最強最悪の二人、異世界召喚される
「……朝練が、ヤバい」
ガラガラと教室のドアを開けた少女に、とある少女が手を振った。
「お疲れー」
まぁ、よくある流れだな。中学でも見た光景だ。この教室にも起きるようになったんだなと、欠伸を噛み殺す。
「ほんとヤバいんだって!」
「知ってる知ってる。だって朝練だもん。校舎を二週してからの、素振りでしょ? 剣道部も大変だねぇ」
「私、思ったんだけどさ。先生の車壊したら、朝練が消えると思うんだわ」
「お前の発想がヤバいわ」
……なぜ、車? 心の中で首を傾げた私に、誰かが視線を向けてきた。隣で本を読んでるあいつだ。
「これ、読んでみますか? 面白かったですよ」
「……犯人は?」
「それを知ったら、読まないでしょ」
隣の席に座る、日向桔梗の顔に笑みが浮かんだ。私と同じ男として生まれた彼は、私の目にも美しく映る。
少女漫画に出てくる王子や騎士、魔術師も、これの顔面には勝てないだろうな。
「ああ、そうだ。夏休みはどうしますか?」
「……お前までそれを言うのか」
七月に入ってから、どの教室の生徒もそれしか言わないほどにうるさくなった。私語が禁止されてる図書室でもだ。
「ふふ、私も浮かれてしまってるのですよ。だって、二人っきりですよ?」
「家でも二人だろ」
「下に親がいるじゃないですか」
日向がそう言った瞬間、前後の席に座る男子の口から「おえっ」という雑音が落ちた。朝練のことで騒いでる剣道部と、それを聞いてる帰宅部たちには聞こえてなかったようだ。
「ねぇ、椿。私と――遊んで?」
「…………」
無駄に色気がこもってる。こいつがこんなんだから、付き合ってるという噂が出るんだ。
「自殺と殺人考察を、遊びというな。変態殺人鬼」
「なっ、なんてことを言うのですか! 私はただの、推理小説のファンです!」
「なら、どの作品が好きなんだ?」
「…………まぁ、変なところがあるのは承知しています。ですがそれなら、復讐鬼にしてくださいよ。そっちの方がかっこいい」
言葉に詰まった日向に、呆れた表情を向ける。開き直って笑うこれは、ただ本が好きなだけで、作品そのものに執着しない。
明日になれば、今読んでる本のタイトルさえ言えなくなるだろう。
そんな男だから、居心地がいいのか?
あと少しで鐘が鳴る時間になる。
最初の授業は……と思った私の足元で、あまりにも濃度が高い魔力が発生した。吐き気を起こすほどのそれは、陽炎のように場を歪め、なにかをしようとしていた。
「椿」
めまいを起こした私を、日向が抱きとめる。他の生徒たちも魔力に酔ったのか、立ち上がれずにいる姿が視界に入る。
「転移、魔法か?」
だがそれは、魔力がある世界にしか存在しない。嫌な予感がした私は、日向を見上げた。視線だけで分かったのか、私を抱き上げた男は、開いていた窓から空へと飛び出た。
そして、世界が変わった。
「……五体満足ですか?」
「ああ。助かった」
空へと出てすぐに、自身の体を下にした日向も怪我はないようだ。地面に寝転がって、にこにこしていた。
「……人の気配はない。どうやら、召喚陣からだいぶ離れたところに落ちたみたいだ」
「ふふ。なんだか、人を守ったような言葉ですね」
「見世物になるよりはマシだろ」
小説で読んだ、異世界召喚。前世で見た、聖女召喚。
ああいう、気色悪いものは。目立ちたい阿呆共にやらせておけばいいんだ。
「椿、下りてほしいんですけど」
「……私も、そうしたいんだがな。今動いたら、朝飯が」
「そうですか。あなたがそうなるということは、召喚された彼らも中毒症状を起こしていそうですね」
自分よりも筋肉が付いてる男の上に、寝転ぶ。その見苦しさを想像しただけで、余計に吐き気が込み上がってきた。
……顔は、いいんだがな。
けれどやはり、野郎なんかよりも女性がいい。だが、命を預けるなら。それはこいつにしかできない。
「どうしました? 可愛い顔になってますよ」
「……私を女だと思ったなら殺す」
「思うわけないでしょ。私が女性だと認識してるのは母親と、どこかの世界にいる友だけですよ」
それ以外は等しく、あれなのだろうな。笑顔の裏にあるものを読み取った私は、日向の上から退いた。
「……うっ」
「大丈夫、ではないですね。さっきよりも酷くなってます」
「吸い込みすぎたんだろうな」
耐性がない体に、あれだけの濃度を浴びせたんだ。召喚に巻き込まれなかった生徒も、おそらく何人かは死んでる。
「……召喚陣にも、死体が出てると思うか?」
「さて、どうでしょうね。感触からして実力はあると思いますよ。ですがこういうのは、下準備が重要になる。少しでも線がズレていたら、贄が足りていなかったら、呪詛が混じっていたら、すべてが狂います」
