表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君はまだ、本当の自分を知らない  作者: 曖昧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/29

残した手紙

「……優心さんですか」


 緋依は名前をゆっくり口に出す。聞き慣れない響きに、胸の奥が少しざわついた。


「はい、偶然ここに来たら、緋依さんらしき方を見かけて……つい声をかけてしまいました」


 柔らかい敬語で、でも自然体の話し方。


 緋依は小さく息をついた。偶然か……。胸の中で少し安堵が広がる。


「……拓真の?」


 確認するように尋ねる。


「はい。生前、拓真から緋依さんのことはよく聞いていました。彼はいつも『緋依には、本当に助けられている』って言っていました」


 優心は目を伏せ、思い出すように続ける。


 「『もしものことがあっても、緋依なら大丈夫だ』とも言っていました。拓真にとって、緋依さんは本当に特別な存在だったんです」


 その言葉に、緋依の胸がぎゅっと締め付けられる。目の前にいるのは初対面の人物なのに、拓真の記憶を通して、彼の優しさが瞬間的に蘇る。


「……そうですか」


 緋依は小さく頷く。手の中で花を握りしめ、静かに息を吐いた。


「偶然の出会いかもしれませんが……拓真のことを知っている者として、少しだけお話しさせてもらえればと思いまして」


 柔らかい敬語で、初対面の距離を尊重した話し方。


 緋依は静かに花を墓石に置く。風が頬を撫で、墓地の空気を揺らす。


 胸の奥で、拓真の言葉が温かく蘇る。


(──緋依には、本当に助けられている)


 優心は少し間を置いて続ける。


 「拓真のお墓がここにあると聞いて、月に二回くらいは定期的に逢いに来てるんです」


 静かな風が二人の間を通り抜ける。緋依は目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。


 拓真の温かさ、優心の穏やかさ。どちらも、今の自分を支える光のように胸の奥で静かに揺れていた。


「そういえば……」


 緋依は手元の花を握りしめながら、小さく笑った。


「これ、拓真から急に渡されたんですけど……その時、『緋依に会ったら渡して』って言われて。正直、そのときは『お前が渡せよ』って思ったんですけど」


 優心は微かに笑う。


「拓真らしいですね……最後まで、ちょっと人を振り回すところがあります。でも……拓真は、こうなることを知ってたんですかね」


 緋依は少しだけ俯き、風に揺れる花を見つめる。


 優心はポケットから封筒を取り出す。


「拓真が、緋依さんに渡すために書いていた手紙です」


 封筒には、淡い緑色の紙に丁寧な文字で緩やかに綴られた拓真の文字。緋依は手が震えるのを感じながら、封を切る。


 その夜、家の机の上で、緋依は静かに手紙を開いた。


──

緋依へ


この手紙を読む頃、僕はもう直接話すことはできないと思います。でも、どうしても伝えておきたくて書きました。


まず、緋依。君に会えて、本当に良かった。

クローンとして生きていると知った時、僕は、正直不安だったし、戸惑いもありました。

だけど、君と過ごした時間、君の笑顔、君の優しさ。

それだけで僕は幸せでした。


だから、僕は後悔なんてしていません。

クローンとしての自分も、生きた証も、全て意味があったと思っています。


そして、緋依。君は全く責任を感じなくていい。

君がしたこと、してくれたこと、何一つ間違っていない。

それを忘れないでほしい。


最後に一つだけ。ありがとう、緋依。

君と出会えたこと、そして支えてくれたこと、僕の人生で何よりも大切な宝物です。


拓真より。

──


 読み終えた緋依の胸の奥に、静かな温かさと同時に深い切なさが広がる。涙が頬を伝う。


(拓真……)


 そっと手紙を胸に抱く。


 拓真が生前、自分に託していた想い。


 クローンとして生きた日々を肯定し、緋依を思いやるその言葉に、胸の奥の何かがゆっくりほどけるようだった。


(拓真……ありがとう)


 小さな声でつぶやき、手紙を大切に机に置く。


 その日の夜。窓の外の風は静かで、まるで全てを包み込むように柔らかかった。


──【完】

読んでいただき、ありがとうございます。


この作品では、日常に潜む小さな違和感から、徐々に見えない世界の秘密へと踏み込む物語を描きました。拓真の視点を通して、普通の恋人同士の関係が、ほんの少しの「気付き」によって変わっていく様子が伝えられていれば幸いです。


最後まで読んでくださった皆さまには、緊張や疑念、そして小さな感動を、少しでも体験していただけていれば幸いです。もしこの物語を楽しんでいただけたなら、レビューや感想で応援していただけると嬉しいです。


次回作でも、読者の心を揺さぶる物語を届けたいと思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
Xからです!最後まで読ませていただきました。 最初こそ、日常の違和感からのミステリー調だなと思ってたのですが、気づけば一気に引き込まれました。 残酷な事実の中での覚悟が切なくて胸に来ますね…泣 あり…
面白かったです。すごく。 面白いでいいのかな? 色々難しいな。 悲しい感じは確かにあるけど、それだけでもなく。 緋依さん強いなあと思いつつも、一度失ったから逆に執着強くなったのかなとも。 読んでい…
最後まで拝読いたしました。 最初は軽いストーリーかと思って読み進めていましたが、途中から何か不思議なことが起きているのが分かり、そこからはページを捲る手が止まらなくなりました。 とても切なくて哀しくて…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