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ぬしさま  作者: 里桜子
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父の再婚

この夏、父が再婚した。

 継母ができたことについては、色々な意見をいう人がいるけれど、万里は良い事だと思っている。

 もう今年で二十歳になる。今更ママが必要な年ではないし、それよりも父が一人で老後を過ごすのは寂しいだろうなと思い始めていたからだ。

 天国いる母だってもう許してくれるに違いない。

 とはいうものの、万里が幸恵ゆきえさんと呼んでいる父の再婚相手である義母の実家にお盆の連休を使って万里も連れて帰省すると言った時、万里は言葉にこそ出さなかったが、内心眉をひそめた。

 そこまでする必要があるのか、と。

 けれども、その時、既に今まで幸恵さんが住んでいたマンションで一人暮らしを始めていた万里は、幸恵さんや父の機嫌を損ねることはしたくはない。

 仕方ない。ここは大人の付き合いだ。万里が快適な一人暮らしを続けるためには、ここは割り切るしかなかった。

 

 そんなわけで、夏真っ盛りの暑いこの時期に東名の静岡インターを降りて大きな川に沿うようにして車に揺られ行くこと、すでに5時間。

 これが飛行機ならそろそろ国境を越えてアメリカなりヨーロッパなりに入る時間は過ぎている。そしてその後に訪れるのは楽しいバカンスだ。

 それなのに、万里が揺られる車窓から見える風景はのどか、なんて軽い言い回しは冗談に聞こえそうなくらいの田舎で、おまけに幸恵さんの実家に続く道路は舗装さえもされていなかった。

 だめだ、乗り物は結構強いハズなんだけど、もうゲロゲロ。

 万里は口を押えた。

 失礼だと思いつつもあまりの気持ちの悪さに玄関までお出迎えしてくれたおじいさんやおばあさんの顔をまともにも見れない。頭を下げるので精いっぱいだ。

 しかし、それが返ってこのいかにも田舎の素朴そうな老夫婦にの目には、大人しい女の子だと誤解を生んだらしい。最初は万里の気の利かない態度に苦虫をつぶすような顔をしていた父も部屋に案内される頃は「いつも車酔いしてれば?」なんて小声で万里にささやく始末だった。

 あんまりだ。

 父の体調を心配するどころか、相手方に気を使うあまりの身勝手な態度に万里は頬を膨らませたが、父はそんな万里の膨らみを指でつついて笑い飛ばした。

 だいたい、サンデードライバーのお父さんの運転が下手すぎるのがいけないのに。

 万里は心の中で父に毒づいた。

 最初は気分が悪くて窓辺に大人しく座り、風に当たっていた万里だったが、時間が経つにつれ、この緩やかな時間の流れに馴れてきた。

 幸恵さんによく似た面差しの優しそうなおばあさんは、万里とは血のつながりがないというのに、若いころの幸恵さんが着ていたという紺色の地で鮮やかな朝顔の模様が書いてある浴衣を用意をしてくれていた。

 父親に育てられた万里が着物を着るのは初めてだった。

 着物とは苦しいものだと思っていた万里だったのだが、実際に着付けてもらうとさほど苦しくもなく、鏡に映った自分の姿は、浴衣のレトロな柄が窓の外に広がるどかな風景に合っていてとても素敵に見えた。