そう言った日向を見つめながら、思う。呪詛はなかったな、と。
起き上がれるほどには回復したみたいなので、日向の横に座る。森の中は、生き物の気配もなかった。
「それで、どうします? 同じ高校の生徒を探しに行くんですか?」
「そんなことしたら、わざわざ落ちた意味がないだろ」
聖女召喚と同じなら、呼び出した側は王族。すでに縁は切れているとしても、前世での恨みは消えない。
王族というだけで、私は殺したくなる。
「なら、このまま冒険者になって、生きていく地盤を整えますか?」
「……お前は、どうしたい?」
「椿がいるなら、どっちでもいいですよ。この星には兄の気配がない。なのであなたを、大切な人です、と紹介することもできません。なのでまぁ、いつも通りがいいです。あなたと楽しく過ごす。これが一番大事です」
「大事なのか」
「ええ。母からも言われていますからね。友達は大事にしなさい、と」
「……ここは、日本じゃない」
「そうですね。ここはもう、私たちの故郷じゃない」
「…………誓い、破ることになるぞ」
「いいですよ。だって、そうしなきゃ生きれないでしょ? 前世の時みたいに」
躊躇ってるようには見えなかった。お互いのことを知り、誓ったあの日のように。日向桔梗は笑っていた。
「……ほんと、いい親だったよな」
「ええ。絶対に迷惑はかけられないと思っています」
目を閉じると、自分の親の顔が思い浮かんだ。たぶんあいつも、そうなんだろうな。
誓いを守る必要がなくなって、守っていたら生きていけなくなった。それがどういう意味を持つのかを知ってるのは、私たちだけ。
「世界のために死ぬつもりは?」
「当然、ありませんよ」
「なら決まりだな」
私たちは、私たちのやり方でこの異世界を生きていく。
「名前はどうする? 偽名にするか?」
「……では、私はジャック・ザ・リッパーにしましょうかね。一応、前世の通り名が死の霧なので」
「ふーん。亡霊伯爵の私は、どうしようかな」
「ジャンヌ・ダルク」
「おい、女の名前は止めろ」
「ふふ。なら、モンテ・クリスト? エドモン・ダンテス?」
「復讐鬼はお前だろ。私はただの殺人鬼だ」
「なら、私がエドモン・ダンテスと名乗りましょう。あなたは、どうします? 私のおすすめはジャンヌです」
「……一応、聞いてやる。なぜだ?」
「亡霊を操る聖女というのが、面白そうなので」
自分の顔から、表情が抜け落ちたのが分かった。隣を歩いていた日向の腹に、全力の拳を叩き込んだ。
「……あった」
ようやく見つけたものを拾う。草の間に落ちていたそれは、なぜか濡れていた。
「雨でも降ってたんですかね?」
「普通に、朝露だと思う。木が邪魔で光が入らないからな」
とある人物たちとの交渉で手に入れた、この世界の服を纏った日向の横。先に消えていった仲間たちの代わりに見ていた幽霊が、泣きそうな顔でその姿を消した。
……最後まで見ていけ。ここで私たちが止めたらどうするつもりだ。
「椿? なにかありました?」
「あの馬鹿、受け渡しが完了する前に消えたぞ」
誰のことかは言ってないが、それでも日向には分かったようだ。あらら、と苦笑を浮かべる。
「それだけ信頼されてるということでしょ、亡霊伯爵様」
「……さっさと行こう」
重いため息をついた私に、あいつはまだ笑みを向けていた。この状況を楽しんでいるのだろう。
同じ小学校に入ってから、お互いに前世のことを話したが……。
「その、伯爵ってやつ。二度と言うなとは言わないが、誰にも聞かせるなよ」
「もちろん」
……胡散臭い。
今にも裏切られそうだ。
だけどまぁ、こいつはそれでいい。
「次だ。あいつらの身分証は全部集めた。このままラトーに向かって、冒険者ギルドに提出する。それでいいな?」
「ええ、そういう約束なので。そのあとのことを、決めたいのですね?」
「冒険者になるのもいいが、私たちを召喚したやつらのことを知りたい。ラトーの規模によっては、裏を掌握したいと思ってる」
「なら、偽名が必要ですね。ジャン――ぐっ」
最後までしゃべらせなかった。身長差のおかげで楽に叩けるな。これからも腹を狙うか。
壁に囲まれた街、ラトー。そこに入るための通行料は、依頼人からもらったものを使った。依頼人だった幽霊は消えてしまったが、服や金、武器などは、これからも大切に使わせてもらうつもりだ。
「……文字も読めそうですね。そういう加護をもらいましたかね?」
「小説の設定っぽいな」
店の看板。そこに書かれているものから、視線を外す。冒険者ギルドは、噴水の前だと幽霊が言っていたが……どの建物だ?
