1995年 幼虫意(4)
古松昴が死んでから、一ヶ月が経とうとしていた。逆に言えば、一ヶ月前の今頃は、彼はまだ生きていた。
どうにも現実感がない。ベッドに仰向けで横たわり、熊のぬいぐるみを手に持った。天井の扉が視界に入る。その裏に存在するナイフを想像すると、わくわくと興奮が蘇った。
またやりたい。またやろう。ほとぼりが冷めるのを待てば、きっと大丈夫だ。
思い出すと頬が緩む。罪悪感よりも達成感に満たされ、背徳感には後悔よりも興奮を覚えた。
犯人が捕まらないためか、ほとぼりはまだ冷めず、弟二人の小学校ではいまだに集団下校が続けられていた。
そうは言っても、普段の生活は変わらない。ぼくはベッドから起き出し、制服に着替えた。
「なぁ、ビデオ返せよ」
教室に入るなり、小泉くんがぼくにそう言った。視線をうろうろと彷徨わせている。
「ビデオ? ……あぁ、二次関数の」
そういえば、あれは見たあと鞄の奥に入れっぱなしになっていた。あまりに印象に残らない、つまらないものだったので、返すことも忘れていた。
鞄からビデオを取り出し、小泉くんに渡す。彼は一瞬戸惑ってから、それを受け取った。
「……爪、どした?」
小泉くんの視線の先はぼくの爪先で、どす黒い血が固まっていた。手はよく洗ったのに、そこまで気が回らなかった自分を殴りたい。
「関係ないやろ!」
素早く手を引っ込める。帰ったら、爪を切らないといけない。
早く帰って爪を切らないと……。
部活をサボり、ぼくは帰宅の電車に揺られた。地元では警察やらマスコミやらがいまだに占拠していて、ぼくの制服を見るなり話しかけてくるものもいる。
改札を出る。外には取材のヘリコプターと音がし、うんざりした。
「雨宮一郎くん、だよね?」
名前で声をかけられたのは始めてだったので驚いた。躊躇いながら振り返ると、案の定警察官が立っている。断定的な口振りは、どうしても傲慢な態度に思えた。
「……なんですか」
警戒して返事をする。小さな声は、人ごみの喧騒に飲み込まれてしまったかもしれない。
「ちーとばかし聞きたいことがあってな」
おどけた口調だが目は真剣だ。自分が疑われていることはすぐに分かった。なんとかごまかそうと、口を走らせる。
「疑っとるん? 目付きが悪いさかい。……でも関係あらへんやろ、近視なんや。今度眼鏡買いまへんといけへんけど、忙しうて……」
そこまで話して、諦めのような疲れがでてきた。部活をサボっているから、体力は有り余っているはずなのに、奇妙な脱力感に襲われた。
「……分かりました、行きます」
きっと警察は、すでに犯人の検討はついている。
なんだか軽くなった気分だった。期待されない悲しみよりも、重圧から解放された清々しさのほうが勝っていた。もう二度と、名門の制服を着なくて良いというのが、何より嬉しかった。




