飛光少年A(7)
「おい、」
駅前通りを歩いていたら、急に肩を叩かれた。
「あ……」
一瞬、なんと返事をしたものかと言葉に詰まったが、なんとか答えをひねり出す。
「お久しぶりです」
佐木さんの所為だろうか、どうしてぼくの居場所を知っているんだろう?
あんなにきっぱりと会わないと言ったのに、どうして彼はここにいるのだろうか。
「教えろよ、あの日のこと、全部――! 俺のこと、覚えてるやろ?」
古松昴の兄だった。名前は忘れてしまったが、たしかに分かった。彼は以前同じ学校の、付属の高校に通っていたから何度か見かけたこともある。ゆったりとした、大学生風の私服姿も様になっていた。
「少し、落ち着いたらいかがです?」
掴みかかりこそしないが、道端で大声を張りあげる彼の剣幕は尋常でなかった。
「ええやろ、俺だって泣いたり、笑ったり、そないなことしたって。……もう嫌なんやねん! 母さんに気遣うのも、献花を見んのも、昔話をされんのも! ぜえんぶ、お前の所為なんやねんで!」
久々に聞く関西の言葉に触発される。苦手なはずの、彼の怒鳴り声ですら、不快に思わなかった。
「ぼくには関係あらへん。お宅のお母様がどうなってるとか、興味ないんよ」
そう言うと、彼はつくった拳をぷるぷると震わせた。何を思っているのか分からないが、とりあえずご要望に応えよう。あの日のことを話せばいいのだ。
「あのときは、とても不健全なことをした気分でした。なんというか、法に触れた、とかそういう次元ではないことで……もちろん背徳感みたいな要素も多少あったけど、それによって余計、興奮したというか、なんというか。古松昴は容姿端麗だったし、作品として完成されていたというか、そんな感じです。凶器を持っていたのは――誰かを殺そうと思って……あのときは金槌も持っていた」
今だって凶器はそこらじゅうにある。カッターナイフ、安全ピン、尖った鉛筆、定規、盤陀鏝、彫刻刀、コンパス、全てが武器なのだ。
「おれはたしかに昔は、短絡的で自制心のないところがあった。首を切ったら、――だってそれはずっとやってみたいことだったから、凄く興奮すると思った……性的な意味で……。切るのはわりと機械的な作業で、取り立てて感動はなかった。敢えて言うなら……腕が疲れた。なんていうか、こう、現実が混じってる感じ、背徳感と似た……だから――、だから、凄い良かった。あれ以上はない。あれはぼくの人生で至高な瞬間だった。きっとこれからも、あれ以上の興奮、感慨はない。倒錯的な、そういう……。でも別に、彼じゃなくてもよかった。理由は、怨恨とかじゃないから、人を殺したかっただけなんです」