「ジャンヌ」
「……おい」
ぐっと眉が寄る。腹を殴ってやろうかと思ったが、ここは人目が多い。
「たぶんあそこです」
ジャンヌ呼びを一ミリも諦めようとしない日向が、とある建物の方へと歩いていく。……あとで、殴る。
「人が少ないですね」
「……午後を過ぎるとこうなんだろ」
時計を見つけた。針は、日本と同じなら二時を示してる。白いフードを深く被って、受付嬢のところに向かった。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「……森の奥で、報われないものたちを見つけた。これが、そのものたちの身分証だ」
「確認させてもらってもいいですか?」
女性の表情が引き締まる。懐に入れていた四つの銀色を、彼女に手渡した。
「アエリス、ロカ、ハーニャ、エリオット……。半年前に消息を絶った冒険者たちです。彼らがいる場所を教えてもらっていいですか?」
「……すまない。あの時は道に迷っていてな。闇雲に歩いていた時に見つけたんだ。どこと言われても、答えられない」
「目印になりそうなものも……そういえば、塔がありましたね」
「塔?」
そんなものあったか?
「日陰で見にくかったですけど、私の腰くらいの高さで、石が積み上げられていました」
「エドュラの道標ですね。かなり古い道で、もう誰も使っていないところです。お知らせいただき、誠にありがとうございました」
丁寧に頭を下げた受付嬢が、カウンターから離れる。遺体の回収に必要な手続きをするのだろう。
私たちの用も終わったことだし、あとは宿を探すか。
幽霊――アエリスから聞いた宿屋は、運がいいのか一部屋空いていた。
どこにも泊まれないよりはいい。
そう思うことにしてるのだが、視界にベッドが入る度に顔をしかめてしまう。
「そんなに嫌なら、私が床で寝ますよ?」
「……それだとお前が休めないだろ。体を痛めるだけだ」
異世界。それも、前世ではない場所。なにが起きるか分からないのに、理不尽を押し付けるわけにはいかないだろ。
「そんなことより、どうする? 乗っ取るか?」
「……そうですね。今の私たちは右も左も分からない状態ですし、それなりの組織がほしいですね」
「一般人、二。冒険者三、受付嬢」
「? なぜ受付嬢を?」
「あの女性の横にいたやつ、覚えてるか?」
「ええ。金髪の人でしょ? 髪色に負けないくらい、がめつそうでした」
「それだけか?」
「二人、殺してますね」
そう。あの女の後ろには、凝り固まった怨念があった。魂はすでにこの世から消えているが、殺されたことへの恨みがそのまま残ってる。
「こちらの魔力生成は順調だ。形なき形さえあれば、今すぐにでもできる」
「……なら、一、三の二、その人にしましょう。生き残りを作って、レイスが暴れているのだと思ってもらった方が動きやすくなります」
「分かった。お前の上に霊体を纏わせるがいいか?」
「時間になったら、お願いします」
二階の窓から街を見下ろす。日当たりが悪く、狭いこの部屋にはすでに結界を敷いてある。
外から聞き耳を立てていても、私たちの声が聞こえることはない。
「エドモン」
「はい?」
「最初の犠牲者はあの男だ。受付嬢に依頼されたやつだと思う」
私たちに頭を下げたあの女性は、優しそうなお婆さんに守られていたが……あれは駄目だな。神にも見捨てられている。
木々の葉色と、昼間の温かさで春だと思っていたが、まるで秋みたいに寒いな。
欠けた月が浮かんでる夜空の下に、日向の姿はない。
けれど、今日で終わる命が歩いていた。
なにかの仕事の途中なのか、念入りに周囲を警戒してるようだった。敵が普通の人間だったなら、おそらくそれで対応できたのだろう。
だが、彼の敵は亡霊伯爵。
今回は実行役ではないが、私が作り出す膜は、精巧に作られた魔道具でも映すことができなかった。
現実を遮断する死者の念。それに守られ、静かに近寄っていく復讐鬼の刃が、ザクりと獲物の喉に刺さった。
……発見された死体は、おそらく教会の人間が調べる。ゲームみたいな鑑定をされても、今の日向は亡霊だ。確実に、レイスがやったと表示される。
誰も、私たちに辿り着けない。
「…………」
「お疲れ。しゃべっても大丈夫だぞ。今は、私にしか聞こえない」
「そうでしたか。あなたの魔法はすごいですね」
「お前の技術も、すごかった。あれ、気配を完全に消してただろ。亡霊を纏ってなかったら、私も分からなかった」
やるべきことを終えた翌日。後ろから伸びてる手が、寝起きの視界に入った。そういえば、同じベッドで寝たんだったな。
「硬そう」
日向の手のひらを、ぼんやりと眺める。私もナイフを使うが、ここまでゴツゴツはしてない。昨日のことを考えると、自衛手段として日々鍛錬してたのかもな。
「……私は起きるぞ」
「そうですね。朝食を取らなくては」
やっぱり起きてたか。
宿の一階、受付横の部屋。そこが客のための食堂になっていて、朝から多くの人間が座っていた。
見た目からして、ほぼ全員、冒険者だな。
「……いただきます」
受け取った料理を席へと運び、小声で呟く。母親の教えだ。異世界であろうと守る。手を合わせられないのが、心苦しいな。
お前たちの生きた時間は無駄にしない。
裏の人間は、自身の庭を荒らされることを嫌う。たとえ相手がレイスであっても、前世では排除しようとしていた。
立て続けに殺していけば、必ず監視の目が強まる。
刺客と呼び出し、どっちを選ぶだろうな?
