきた。

「そちはこの間泣いていた。どうしてだ」

「どうしてって、どうして急にそんなこと聞くの?」

 万里は顔を背けた。言えるわけない、そんなこと。

「質問を質問で返すなといったのはそちだ」

 自分が言った事を返されて嫌な事をいう……と万里は思った。

「私の名前も呼ばないって思っただけよ」

 仕方ない、白状するか。万里は顔を背けたままそう答えた。

「そうか、ではそちは名を何という」

 そう言われて私はようやく気が付いた。私はエロ主に名前を教えてない。でも知らないわけでもないはずだ。

「知ってる、でしょ?」

 エロ主は万里の心が読めるはずだし、それに何度も呼ばれているのも聞いているはずでもあった。知らないわけはなかった。

「そなたの口から聞きたい」

 エロ主は万里の腰を引き寄せて耳元でささやく。万里は自分の顔が赤くなるのを感じた。

 ずるい、本当にずるい。色仕掛けでくるなんて。

「…ま…り。万、里…」

 ゾクゾクする身体の感覚の中で万里はやっと小さな声で答えた。

「そうか、良い名だ。万里」

 エロ主に初めて名を呼ばれた万里は顔を塞ぎたいと思うくらい恥ずかしいと思った。多分、顔はユデダコのように真っ赤だ。

 万里のそんな表情が面白いのか、エロ主は何度も何度も「万里」と耳元で囁く。

 やめて、ホントにずるいんだから。誤魔化さないでよ。

 しかし、エロ主はそのまま誤魔化したりはしなかった。

「私は自由の身となった。どこにいようと誰も私を咎めぬ。だから、万里、そちと共にいよう」

 どういう事?確かめる間もなくエロ主は私の口を塞いだ。それはほんの一瞬の隙をついてのことだった。

 うそ、うそ、うそ、でも、確かにエロ主の満月のお月様みたいな金色の瞳は届きそうなくらい目の前にあって、引き締まった唇が自分の唇を塞いでる。

 私、エロ主とキス、してる。

 ゴクリ、と自分の喉が鳴るのがわかる。

 ああ、どうしてこんな時でも可愛らしく振舞えないのだろう。私は確かに好きな人にこうしてキスをされているのに。

 でも、喉がゴクリと鳴るのも心臓の鼓動が部屋中に響いているんじゃないか、と思えるくらい大きな音を立てているのも万里だけだった。それが、なんだか自分の想いが一方通行の証拠だと思えてなんだか寂しい。

 でも、いい…と万里は思った。今、確かにエロ主は「共にいる」と言ってくれた。それだけで、いい。十分だ。

 唇がようやく離れた時、万里は瞳を閉じたまま、エロ主の胸に自分のすべてを掛けて寄りかかった。

「そうだ。そなたは私のモノだ。誰にもその心を許すことはならぬ。よいな万里」

 そんな難しいこと言わないで。簡単に言ってよ。そんなんじゃわからない。

 ううん、違う。言葉じゃないの。黙って抱きしめて。力いっぱい抱きしめて。そしたらきっと分かるはず。自分の気持ちも、相手の気持ちも…ホラ。

「…ぬし様…」

 万里は深い胸に身を預けながら名をつぶやく。信じていいよね。自分の気持ちが間違ってないと、エロ主の言葉は適当じゃないと、この背中に感じる大きな手は嘘じゃないと信じていいよね。

 万里はそれを何度も胸の中で繰り返す。まるで、願いのように。

清良之泉命きよらのいずみのみことだ。万里」

「……ん……」

 すると、願いが叶ったのか万里の頭の中に呪文のような言葉が入り込んできた。

「私の名だ。清良之泉命」

「き、よ、ら……」

「そうだ、万里。そなたは私の名を支配する者だ」

 だから、もっと、簡単に言って。もっと簡単でいいの。

 分かってないな、もっと私は単純なのに。もっと私は簡単な言葉で舞い上がってしまうのに。

 でも、万里は何も言わなかった。それは、ここにいるのが幸せだと思ったから。何か言うのもためらうくらい。ここ、清良の胸の中が……。


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