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君はまだ、本当の自分を知らない  作者: 曖昧


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7/29

尾行作戦

 月曜日。


 朝から妙に落ち着かなかった。


 講義は三限だけだったけれど、ノートを取る手が上滑りする。教授の声は耳に入っているのに、意味が残らない。


 時計を見る回数がやけに多い。


 隣で優心が小さく欠伸をした。


「お前、緊張しすぎやろ」


「してない」


「顔に出とる」


 している自覚はあった。


 三限が終わると同時に、優心が立ち上がる。


「よし、行くか探偵」


「まだ探偵じゃない」


「いやもう今日だけは探偵やろ」


 大学を出て、僕の最寄り駅まで戻る。


 緋依は今日は午後から外に出ると言っていた。行き先は「ちょっと買い物」とだけ。


 僕たちは駅前のコンビニの陰に立つ。優心がリュックをがさごそと漁った。


「なにしてんの」


「待て待て」


 取り出したのは——


 黒縁の、やたら大きいメガネ。


「……は?」


「探偵アイテム」


「どこで買った」


「もちろんドンキ」


「ノリノリじゃんか」


 優心はそれを自分でかけてみせる。


「どう? それっぽくね?」


「怪しさしかない」


「いやいや、これで変装完璧やろ」


「むしろ目立つ」


 優心は笑いながら僕にも差し出す。


「かけてみ?」


「絶対やだ」


「なんだよ〜つまんな」


 そんなやり取りをしているうちに、緋依がマンションから出てきた。


 白いコート。見慣れたバッグ。胸が少しだけ強く鳴る。


「来た」


「よし、ミッション開始や」


 優心が妙に小声になる。


「普通に歩け。自然に」


「わかっとるわ」


 僕たちは少し距離を空けて後ろを歩く。緋依は駅へ向かい、そのまま電車に乗った。僕たちも別のドアから乗る。


 車内。


 優心がさっきのメガネをまたかけている。


「やめろ」


「いや今こそやろ」


「だから目立つって」


 緋依は窓の外を見ている。特に誰かと連絡を取る様子もない。途中、学校近くの駅で降りる。


 大型ショッピングモールのある駅だ。


「買い物って言っとったしな」


「うん」


 モールの中に入る。服屋、本屋、雑貨店。緋依は一人で店を回り、スカーフを手に取り、少し考えて戻す。


 特に怪しい様子はない。


「普通やな」


 優心が小声で言う。


「うん」


 緋依は化粧品売り場で少し長く立ち止まったあと、カフェに入った。


 僕たちは外のベンチに座る。少し疲れた。


「腹減った」


 優心が言う。


「まだ何もしてないだろ」


「尾行って意外と体力使うんやぞ」


 そう言ってまたリュックを漁る。


「なに」


「俺、持ってきとるで」


 取り出したのは、小さな紙パックの牛乳と、コンビニのコッペパン。


「……なんで」


「張り込みと言えばこれやろ?」


「探偵気分すぎるだろ」


「最高やな」


 優心は牛乳をストローで飲みながら、満足そうに頷く。


「お前、完全にイベント楽しんでるだろ」


「いやいや、真剣やって」


 口の端にパンくずをつけながら言うから説得力がない。


 思わず少し笑ってしまう。


 お陰で、緊張がほんの少しだけほどけた。


 カフェから出てきた緋依は、そのまま本屋に寄り、文庫本を一冊買った。


 誰とも会わない。電話もしない。夕方前には帰りの電車に乗った。マンションに入っていく背中を、少し離れた場所から見送る。


 何も、ない。本当に、何も。優心がメガネを外した。


「……普通やな」


「うん」


「むしろちゃんと買い物しとる真面目彼女やん」


 僕は返事ができなかった。


 怪しい行動はなかった。


 でも。


 それでも、胸の奥の違和感は消えていない。


「どうするん?明日」


 優心が聞く。


「え?」


「俺、明日から用事あるんよ。バイト増やされてさ。留年回避資金稼がなあかん」


「そうなのか」


「だから尾行するなら一人でしてな」


 軽く言う。


「今日で十分じゃないか?」


「まあな。でもお前、納得しとらん顔しとる」


 図星だった。


「……」


「無理すんなよ。考えすぎなこともあるし」


 優心はそう言って、肩を軽く叩いた。


「とりあえず今日は解散。探偵業務終了」


 笑って手を振る。一人になる。夕暮れが少しだけ赤い。今日、何もなかった。


 それなのに。なぜだろう。


 安心より先に、空白みたいな感覚が残る。


 本当に見たいものを、僕はまだ見ていない気がした。


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― 新着の感想 ―
いやいや、そこはアンパンでは? (´・ω・`) とりま、浮気は暫定シロ。 (・∀・)
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