「楽しそうな顔をしてますね、ジャンヌ。今日の予定のことですか?」
正面に座ってた日向の足を蹴る。
「いて。名前を呼ぶくらい、許してくださいよ」
「……うるさい」
嫌だと言ってるのに聞かないやつが、なにを言ってるんだ。逃げ道を潰されたことに苛つくいたが、前世の名も、あまり好きじゃない。
どちらがマシかを考えるなら、ジャンヌなんだよな。
「……ずいぶんとまぁ、いいところだな」
日向の護衛ごっこに付き合いつつ、街を一周した。門をくぐった時から思っていたが、ここはそういうものを嫌ってるみたいだ。
「ジャンヌ」
こちらへと歩いてきた日向から、銀色のコップを受け取る。夕日色の液体が、中で揺れた。
匂いからして、オレンジジュースか?
「今日はたくさん歩きましたね」
「軽くだがな」
椅子に座ってる私の前に立つ日向と一緒に、川を見る。冒険者ギルドのところから、十五分ほど歩いた先に、これがあった。
「……美しいですね。温かな色が反射して、白い橋をよりきれいに見せている」
「明日は、墓地を確認する」
「そうですか。夜でも私は大丈夫ですよ?」
「知ってる。お前は強いからな。だが、死体が見つかったんだろ? 騎士の邪魔をしなければいけないほど、緊急性があるものじゃない。邪気を見るのは明日でいい」
幽霊たちの会話を聞きながらの散策に、一日のほとんどを使った。あとは、夜の仕事で終わりだ。
「あ、あの、待って……!」
「ユチ、遅い」
ふと目を向けた先で、同い年くらいの少女が転びそうになっていた。
「……荷物のほとんどを、あのような少女に持たせているのですか」
「ずいぶんとまぁ、非力な男なのだな」
少女二、男一で行動してる冒険者たちの耳に、今の言葉が入ったようだ。男がものすごい勢いでこちらを見た。
だがすぐに、青ざめてしまった。
「どうしたの? って、し、神官様?」
「貴族かも。さっさと行こう」
「ぁ、待って……!」
逃げるように背を向けたそいつらを、ユチと呼ばれていた少女が追いかける。歩き方が危なっかしいが、手を出す理由がない。
……生き残りは、あの少女にするか。
「エドモン。今の私は、神官に見えるか?」
「ふふ、ジャンヌの雰囲気は、とても神秘的ですからね」
遠回しにそうだと言われたから、顔を隠してる白色のフードを摘む。
「そういえば、このコップはどうするんだ?」
「飲み終わったら、返却です」
『エドュラの道標? ……そんなもん、あったか?』
『いや、聞いたことねぇな。これでも百年はここにいるが……最近のもんじゃねぇんだよな?』
『……かなり古い道ってことは、神官様たちの祈りの場に続く……いや、違ぇな。あれも森ん中だが、北門の方だ。東じゃねぇ』
『あっ、あれじゃねぇか? ほら、裏稼業のやつらが使ってた――』
朝になったのだろう。瞼に当たってる陽光を嫌うように、寝返りを打つ。
自分の近くに、いい匂いがするものがあったから。その温かい枕に、顔を擦り付けた。ふふっ、と笑う声が聞こえて――全身に力が入った。
「おはようございます、椿」
まさかと思って目を開けた私は、日向の胸から離れた。
「…………悪かった」
「おや、こちらは気にしてませんよ? あなたであれば大歓迎です」
にこにこしてるそれに、重いため息を吐く。そして、自分たちの周りに意識を向けた。
「……まぁ、そうなるだろうな」
「あなたの結界で、こちらの音はすべて遮断されています。中も見えてないので、計画の確認をしましょう」
ベッドから起き上がった日向が、深夜に作った軽食を差し出してきた。なのでそれを受け取って、ベッドの外へと足を出す。
こちらが座ったのを見てから、私の横へと腰を下ろした。
「まずは、昨日の夜のことを話しましょうか。全部見ていましたか?」
「ああ。なんの不具合もなかった」
自分の体から抜け出していても、日向と話していた彼らの声を聞けた。
昨日の夜、私たちは少し複雑なことをした。初めての別行動だ。ユチという少女と一緒に行動している冒険者たちを私が殺して、宿から飛び出す役を日向に任せた。
「宿の方は?」
「ふふ、ちゃんとやりましたよ。私がドタバタしてることに、宿の主人が驚いてましたね。ジャンヌを見てませんか? って聞いたら、可哀想なくらい白くなってしまった」
「……まぁ、貴族だと思い込んでるなら、そうなるな」
「噂は十分すぎるほどに広まってると思いますよ。私があなたの体を抱えて、冒険者ギルドから戻る姿も見られていますからね」
冒険者を殺したあと、私は霊体になるため、夜の墓場に入った。その姿を見てるものは、残念ながらいなかった。
……幽霊たちは、面白がってたな。
質が悪いやつを殺したら、一目散に逃げて行ったが。
