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飛光少年A(17)  作者: つなかん
独り虫の興奮性蛾
16/31

1995年 幼虫意(4)

 古松昴が死んでから、一ヶ月が経とうとしていた。逆に言えば、一ヶ月前の今頃は、彼はまだ生きていた。

 どうにも現実感がない。ベッドに仰向けで横たわり、熊のぬいぐるみを手に持った。天井の扉が視界に入る。その裏に存在するナイフを想像すると、わくわくと興奮が蘇った。

 またやりたい。またやろう。ほとぼりが冷めるのを待てば、きっと大丈夫だ。

 思い出すと頬が緩む。罪悪感よりも達成感に満たされ、背徳感には後悔よりも興奮を覚えた。

 犯人(ぼく)が捕まらないためか、ほとぼりはまだ冷めず、弟二人の小学校ではいまだに集団下校が続けられていた。

 そうは言っても、普段の生活は変わらない。ぼくはベッドから起き出し、制服に着替えた。




「なぁ、ビデオ返せよ」

 教室に入るなり、小泉くんがぼくにそう言った。視線をうろうろと彷徨わせている。

「ビデオ? ……あぁ、二次関数の」

 そういえば、あれは見たあと鞄の奥に入れっぱなしになっていた。あまりに印象に残らない、つまらないものだったので、返すことも忘れていた。

 鞄からビデオを取り出し、小泉くんに渡す。彼は一瞬戸惑ってから、それを受け取った。

「……爪、どした?」

 小泉くんの視線の先はぼくの爪先で、どす黒い血が固まっていた。手はよく洗ったのに、そこまで気が回らなかった自分を殴りたい。

「関係ないやろ!」

 素早く手を引っ込める。帰ったら、爪を切らないといけない。




 早く帰って爪を切らないと……。

 部活をサボり、ぼくは帰宅の電車に揺られた。地元では警察やらマスコミやらがいまだに占拠していて、ぼくの制服を見るなり話しかけてくるものもいる。

 改札を出る。外には取材のヘリコプターと音がし、うんざりした。

「雨宮一郎くん、だよね?」

 名前で声をかけられたのは始めてだったので驚いた。躊躇いながら振り返ると、案の定警察官が立っている。断定的な口振りは、どうしても傲慢な態度に思えた。

「……なんですか」

 警戒して返事をする。小さな声は、人ごみの喧騒に飲み込まれてしまったかもしれない。

「ちーとばかし聞きたいことがあってな」

 おどけた口調だが目は真剣だ。自分が疑われていることはすぐに分かった。なんとかごまかそうと、口を走らせる。

「疑っとるん? 目付きが悪いさかい。……でも関係あらへんやろ、近視なんや。今度眼鏡買いまへんといけへんけど、忙しうて……」

 そこまで話して、諦めのような疲れがでてきた。部活をサボっているから、体力は有り余っているはずなのに、奇妙な脱力感に襲われた。

「……分かりました、行きます」

 きっと警察は、すでに犯人の検討はついている。

 なんだか軽くなった気分だった。期待されない悲しみよりも、重圧から解放された清々しさのほうが勝っていた。もう二度と、名門の制服を着なくて良いというのが、何より嬉しかった。

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