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ぬしさま  作者: 里桜子
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プールへ行こう

 それから、しばらく、何も変わらない日々が続いた。

 学校に行って、バイトへ行って、帰ったとたんに子供みたいに「腹減った」と叫ぶエロ主にご飯を食べさせて。その繰り返し。

 ミツさん探しもやってるけど、全く進展がなかった。手元にあるリストは赤い斜線だらけになってきて、残るお寺の数も残り少ない。

 手立てはなく、違うアプローチは考え着かない。

 万里は自分の心に暗雲が立ち込め始めていることに気が付いていた。閉塞感というのだろうか、その黒い雲はまだ、心の隅にあるだけで大きく広がっているわけではないが。


 そんな毎日を過ごす中で、大学の図書館で由香里に話しかけられたのは、もうすぐ夏休みも終わろうとしている頃だった。

「プール?」

 話があると誘われ、人気まばらなカフェテラスで万里はあからさまに嫌な顔をした。

「この間、合コンでさ、夏も終わるし、プールで盛り上がらろうって話になってさ」

 プール…と万里は思た。プールは悪くない。このところの行き詰まり感をパッ晴らしたい気分だ。しかし、合コンメンバーで行くのは気になる。

 迷いが顔に出たのか、それとも行きたいと顔に書いてあったのか、由香里は机に身を乗り出すようにしながら積極的に話を勧め始めた。

「万里、水着買ったって言ってたじゃん?ゼミの合宿でしか着てないでしょ?」

 それは由香里の言う通りだった。万里はこの夏、水着を買った。しかも頑張ってビキニを選んだのだ。胸がなくてもイケてるデザインを見つけるのにどれだけ苦労したことか今でも苦笑してしまう。

 それなのに七月にあったゼミの合宿、それ一回しかまだ着れてなかった。

「んんー」

 迷う…万里は机に肘をつくと顎を手の甲に乗せて眉間にシワを寄せた。気持ちは由香里の意見に傾いている。でも、迷う。

 どうしようか、行きたい。プールが終わったら帰ればいい。エロ主は関係ない。ミツさん探しは急ぎたいが期限がある話でもない。

「バイトが重ならなければ…」

 それが万里の出した結論だった。

「そう言うと思って、万里に合わせることになってんの」

 何故にそんなに私を誘いたいのか。万里は不思議に思って顔を上げて由香里を見た。しかし、その疑問は口に出す必要もなく、次に続いた由香里の言葉ですぐに解消した。

「万里、最近、随分雰囲気変わってるからさ。もう遊んでも良い頃だと思うよ。」

 由香里の言うところの「遊んでも良い頃」というのは、多分、一緒に行くはずの男の子達の事だと万里は思った。由香里は彼女なりに頑なな万里を心配しくれていたのだろう。それがわかった万里は「余計なお世話」だとは言えなくなった。そして、そんな自分を知って、いま由香里が言った「雰囲気変わった」という意味を理解した。

 確かに以前なら躊躇なく「余計なお世話」だと言い放ち、話の内容が分かった段階でプールなんか断ったはずだ。

 自分が変わりつつあることに気づかされた万里は、思わず赤面して目をそらした。しかし、そんな万里を目の前の由香里はニコニコしながら見ていた。なんだか面はゆい。しかし万里は最後まで「プールに行かない」とは言わなかった。


 家に帰ってその事を言うとエロ主は眉間に皺を寄せた

「プールとは何だ」

 いちいち説明するのは面倒くさい。万里は黙ってパソコンを付けると行き先のホームページを開いて見せた。

 エロ主はオッサンみたいにホウホウ言いながら画面を食い入るように見た後で「この乳隠しを付けて行くのか?」と、タンスから出してリビングに広げてある万里の水着を見ながら聞いてきた。

 乳隠し……この間の『乳繰り合う』といい、なんか…他に言い方はないのか。万里は肩を落とした。

「誰と行くのか?」

 しかも、まるで保護者のようにエロ主は聞いて来るではないか。

「由香里と横山くんと……後は誰だろ、聞いてないな」

「明るいうちに帰るんだぞ」

 その意外な言葉に万里は瞬きをしながら水の中のトカゲのようなオオサンショウウオの姿をしたエロ主を見た。何か言いたいと思う「お父さんみたい」それとも「彼みたいなこというな」か。

 迷っていると目の前でエロ主は銀髪の人姿になると手をスッと差し伸べて私の頬を両手で包んだ。金色の瞳に私が映る。

「暗くなる前に帰らないと、私の腹が減るだろ」

 そっちなのか、と万里は思った。お父さんみたいに、恋人の様に、心配してくれたんじゃないんだ。何だか残念に思う自分に昼間の由香里の「雰囲気変わった」の言葉が響く。やめて。そうじゃないって、と慌てて打ち消す。

 何だか変な気分。心の中がこそばゆい。

 頬を掴まれているから否応なくその綺麗な金の瞳が目に入る。何度見ても飽きることがない。なんて綺麗なんだろう、と思う。

 万里がそう思っていると大きな手は万里の胴まで下がって行き、そこを引き寄せ、エロ主の大きな身体が万里の身体を包む。万里は目を閉じだ。嫌じゃない、と思う。こんな暑い日に身体を寄せているのに、暑苦しいとかじゃなくて、すごく落ち着く。小さい頃にお父さんに抱っこしてもらった時のような、ううん、違う。抱っこはこんなにときめいたりしなかった。

 ん、んん?ちょっと待て。トキメク?

 万里は自分がエロ主の身体にすっかり体重を預けていたことに気が付いて思わず身震いした。何やってんだ、と急いで身を離す。

「何だ?今まで可愛かったのに」

「何だはこっちよ、何すんのよ。このエロジジイ」

「エロジジイとはなんじゃ、ジジイは余計だ」

「じゃあ、エロいのは認めるんだな!勝手に人の身体を触るな!」

 最後通告のような万里の言葉にエロ主は口を閉ざした。やった、私の勝ちだ。万里は心の中でガッツポーズをした。

 しかし、それは一瞬の勝利だった。

「もっと素直になるがいいぞ?嫌よ、嫌よも好きなうちだな」

 なんだそれ、万里は自分の頭に血が登って行くのがわかった。いや、血じゃない。炎だ。炎がメラメラと燃える。

「うるさーい!誰がアンタなんか好きなんて思うか」

 ダメだ、このまま行くとまるっきりエロ主のペースだ。完全にからかわれている。万里は血が上った頭で立ち上がると、隣の寝室へ入ってピシャンと扉を閉めた。

 戸を閉めた途端にエロ主の大きな笑い声が聞こえてきた。

 くそ、アイツ、追い出してやる。ええと、どうやって追い出せばいいんだ?あー!もう何にも思いつかない。何であいつを追い出す手段は何一つ思いつかないんだ。ホント、むかつく。

 万里はベットに倒れ込むようにして寝転がると布団を頭から被った。

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