墓地の中心に置かれていた石像。
そこにもたれていた私の体を回収した日向は、とても怒ってる様子を演じていた。冒険者ギルドに入ってからもそれは続いていて、殺人事件でうるさくなってた空間が、一瞬で凍り付いた。
「ねぇ、あなた。私は今、ものすごく不機嫌なのです」
サンドイッチを食べ終えてから、記憶に残ってた言葉を日向に言ってみた。手拭きを渡そうとしていた彼は、面白そうに笑ってる。
「それ、昨日の私のセリフですよね?」
「金髪の受付嬢、ギルド長、ユチと他の冒険者の反応からして、この世界のレイスも正しく恐れられている。私を召喚した王族は、本当に愚かだ」
「まだ、誰が呼んだのかは分かりませんけどね」
「……日向は、冒険者になりたいか?」
この世界に来た時の会話を、思い出す。まだ決まってないこれからの目的は、どうするべきだろうか。
日本に帰る。
それは、おそらく不可能に近い。
ゲームみたいに魔物を狩りながら生活するのなら、私たちを知ってるクラスメイトたちから離れるべきだ。
会えば必ず、厄介事に巻き込まれる。
「おい」
ベッドに置いていた手を、握られた。だから不機嫌そうな声を出す。
日向は、まったく気にしてないようだった。
「前にも言いましたけど、椿と一緒ならなんでもいいんですよ。このまま街の人たちを皆殺しにして、王族も暗殺して、ドキドキハラハラの逃亡生活も楽しそうだと思ってます。でも、そういう殺人鬼は駄目だなって、心のどこかで止められてしまう。……母さんは、喜びませんよね」
「……泣くだろうな」
私と日向の母親は、そういう人だった。眩しく感じてしまうほどに人としての正しさを体現していて。たくさんの愛を、注いでくれた。
「たぶんもう、泣いてる。私たちが帰ってこないことに。なのに、もっと悲しませるようなことは……正直、できない」
「なので私たちが殺せるのは、罪人と、人じゃなくなったクソ野郎だけなんですよ」
日向が包み込んだ手を、見下ろす。とても、あたたかい。同じ人殺しとは思えないほどに。
「正義の味方はできませんけど、悪の敵とか、亡霊を救済するとか。そういう道もありますよ。助けた亡霊から隠し財産をもらって、土地を買うことができたら、自分好みの家を作れると思います」
「……作るのか。家を」
「ええ。ゲームみたいな庭も作って、楽しい日々を過ごしてみませんか? 私たちの拠点となる場所ですから、街の中ではなく、景色が美しい山とかに作るのもありですね」
いろいろと想像してるらしい日向の横顔を、じっと見つめる。
確かに、そっちの方がいいな。
伝説の剣に選ばれた勇者のように、広大な世界を旅して、気に入ったところに家を建てる。日向が一緒にいてくれるのなら、私はその未来がほしい。
「……探しに、行かなきゃだな。私たちの、生きていく場所を」
「ええ、絶対に見つけましょう!」
やりたいことができた。
あとは、それに向かって進むだけ。
「大きな図書室も作りたいですね。いっそのこと、図書館にしますか?」
「……その話は、今夜が終わってからだ。私たちはまだ、情報を集めてくる駒を手に入れてない」
誰が、なんのために異世界の人間を呼んだのか。それさえ分かってしまえば、関わらないように立ち回ることができる。
どうも私たちは、この世界の天敵みたいだからな。
陽の世界は、生きてる者たちの世界。なのでそこに、亡霊が現れるという間違いは決して起きない。けれど夕方を迎え、冷たい夜に溶け込んだ世界は、生きてる者たちを歓迎しない。
『違う! 私は、殺してない!!』
『……そうですか。なら、明後日も会えそうですね。レイスが動けるのは、おそらく一夜に一度だけ。運良く逃げ切れた女性がいる冒険者ギルドに入ってこないのも、まだそれだけの力しかないからなのでしょう。ですがきっと、レイスは見つけていますよ。自分を殺した、もしくは殺しを依頼した憎き人間を』
『ち、違うって、言ってるでしょ? 全部あなたの、勘違いなのよ……』
『ええ。あなたの言葉を信じましょう。きっと明日の夜も乗り越えられますよ。私は、無防備になった主を守らなくてはいけないので。明日もきっと、誰かが死ぬのでしょうね。悲しいことです』
レイスに見つかっている。日向にそう言われた女は、化粧が無意味になるほどに顔色を悪くした。
私のちょっとした悪戯心で倒した花瓶にも怯えて、泣き出していたが。まったく、可哀想だとは思わない。本当の被害者は、彼女に未来を奪われた幽霊だ。
私との話し合いで消えてしまった彼らのためにも、あれは必ず殺す。この世から消し去る。
私たちを監視していた裏の人間は、使い道があるから殺す。決して逃がさない。
「……これで最後かな?」
