第一部:変化と夏―3
テストだなんて、言わなければ良かった。沙和が通う塾では周一回テストが行われる。そのテストで最下位になると親と先生とで三者面談を行うのだ。
沙和はいつも下から二番目。
出来ないわけではない。
やりたくないのだ。
塾にはクーラーもあり、飲食もできる。そんな夢のような場所で何の不満があるのか。
沙和は塾のひんやりとして無機質な机が嫌いだった。
家と似ているから。
家に帰っても誰も居ない、広く冷たいマンションで一人母を待っていたのだ。
そのことが影響したのか、父と出会ってからはほとんど一日中と言っていい程父の経営している民宿に入り浸っていた。
出会った父は小柄だがいつも笑顔で大きな人だった。母が事業を立ち上げたときも援助をしてくれたのは父だった。
今思えば母に言っても来ない授業参観にいつも来ていた。その時は誰かのお父さんだと思っていたが今にして思えば沙和をみていたのだろう。
沙和を見る眼差しは兄とそっくりだった。
初めて兄に出会った時に思ったのが父に似ているという恋を微塵も感じさせない思いだった。
「沙和!お前宿題終わらせた?」
ハスキーな声が沙和の後ろに降り掛かる。
振り向くと良く日に焼けた浅黒い肌が目にとまる。
同じ塾に通う薫。女の子のような名前は亡くなった母の名前をとったらしい。
沙和とは幼稚園からの付き合いで、おとなしい沙和とは反対に活発な性格だった。
「薫ちゃん」
「ちゃん付けすんなって言っただろ」
少し不貞腐れたように言う。
「ところで宿題は?」
待っていましたとばかりに片手を差出しながら薫が言う。
いつものことだ。
観念したかの様に苦笑いしながら下げていたトートバックの中から宿題を取り出す。
「いつもサンキュな。そういや沙和の父ちゃんのとこにお客さん来てたぞ。なんかやけに仲良さそうだったけど知り合い?」
「どんな感じの人?」
思わず足を止めた。