飛光少年A(6)
「取材、ですか? なんの?」
停学がやっと明けたと思ったらこれだ。電話番号はどうして分かったのだろう? 不思議でしょうがないが、上原さんのことを考えると、世間は狭いものだと感じるので、どこかの縁で知ったのだろう。
「四年前の夏についてなんですけど……」
神経質そうな、しかし、しっかりとした男の口調。電話をすぐに切ってしまいたい衝動に駆られたが、家に押しかけられるのも嫌なので、なんとか堪える。
「古松昴について、ですか」
声が震えているのが分かった。昔のことを思い出すのは苦痛だ。
「ええ、どう思っていらっしゃいます?」
「どう思うって言われても……、同情されるから、少しだけ羨ましいです。ぼくは今、生きていて良かったと思っているけれど、彼は死んでしまったから……」
声だけでなく、受話器を持つ手まで震える。あの夏のことを思い出すのは容易だが、それを言葉にして伝えるのが怖かった。
「今度お会いできませんか?」
丁寧な口調だが、有無を言わせない雰囲気だ。
会ったほうが良いのかもしれない。嫌な記事を書かれると、迷惑するのはぼくなのだ。
「青の着色料は、ダイエットにいいらしいですよ!」
たびたび食事を作りにくるようになった上原さんは、たまに面白いものをもってくる。今日は青色の着色料のようだ。
「あ、でも木場さんには必要ないですよね」
皮肉なのだろうか、上原さんはぼくの骨ばった指から視線を逸らさない。
「コップって、あります?」
唐突にそう言い出し、ぼくを見上げる。いったい彼女は何をしたいのだろう?
「……ええ」
ぼくはそう答え、台所の棚から埃を被ったコップを取り出した。
上原さんが受け取り、水を注ぎ入れ、着色料も一緒に混ぜた。
水色が綺麗に日光に反射する。
「あの、何も変わらないってことはないです。何か変わるけど、でも元からあったものは取り出せないし、どう作用するか分からない、って思います。色は消えないけど、水を入れれば薄まりますよ。透明に、近くなる」
コップからの反射で、上原さんの横顔が青く光っていた。
このまま夏休みが終わらなければいいのに、と思った。
「今、生きていて良かったとは思ってます。ここにいて、出られて良かった。……でも、自分は自分だし、やられたほうだって悪い。それだけの責任があった。おれは悪くないですよ」
取材は小洒落た喫茶店で行われた。佐木、と名乗った記者は小柄でひ弱そうな印象だが、見た目に反して語気は強い。威圧感があり、話しづらい。
「遺族の方に会ってみませんか? 謝罪していないでしょう?」
慇懃無礼な口調で話す佐木さんに、圧倒されそうになる。
しかしここで、はいそうですか、と謝罪するわけにはいかない。ぼくには、ぼくの意見があり、思想があるのだ。
ぼくはソーダに浸かったアイスクリームを舐め、口を開いた。
「されるほうが悪いとまでは言いません。でも、されるほうにも責任がある。彼は運が悪かった。事故に遭ったようなものです」
「君がそれ言うんですか?」
ため息混じりに佐木さんはコーヒーをすする。なんだか自分を否定された気分になって、ぼくは反駁を口にした。
「反省して欲しいの? 謝ればいいの? 謝るだけなら、会ってもいい。そうしたらもう、来ないで欲しい。反省や後悔は多分しない」
佐木さんの視線が、ギロリとこちらを睨む。それに腹が立ち、ぼくはさらに言葉を続けた。
「それに、あの時間、あそこにいた彼も悪かったじゃないですか!」
思わず叫んで立ち上がってしまった。店内の視線がぼくに集まるのが分かる。
謝罪するくらいなら、おばあちゃんのお墓参りに行ったほうが有意義だ。