左手で握ったナイフを横へと動かす。喉が裂けて、人間の体が崩れ落ちた。ボコボコと音を鳴らすそれを放置していると、日向が戻ってきた。
……無駄に、にこにこしてるな、あいつ。
「やはりジャンヌが見えてるのはいいですね。私のためにも、霊体になるのは極力避けてくださいね」
「状況による」
監視の目がなくなったことを確認して、冒険者ギルドに向かう。あそこにはもう結界を張ってあるから、中に残ってる人間は外に出られない。
「そういえば、中に冒険者がいた場合はどうするのです?」
「皆殺しにする」
「そうですか。了解です」
私たちの仕事は、外に知られていいものじゃない。目撃者も、標的も、死者になってもらう。
見えてきた冒険者ギルドの前には人だかりができていた。そこには包帯を巻かれたユチもいて、不安そうな顔で開かない出入口を見ていた。
「どうします? これでは入れませんよ」
「普通は無理だろうな」
私たちを覆ってる膜を、魔力で強化する。口で言うより見た方が早いから、壁に付けた手をそのまますり抜けさせた。
「おお、まるで幽霊みたいです」
「短い体験を楽しんでくれ」
すぐに仕事になってしまうからな。
建物の中は、外とは違う異様さに満ちていた。冒険者たちの騒がしい声は内側に届かず、取り残されていただろう冒険者たちは、すでに殺されていた。
「……報告を」
「まだ、レイスの反応はありませ――出ました!」
女性の声が響く。私たちに、とあることを教えてしまったあの受付嬢だ。手に持ってる黒い魔道具を、こちらに向けていた。
「レイス用の魔道具ですかね?」
「へぇ、私の前世よりも進んでるのか。……今はいいけど、あとで邪魔になりそうだな」
レイスが来たと、緊張した面持ちで動き出す職員たちの行動を観察する。なにかを仕掛けてくるかと思ったら、四肢を折られた金髪を引きずってきた。
「……ゃ、い、ゃ」
酷く掠れた声だ。
拷問でもされたのだろう。
なんの躊躇いもなく床に投げ捨てられ、痛みに泣くそれを見ていた日向が、こちらへと顔を向ける。
「致命傷はないみたいです。背中を刻みますか?」
「……レイス。お前の目的はその女なのだろう。せっかくの獲物を傷付けてしまったことは謝罪する。どうかこれ以上、無関係な人間を殺めないでほしい」
ギルド長をしてる四十代くらいの男が、その頭を下げた。職員たちも頭を下げていくが、この雰囲気をぶち壊す。
「先にあっち」
日向から離れて、駒にした亡霊たちをばらまく。魂の残滓であるそれは人形のようなものなので、こちらの命令に忠実だ。
腕や首が取れてしまってる騎士たちを走らせ、両手が血だらけになってる女性たちに壁を叩かせる。
魔力の消費量が多くなるが、まだ半分以上ある。
冒険者ギルドの照明も破壊して、赤い火の玉を暗闇に浮かべていく。
「まさか、ギルドそのものが裏組織で構成されてるとは思いませんでした。とても申し訳ないのですが、一度死んでください」
自分で霊体の膜を外した日向に、視線が集まる。だが、職員たちの顔色は最悪だ。立てなくなってる者は私が殺すか。
「……お前は、昨日の」
「覚えていてくださったとは光栄です、ギルド長。いえ、ハンス・ヴァグルオン。夜明けは血よりも罪深い。ふふ、よかったですね。あなたはジャンヌに選ばれた。生き返ることを許されたのです。なので安心して、友に償いなさい」
日向がナイフを握った。他の職員たちが状況について行けてないのを確認したからか、ギルド長が前へと歩み出す。現在進行形で亡霊が暴れてるのだから、レイスを正しく恐れてる人間は極度の緊張状態に追い込まれる。
誰が、殺されるのか。どうして、こうなったのか。
それだけを考えてしまうから、動けない。
「……かーこめ、かこめ。くるりと、囲まれた、ひーめみこ」
いつだったか、日向が歌ってたものを口にする。思ったよりも響いたそれにつられたのか、一体の騎士が戻ってきた。なので私は、とある男に指を向けた。
引き抜かれた騎士の剣が、その男の頭に吸い寄せられた。
惨劇は始まった。この建物内にいる、日向以外の人間を皆殺しにする。
生者の言葉には嘘が混じる。
けれど死者は、嘘を言う理由がない。
……人を信じられないのなら、信じられるようにする。それが前世の、私のやり方だ。
「憎し、恨めし、呪いましょう」
たぶん、私は笑ってる。この状況を楽しんでる。けれど夜は、そんなに長くない。さっさと終わらせてしまおうと思った時だった。
予想してなかったものが、私の視界に入った。
「よっと」
突き出されたナイフを最低限の動きで避ける。こちらと目が合ってない女性の手に、あの魔道具はない。つまり、私の声で立ってる位置を判断したのかな?
