1994年 卵対峙(2)
十三日の金曜日は縁起が悪いという。
そんな五月十三日の金曜日、ぼくはいつものように自販機でマルボロを買って、財布にお金が入っているのを確認した。
普段よりもイラついていた。ちょっと忘れ物をしたり、授業中話しをしているというだけで注意を受ける。クラスメイトの一部では、苗字を文字った“ダメ宮”というあだ名まで誕生していた。
近くの文具店に入り、店内を物色する。防犯カメラの位置が丸見えじゃないか。これでは、万引きしてくださいと言っているようなものだ。
素早く手近にあったカッターナイフを掴み、鞄にねじ込む。
そして、何事もなかったような素振りで、店内を歩いた。
「あ、すいません」
店員とぶつかる。この人は気付いているのだろうか? いやいや気付いていたらこんな態度は取りっこない。
蛍光ペンの棚の横に目をやると、熊のぬいぐるみが視界に入った。さすがに何も買わずに店を出るのは怪しまれる。これは、部屋に置くことにしよう。ぼくはぬいぐるみを持つと、堂々とレジに向かった。
会計は粛々と行われ、いよいよ店を出る段になった。ぼくはこのときが、一番緊張すると思っていた。
もっとドキドキしたり、驚いたり焦ったり、冷や汗が止まらなかったりするんだと思ったのに、意外と平常心で、すんなりと済ますことができた。
万引きなんてこんなものだ。
殺そうと思った。
万引きしたカッターは使う気になれず、普段筆箱に入っているものを取り出した。
放課後は雨が降っていたので、傘をさして混雑した玄関を出た。花壇には躑躅が咲いていて、春を感じる。
どこからか、猫の鳴き声がして、ぼくはそちらへ歩を進めた。
裏庭のほうへ出ると、躑躅の中、子猫が鳴いていた。近くには弓槻さんが立っていて、よく見ると、給食のパンを持っていた。
ぼくは大体の事情を把握し、しばらくの間、物影に隠れることにした。
「……ほなね、」
名残惜しそうにすらりとした手を振る弓槻さん。その光景は儚げで、微笑ましくもあった。
――あれにしよう。
大事にしているものほど、壊したくなるものだ。
ぼくは弓槻さんが姿を消すのを待ち、パンを貪る子猫に近づいた。
雨で洋服が濡れるのもお構いなしに傘を閉じ、その先端をそれに向ける。
目を大きく見開いて歯を食いしばった。これが壊れる瞬間をしっかりと覚えてようと思った。
流れる鮮血や、かき回すをあふれ出る内臓――全てがぼくを興奮させた。