 いいじゃない、万里はとたんに上機嫌になった。

 そんな格好をして、網戸さえも開け放った解放感抜群の田舎家の縁側で蚊取り線香の匂いを嗅ぎながら星を見れば、雰囲気も出るというものだ。

 虫の音と星空を一人で楽しんでいると奥の部屋から父が「定年になったらこっちに住もうかな」なんて言う声が万里に届いてきた。人工的な雑音がないから、声が良く通るのだ。

 お父さんも意外にお調子者だな、と万里は鼻で笑った。

 父の調子のいい声を聞きながら縁側で座って一人星を見上げていると、幸恵さんが笑った口みたいなスイカを持ってきてくれた。

「万里ちゃん、スイカ食べる?」

「ありがとう」

 万里は笑みは見せたものの遠慮などせずにスイカを受け取った。

 このスイカは、昼間、おじいさんが裏山から引いている湧水で冷やしていたもののはずだった。おじいさんが冷蔵庫で冷やすより美味しいんだって、自慢していたものだ。

 だから、内心、ずっと楽しみにしていたのだ。

 スイカを見つめながら今にも涎を垂らしそうな万里を見た幸恵さんは、嬉しそうな顔で濡れ縁に腰を降ろした。

「退屈じゃない?」

「全然、天の川見たのなんて初めて。虫の声もちゃんと聞いたのも初めてかも」

 それは万里の本心だった。付いて来たのは確かに嫌々だったが、こうしていれば以外に楽しくてテレビもネットもいらない。

 貰ったスイカには一応スプーンがつけてはあった。が、万里はそんなものには目もくれずにいきなりエイッとガブ付いた。

 するとシャリッと瑞々しい音が口の中で響く。万里にとってスイカが良い音を立てるとは発見だ。

「万里ちゃん、大人しいいい子って言われたのに……そんな食べ方」

 隣で幸恵さんがクスクス笑う。

「そっか、お父さんに怒られちゃうかな『化けの皮がはがれるの早すぎ』って」

 万里が口いっぱいのスイカをモゴモゴしながらそう言うと、幸恵さんは大きな声で笑いはじめた。奥の部屋から何事かと人が覗く。

「やだ、万里ちゃんったら」

 あまりにも大きな声で幸恵さんが笑うものだから、何事かとこっちを覗き込んだ親せきの何人かと万里は目があった。父の顔は他の人の顔に隠れて見れなかったが、何故か睨んでると確信した。

 大笑いを止められない幸恵さんを毒がない人だな、と改めて万里は思う。

 父はいい人を見つけた。

 部屋の奥にいるはずのお父さんを大事にしてあげてね、と笑い転げる幸恵さんに心の中で話しかける。しばらくは新婚を邪魔しないようにそっちの家には帰らないからさ、とこっちの言葉は部屋の奥にいるはずの父に向かって心の中で話しかけたのだった。


 親戚の人を集めた宴会は結構遅くまで続いた。

 そのざっくばらんで賑やかな雰囲気に田舎といえども賑やかなものだな、と思っていた万里だったが、翌朝起きた時は、昨日の喧騒など嘘のように静かになっていた。

「おはようございます。」

 できるだけ、大人しめを装って挨拶した万里だったが、誰もいないことに拍子抜けというか、緊張の糸が切れた。

 なんだ、お父さんが広い居間のちゃぶ台で新聞を読んでいるだけじゃないか。

「みんなどうしたの?」

 机の上の漬物を手でつまんで口に放り込む万里を父が睨んだ。しかし万里も負けじと誰もいないんだし、と睨み返した。

 そんな万里を父はため息をつく。

「畑。涼しいうちに作業するんだそうだ」

 言われて時計を見れば7時半。確かに昼間よりもまだ涼しい。

「幸恵さんも?」

「そう」

 なるほど、高校から都会に出てった幸恵さんといえどもカエルの子はカエル。手伝えることがあるらしい。それに比べて生まれも育ちも街中の万里と父では、足手まといの何者でもない。

「ごはん、勝手に食べていいって」

 お言葉、というか伝言に甘えて万里は台所へ向かった。

 鍋の蓋を取ると茄子としそのお味噌汁が入っていた。出しのいい香りが鼻をくすぐる。

 万里は遠慮なくそこに置いてあったお椀一杯に味噌汁と山盛りのごはんをよそうとお盆に乗せて父の座るちゃぶ台に座った。

 すると、父は気になるのか新聞の陰からチラリと万里を見た。

「よく、食うな」

 そうかもしれない。と万里は思った。何を食べても美味しいし、何だかとてもお腹がすく。

「今日、どっか行くの?」

 噛むたびに甘さが増すご飯を味わいながら万里は再び新聞に隠れた父に尋ねた。

「あぁ、昨日、幸恵のイトコが釣りに誘ってくれたから行ってくる。お前もいくか?」

「釣りかぁ、そそらないな…」

 幸恵さんも行くんだろうし、邪魔したくないし。

 キュウリの糠漬けを噛みながら板張りの天井を眺めて暫く考える。

 そうだ、と万里は閃いた。

「ねぇ、裏に泉があるって言ってなかった?飲めるくらい綺麗な水って」

 確か、おじいさんがそこから引いた水でスイカを冷やしてるって言っていたはずだった。

「あぁ、言ってたな」

 面白いのか、と言わんばかりの興味の無さそうな声で父が答えた。

「私、そっち行ってくる。冷たそうだし。森林浴もできそうだし」

 思いついたが吉日、だ。万里はそう言って残りの味噌汁をすすると「ごちそうさま」と手を合わせて、空いたお茶碗を持って立ち上がった。

「あ、水筒持ってってくれよ」

 急ぐ万里の背中を父の声が後ろから追っかけてきた。

「なんでよ?」

「美味い水なんか滅多に飲めないからな、今日はロックでも楽しもうと思ってさ」

 あーあ、こんな自然いっぱいの場所に来たってのに、飲むことばっかりでさ、万里は少しうんざりしながら、サンダルを引っかけ泉に向かった。 

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