『違う、違うの。駄目。彼から離れて!』
……守護霊のお婆さんが、声を聞かせてしまったんだな。仕方ないと、私も姿を隠すのを止めた。
「エドモン、こっちは無事だ。さっさとその男を殺せ」
私よりも早く膜を脱いだことで、私のことを認識できてなかったはずなのに、それでも日向は、勘付いたみたいだ。すでに凍り付いてる空気が、より重くなったのを感じる。
ガタガタ震える音が聞こえてそちらを見ると、魂なき騎士たちが震えていた。
他の亡霊も、日向に恐怖を抱いているように見える。
…………あいつ、どんだけ規格外なんだ。
思わず呆れてしまった私は、床に座り込んだ受付嬢を見下ろした。腰が抜けたみたいだ。
『止めて! この子は、なにも分かってないだけなの! 罰は私が受けます! ですからお願いします! どうか、どうかご慈悲を……!!』
なんだか、私がすごい悪い者みたいな感じだ。実際にそうなんだけどさ。
「あなたの名前は?」
「……えっ?」
『フィーネでございます』
「フィーネさんか。いい名前だ。そんなにその子のことが大事なの? 私に逆らったらどうなるか、なんとなく分かってるんでしょ?」
これだけの怨念を、残された形を、私はなんの代償もなく操ることができる。そこから導き出せる答えは、フィーネさんの表情を悲痛げなものへと変えた。
「私は、あなたも操れる。守護霊であってもその心を縛り、あなたが守りたがってる娘を、あなたの手で殺させることができる」
『……お願いします。どうか孫だけは、お見逃しください』
「ジャンヌ。なにかありましたか?」
「守護霊からの助命嘆願。そっちは終わったの?」
「はい。残ってるのはその子だけです」
周りを見ると、確かに殺された者たちが浮いていた。結界を出られず、全員が怯えた様子で私から距離を取っていた。
「ふふ、久しぶりの運動でしたから。勘を取り戻すのに少しだけ、遊びすぎてしまいましたかね?」
ギルド長の死体に笑いかけてる日向を、そのギルド長の幽霊が睨みつけている。その視線にこもってるのは、負けた悔しさだろうか?
仲間を守れなかったことの悲しさも感じ取れる。
「お孫さんの名前は?」
『……フィーラです』
「そう。ねぇ、フィーラさん。私はね、エドモン以外の生きてる人間を、信じることができないんだ」
状況に追い付けず、魂が抜けてしまった体を見下ろしていた女性に話しかける。
「だから私は、彼らを殺した。一度死んでしまえば、私に嘘をつけなくなるから。でも、あの金髪の女はいらないんだよね。だから、フィーラさん。彼女を殺してくれたら、あなただけは殺さずに信じてあげる」
「……殺さないで、くれるんですか?」
「もちろん。エドモン、私は彼らを生き返らせていくから、フィーラさんのこと見ててあげて。あの女を殺さずに逃げたら、殺していいよ」
「おや、いいのですか?」
「私が蘇生できるのは、私の近くで死んだ幽霊だけだ。そこらに転がってる冒険者たちはどうにもならないから、レイスの襲撃で死んだことにすればいい」
「逃げません、絶対に逃げませんから殺さないでください……!」
彼女のそれには応えず、背を向ける。さっさと生き返らせていこう。外にいる一般人たちを安心させるために。
「話は聞いてただろ? 自分の体の近くにいないと失敗するよ。一回で成功しなかったのは捨てる」
『ごめんなさい、すぐに行きます!』
『全員、自分の体に戻れ!』
一つ一つ、丁寧に魔法をかけていく。ただの高校生だった時にはできなかった作業に、少しだけ気分が上がる。
こういうのも、好きだったな。
『ひっ!』
前世を懐かしく思っていたら、目の前の幽霊に悲鳴を出された。私を怖がるのはいいことだが、空気を読んでほしかったな……。
「ジャンヌが落ち込みましたね。その男が原因ですか? なにか嫌なことを言われたのなら教えてください。内容によっては、殺してしまうでしょうね」
『ご、ごごご、ごめんなさい!!!!』
「……お前と出会う前のことを思い出していただけだ。これは関係ない」
生き返ってからも土下座で謝る男を無視して、日向の後ろへと目を向ける。金髪は、無事に殺せたようだ。亡霊として手持ちにくわえる気もないので、魔力で作り上げた黒い手でその魂を握り潰す。
これで彼女の被害者も、安らかに眠れるはずだ。
「……ジャンヌ様」
「ちゃんとできたみたいだな。ありがとう、助かったよ。でも、安心してはいけないよ。私は君を信じることにしたけど、エドモン以外はみんな裏切ると考えてる。だから一つだけ、忠告しておく。これから君の同僚たちは、君の行動も監視する。私を裏切った時点で、君の命はそこまでだ。もちろん、君を守ってる守護霊……フィーネさんも二度と転生できないようにするから、裏切りたい衝動に耐えてね」
「裏切りません! 絶対の忠誠を誓います!」
「そう。あまり期待しないでおくよ」
