スキンシップ?
それはプールへ行くのを明日に控えた暑い日の昼近くのことだった。
前の日の深夜シフトのバイトを終えて朝方帰った万里は、一度仮眠を取ってから部屋の掃除をしていた。
万里はどっちかと言われれば自分は綺麗好きの部類に入るだろう、と思っている。それは別に生理的な問題というより、幼いころから父子家庭だった証拠…というか習慣みたいなものに近い。とにかく何でも床に置く父親を見て育った反動か床に置いておくのは許せない…のは山々だが、最近では、忙しいのを言い訳に床に置きっぱなしになってる。とはいうのもの、やはり散らかっているのは落ち着かない。
大食いのエロ主は本当に食べるだけが能で掃除なんかしてくれるワケはなく。洗濯物を出さないだけカワイイということにしておこう。
「あー、雑誌が散らかってる」
万里は労いの言葉一つ言わないエロ主への当てつけのように大きな声でそう言うと、掃除機のホースをいったんおいて、自分の住処で寝息を立てているエロ主をチラリと見た。
ホント、都合が悪いとああやって寝たふりするんだよな…と万里は心の中で舌打ちをした。だいたい夜遅くまでテレビを観て、昼間はグーグー寝てるって、昼夜逆転の引きこもりと同じじゃないか。
床に散らばっている雑誌を拾い集めてついでに紐でくくる。床に積んでおいたはずの雑誌が散らかってるのは何も万里が散らかしたのではない。エロ主が万里がいない間に読み散らかしているのだ。
「あー、重い、雑誌って結構重いんだよね」
タダメシ食わしてるんだから手伝ってもいい、と思うんだよね。そうしたら見直してやってもいいのに。そんな万里の気持ちなんかエロ主はかすりもしないように寝たふりを決め込んでいる。
こら、今、尻尾動かしたろ?寝てないのは分かってんだからね!
なんか、もう、イチイチつっこんでるのも面倒になってきた。このまま放っておいたらまた散らかされる。とりあえず雑誌は資源ごみ置き場に置いてこよう。
そう思った万里は、束ねた雑誌に目を移した。雑誌の束は重い。軍手でも持ってこようかな、と思ったその時、ふと一番上になっていた雑誌の表紙に目が留まった。
『勝負師の下着!』
何とも恥ずかしい表題だが、夏を目の前にした女性向け雑誌の中身なんかこんなものだ。万里の脳裏にこの号の特集が甦る。そうそう、確か迫った夏に!なんて感じだったな…ん?
何か、引っかかるな……。
万里は首を傾げながら記憶を解いて行く。勝負下着… …… …。
あっ、と思わず声が上がりそうになって万里は口を塞いだ。そうだ、エロ主がヒモパンの事を話していたんだった。
ははあ……そういうことか。
万里はエロ主の住処に視線を送った。寝ているハズのエロ主は、何故か移動してキャベツの葉っぱの陰に隠れて尻尾だけ出ている格好になっている。
つまりはこうだ。エロ主はこの特集を読んだ。それで金魚と話をした。あの話の元はきっとコレ。好意的に考えればエロ主は万里と話を合わせようとしたのだ。凄まじくベクトルが間違っていたけど。
陰に隠れているのを見ると、何だかこの仮説を肯定したくなる。そりゃ出にくいよね。
あ、まてよ。万里は自分の仮説にもう一つ足したくなった。暇は妄想を誘う。
エロ主はこの雑誌を読んで勝負下着とは好きな相手を誘惑するための物だと知ったはずだ。しかし、万里はそんなもの持っていない。それを知ったエロ主はどう思ったのだろう。やっぱり?それともがっかり?昨日の口ぶりからすると、どうだったろう。ふふん、エロ主、私が気になる?
その時、万里の頭の中にグォーっと音が響いた。それはいつもエロ主が万里を起こす時に使う鐘の音みたいなヤツじゃなくて、デッカイいびきだった。寝てるんだぞーというエロ主の主張。
万里はこの反応で自分が立てた仮説が間違っていない事を確信した。
「やだなぁ、私、エロ主のことなんか何とも思ってないんだよねぇ…ごめんねぇ」
最後の言葉が出るか、出ないかの内に万里はバチィっと全身を雷に打たれたような衝撃を受けた。
もちろん、犯人はエロ主。
「勝手に決めつけて遊ぶな。寝言は寝てから申すものだ」
「何よ、それ?ホントは私の事が好きなんじゃないの?」
バチィっと再び万里の身体に電流が走る。いい加減してよね。それDVだから。
「戯言もいい加減にせよ。おぬしの子供じみた下着を哀れに思うただけよ」
かわいくねぇ、と万里は拳を握った。話を合わせてもいいと思ってんならノッてくれてもいいでしょうが。
ああー、ムカツク。やっぱりこいつとはウマが合わない!
万里は雑誌の束を掴みあげドスドスドスと大きな足音を立てて、仕上げにバンッと大きな音を立てて玄関扉を閉めると、力いっぱいエレベータのボタンを押した。
私も、私よ。どーしてエロ主のことになるとこうも神経が過敏になるんだろう。
……なんか、疲れる。
万里はエレベーターに乗り込むと大きく息を吐いて、そして肩を落とした。