第一部:変化と夏
禁忌を犯しているわけじゃない
唯、愛してはいけない人を
愛してしまっただけ。
唯、それだけのこと。
そうだよね?
お兄ちゃん―――
いつからだったんだろう
この気持ちは
焦がれるほど熱く
凍てつくように冷め切った
私の初恋。
『沙和』
私の名を呼ぶ低い声
短く刈り込んだ色素の少し薄い髪
見上げなければ顔も見られないほど高い背
私の名を呼び、頭をなでる大きな手
すべてを手に入れたかった。
手に入れるためならどんな犠牲だって払えた。
私の総てを賭けた恋だった。
夏―
蝉の声が耳に張りついて離れない程の暑さだった。
沙和は東京の郊外にある自分の家へと向かっていた。
家とは言っても郊外には珍しく、マンションに住んでいる。
実家はマンションが在る場所より少し奥にある小さな民宿だ。
父があとを継いだ民宿は今にも外れそうな床板で、そんな暮らしが嫌になった母は一人で事業を立ち上げ、一躍沙和たちが住む田舎の有名人になった。
父はというと小さいころから馴れ親しんだ家、兼民宿を離れるのが嫌らしく数人の従業員と共に住み込んで生活している。
沙和は昼は民宿、夜はマンションという結構奇妙な生活をしていた。
それというのも父が居たというのを知ったのは最近で、兄が居ると知ったのはつい昨日のことだった。
「沙和、そういえばアンタお兄ちゃんには会った?」
「お兄ちゃん?」
「あら?言ってなかった?今年から大学生になるお兄ちゃん居るのよ」
キャリアウーマンらしく長い髪を頭の後ろで綺麗に結いあげながら沙和の母親、里美は言った。