彼女の姿を視界から外す。フードを深く被り直してから日向に顔を向けると、すぐに私の横へと来た。
「私たちが宿に戻ってから、ここの結界を解く。冒険者と受付嬢を殺したのは、誰にするべきだと思う? ギルド長」
「……もちろん、レイスでございます」
「お前たちの傷は、浅いものは残してある。それで外の連中を誤魔化せれるか?」
「はい。なにもご心配する必要はございません」
「お前にはあとで聞きたいことがある。明日の夜でいいから、墓地に来い。白い石像があるところだ」
「……ああ、祈りの墓地でございますね。分かりました。明日の夜、二十二時までには向かいます」
「エドモン」
「ええ、大丈夫ですよ。ではその時間に会いましょう」
死者の念を纏って、現実世界から消える。私たちが見えなくなっても、彼らの表情はこわばっていた。自身の命を握られてることに、気付いてるのかもしれない。
……これで、この世界の情報が手に入る。
「それじゃあ、教えてもらおうか。この世界のことを」
幽霊――アエリスからは基本的なことを教えてもらった。なのでギルド長、ハンス・ヴァグルオンからは裏の常識、国の名前と情勢……そして私たちを召喚したのが誰なのかを聞いた。
「――以上が、私の把握してるところだ。次はあなた方を召喚した者たちのこと、だったな。おそらく隣国の王族だ」
「隣国というと、サーぺディリアン王国ですか?」
「ああ、その国だ。さっきも言ったが、あそこは聖獣を召喚する魔法に長けている。女神に愛された聖獣と共に、穢れた地を浄化し国を興した、そういう話になってるが……実際は違う」
誰もいない、静寂に満ちた墓地。
そこで語られる血濡れた歴史は、まぁ、よくある話だった。だからこそ、街の構造に納得する。
悪霊も、邪気も、流れるものを嫌う。
水が濁らず、風も止まらないのなら。それらはすべて街の外へと追い出されてしまう。だから意識あるもの――幽霊が、穏やかに過ごせている。
彼らに捧げられる、安らかであれという祈り。そして幽霊側の感謝。それらを魔道具で増幅させ、浄化魔法に変えることでラトーは災いを退けているのだろう。
いや、国全体で、か?
「あの国は、こちらよりもレイスによる被害が酷い。異なる世界から呼び寄せた聖人、聖女たちの力でどうにかするつもりなのだろうが……。おそらく今回も、聖女を生贄にして終わりだ」
「生贄を出すと、なにかが変わるのですか?」
「百年ほど、レイスが出なくなるそうだ」
「……胸糞悪いな」
「ええ。ジャンヌを取られないようにしなくては」
「なぜそこで私が出るんだ?」
「美しいからですが? それにそこらの聖女よりも――」
日向の腹を、全力で殴る。私たちに視線を向けていたギルド長の顔色が、一瞬で真っ青になった。
「……そんなに、照れなくても」
「だ、ま、れ。悪いな、ギルド長。もう戻っていいぞ。私たちはしばらくラトーに留まるが、そのうち出ていく」
「わ、分かった。こちらも情報を集めておくので、なにかあればギルドを通して連絡してくれ。この国であれば、私の部下たちが繋いでくれる。それでは、また」
しっかりと頭を下げてから、ギルド長は墓地をあとにした。結界から出たのを感じ取ったので、本当に立ち去ったようだ。
あれが裏切るとは思ってないが、それでもその可能性を考えてしまう。
嫌な癖だと、頭を振る。
私たちに動く理由がなくなったので、レイスによる殺人事件は完全に終了した。
冒険者が三十人ほどお亡くなりになったが、そのほとんどは裏の人間がやったことなので気にしない。それに、面白い話が耳に入ってきた。
「……隣国、ね」
ぽつりと呟いた私に、視線が向けられた。私の横で優雅な午後を過ごしてるあいつだ。
「殺された受付嬢が、隣国の生まれだからでしょう。向こう側による攻撃だと思うのは、仕方ないことかと」
「……それ、おいしいのか?」
「ええ。ジャンヌも飲んでみますか?」
「遠慮する」
昔から、紅茶だけは駄目なんだ。ほんの少しでも腹が緩くなって、気分も悪くなる。けれど日向からいい匂いがするのは、悪くない。
「……どうせ一緒にいるのだし、恋人候補に入れてやるのも面白いか?」
ほしかった情報は手に入った。旅支度も、今日の午前に終わらせた。幽霊たちからもらった隠し財産のおかげで、お金を稼ぐ必要もない。
「つ、ジャンヌ、それは本当ですか!?」
「……候補だって言ってるだろ。お前と一緒にいる心地よさが恋に変わったなら、その時にまた、考えてやるってだけだ」
「それでも、それでも私は、嬉しいです!」
カフェの外に置いてある席から立ち上がった日向が、座ったままの私に手を伸ばす。なにをするつもりだ? と見ていたら、指に口付けをされた。
「大切にします。ずっと、永遠に!」
「……正式に決まってないことだけは覚えておけ。あと、目立つから止めろ、馬鹿」




