1995年 幼虫意(1)
嘘をつくのは人殺しより悪い。――たまにしか見ない父はよくそう言っていた。
せっかく土曜日が休みになったのに、私立中学だとそうもいかない。私立なんて受けるんじゃなかった。公立へ行けば、忌々しいネクタイもないし、何より今は全く使わない鶴亀算やら、しょっぱい塩水飲んじゃったの計算をする必要などなかったのだ。
中学生になったぼくは、酒や煙草を覚え、その快楽や、元来の趣味に没頭していった。
大人たちは見て見ぬ振りで、年下には恐れられている、中学生の孤独や、制服姿の義務教育の辛さ。優秀な成績でもないのに、検診で訪れた歯医者の歯科医に、「頭良いんだね」などと言われた虚しさを紛らわせていた。この服の所為で、自分が近寄りがたい存在になっている気さえした。武装のような、鎖のような、そんな効果があった。
酒は百薬の長というのは本当だ。べろべろに酔っ払うとそんな悩み事もどうでもよくなる。
タバコは身体に悪いというけれど、ぼくはまるで他人事のように聞き流していた。それというのも、既にぼくの身体は猛毒に侵されているからだ。脳ミソは半分溶け、血液はどす黒く変色し、内臓はきっと腐りかけている。そう考えないと、とても辻褄が合わない。
中学に上がってから、ぼくの行動は拍車をかけていった。自由時間が増え、夜中に家を抜け出すこともしばしばあった。そんなときはいつだって、万引きをしたナイフやら八角玄能やらで小動物を壊していった。たいていは戦利品を持ち帰り、種類ごとにビンに詰めて飾る。完全に趣味として楽しんでいたのだ。
「さてと、」
ビールの缶を置き、マルボロを机の奥に仕舞う。ぬいぐるみで囲まれたベッドからそっと立ち上がり、私服の上にパーカーを羽織った。
天井裏に隠してあるリュックサックを担ぎ、ぼくは音をたてずに家をあとにした。
この辺りは野良猫が多いので、少しくらいいなくなっても誰も気付かない。
夜の空気を思い切り吸い込んで、鳴き声を頼りに歩を進めると、案の定猫の溜まり場を発見することかできた。
背後からゆっくりと近寄り、一匹の三毛猫の首を掴む。
ふと周りを見渡すと、それまでたくさんいた猫たちが、姿を消していた。おおかた、危険を察知して、身を隠したのだろう。
危険を察知したのは、ぼくの捕まえた三毛猫も例外ではなく、じたばたとぼくの手の中で暴れている。
ぼくはそんなことはお構い無しに、掴んだ首の辺りを締め上げた。抵抗が強く、手足や尻尾を振り回すので、思い切り両手に力をこめる。
だらりと力が抜けると、それはもう既にソレとなり、ぼくはその物体の毛並みを整えた。
ふさふさした撫で心地には、まだ体温が残っていて、それでいて、もう動きがない。その不自然さにため息をついて、ぼくはリュックサックからナイフを取り出した。
綺麗に整えた毛並みにナイフを入れる。垂直に、逆手に思い切り力をこめて突き刺した。どろりと黒い液体が流れたが、そんなものに興味を持つのは小学生までだ。
ぼくはさらにナイフで傷口を広げ、ソレを蹂躙する。胃だか十二指腸だかわけの分からない臓器が顔を出してやっと、ぼくはホッとする。
開いたままの瞳は綺麗にぼくの顔を反射し、丁寧にそれをえぐり取る。この動作は慣れたもので、あまり意味のないことだ。ただ、持ち帰る戦利品として都合が良い。
夜の風が吹いた。春だというのに冷たく、強い風。心地よいそれは、ぼくをひどく安心させた。




