タイムリー
月曜日のキャンパスは、いつも通り騒がしかった。
月曜特有の気だるさと、どこか浮ついた空気。俺だけが、少しだけ現実から浮いている気がした。
校門を抜けたところで、優心が手を上げる。
「やっほー」
いつも通りの声。
その軽さに、少し救われる。
「どうやった、週末」
何気ない問い。僕は一瞬だけ迷ってから言う。
「……行ったよ、尾行」
優心の足が止まる。
「マジで?」
「うん。大マジ」
そのまま、並んで歩きながら話す。
反対側のホームに立っていたこと。聞いたことのない駅名。降りた駅の異様な静けさ。
「コンビニもなかった。カフェもない。同じ色の建物ばっかり」
優心の表情が少しずつ変わる。
「なんか怖いな」
「そっから変な建物に入った。カードキーで」
「カード?」
「扉の横にかざしてた」
僕は続ける。
看板がなかったこと。窓が少なかったこと。出入りする人たちが無表情だったこと。
「同じような服だった」
優心は黙って聞いている。
「中は?」
「入ってない」
「……」
「入れなかった」
本能的に。今じゃないって思った。
校舎の前に着いた頃、優心が小さく言う。
「それ、ガチでやばいやつちゃうんか」
「分からない」
「浮気とか、そういう話じゃないな」
「うん」
そのまま二限の教室へ入る。
⸻二限は、研究倫理学特講。
「今日のテーマは、"機密研究施設と情報遮断"です」
テーマを聞いて、少し嫌な予感がした。
「近年、民間と連携した研究施設の中には、所在地や研究内容を公開しないケースもあります」
スクリーンに映るのは、看板のない低層の建物。窓が少ない。無機質な外観。
優心が、ゆっくり僕を見る。
「また、カード認証による入退室管理。外部との接触を最小限にする構造。研究員は統一された服装を求められることもあります」
優心が小声で言う。
「いや、これ今お前が言ってた話やん」
僕は何も言えない。
「外部から見ると不自然に映るが、内部では合理的な設計であると言えます」
教授の声が続く。
頭の中で土曜日の景色と、スライドが重なる。
講義が終わったと同時に、優心が振り向く。
「お前、完全にあれやろ」
「……研究施設かもな」
「だったら余計入るなよ?」
⸻三限は、産業社会論。
テーマは「守秘義務と情報統制」。
「研究従事者は、家族や恋人にも内容を話せない場合があります」
優心がまた小声で言う。
「それ、刺さってる?」
僕は苦笑する。
「守秘義務違反は、契約解除や法的責任を伴う」嫌に現実味がある。
講義後の廊下。
「なあ」
優心が言う。
「ほんまに研究施設やったら、お前アウトやぞ」
「分かってる」
「それでも行くんか」
少しの沈黙。
「次、入る」
優心の顔から笑いが消える。
「アホやろ」
「外から見ただけじゃ分からない」
「分からんでええやろ」
「知らないままは無理だ」
優心は深く息を吐く。
「俺は行かん」
はっきり言う。
「そこまで行ったら不法侵入や」
「うん」
「お前、引き返せん目してる」
否定できなかった。キャンパスはいつも通り騒がしい。誰も、僕が何を決めたか知らない。
よし、決めた。
次にあの扉の前に立つときは、もう迷わない。




