第七話 雨よ、止め。
「俺のスキルのせい、だよな」
フィーラが荷物を探しに行っている間、シエステラたちは木の下で雨宿りをしていた。
その間、ニコラは申し訳なさそうに何度も謝罪を繰り返している。
「いいえ。これは私の不注意でもあります」
と言いながら、シエステラは川の方を見た。
別に坂になっていたわけでも、風が吹いたわけでもない。にも拘らず、荷物はまるで狙われたように川へと転がっていった。
その原因は明白だった。
(とはいえ、それは私が見ていれば防げたこと)
そう。回避できたかもしれない不運。
シエステラはそう考えていた。
(あれはあくまで私の不注意が招いたこと。ただ、それだけです)
シエステラはニコラに聖女の加護を授けた。
しかし、今のところそれが、ニコラの不運を解消している兆しはない。
もしかしたらニコラのスキルはシエステラの聖女の加護を無効化しているかもしれない。
それ程までに強い不運を発生させるスキルなのかもしれない。
そんな不吉な予感が浮かんでは振り払って、シエステラは口を開いた。
「これは不運ではなく勉強です。今後はこうならないように気を付ければ良いだけの話ですから」
(そうです。スキルなんてなくても、運が悪い人はいます。それは至って普通のこと。)
シエステラは誰に向けてかわからない言い訳を頭の中で繰り返しながら、ニコラに告げた。
そんなシエステラの心中など知る由ないニコラは、感動したように目を輝かせる。
「どうかされたのですか? ニコラ様」
「あ、いや、そんな風に言われたの初めてで。いつもお前のせいだとしか言われなかったから」
ニコラは照れ臭そうに後ろ首を擦った後、少しだけ笑った。
(あぁ、なるほど。それで)
シエステラは得心がいった。
ニコラは今まで、スキルのせいで不運なことばかりが起きていた。
もしそれが、他人にも影響を与えているものだとしたら、『自分に起きる不幸はすべてニコラのせい』。そういう思考になってしまうのも致し方ないことだろう。
しかし、シエステラは聖女として、聖女らしからぬ言葉を口にしないように徹底していた。
シエステラは自分の本心を完全に隠しながら、ニコラに声をかける。
「ニコラ様。私たちは旅を共にする仲間です。例えどんなことがあったとしても、それを誰か一人の責任にするべきではありません。みんなで乗り越えていきましょう?」
「……そっか。ありがと」
安心したような表情を浮かべるニコラの顔が新鮮で、シエステラは少し目を奪われた。
シエステラは思わず、ニコラの顔に触れようと手を伸ばす、が。
「シエステラ様。お待たせいたしました」
「あ、フ、フィーラ。お疲れ様です」
そこでちょうどフィーラが帰ってきた。
フィーラはシエステラの指の先を見て、ジトッとした目を向けている。
何かを言いたそうに口を開きかけたフィーラを制するように、シエステラが先に口を開いた。
「あ、雨で濡れてしまっていますね。今乾かしますので少し待ってください」
「……ありがとうございます」
先に言葉を投げられたフィーラは、渋々といった様子でシエステラの魔法を受け入れた。その間も、フィーラはシエステラを怪しむような目を向け続けていた。
フィーラはシエステラが生まれてすぐ、シエステラの世話係を務めていた。
当時はまだフィーラも子供だったため、できることは少なかったが、それでも誰よりもシエステラの世話をしていたと自負がある。
それもあってか、フィーラはシエステラのことを自らが仕える主である以上に、本物の妹のように思っていた。
たまにそれが暴走してしまうこともあるが。
(当然見られていましたよね。ですが、今ならまだいくらでも言い逃れできます)
頑なに視線を避けようとするシエステラに、やがてフィーラは諦めたように話を切り出した。
「さて、予定とは違いますが、今日は近くの町で休みましょう。そこで態勢を整えます」
拾ってきた荷物に入っていた地図を見ながら、フィーラが提案した。
地図では、ここからもう少し東に小さな町がある。この距離なら、例え不測の事態があったとしても辿り着くことはできるだろう。それも考えての提案だった。
「そうしましょう。もうそろそろ雨も止んで良い頃合いですからね」
(というか、止ませます。そろそろ私も聖女としての力を見せつけたいですから)
ただ天に祈るだけで天候すら自在に変えられる。自信に満ちた口調で、シエステラはニコラにそう説明した。
「そんなことまでできるのか」
「えぇ。私は歴代最高の聖女ですから」
満面の笑みをニコラに向ける。キラキラと少年のように目を輝かせるニコラを可愛らしく思いながら、シエステラは厳かに手を合わせた。
「さて、いきますよ、ニコラ様」
そして、シエステラは祈った。
雨よ止め、と。
◇◇◇◇◇◇
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」
「そ、そういう日もあるって」
気休めにしかならない言葉に、シエステラは怒りを込めてニコラを睨み付ける。
「あ、あの、シエステラさん? さっきの発言と行動が合っていないような……」
「くっ」
シエステラたちは今、ごく普通に傘を差して道を歩いていた。聖女の奇跡とは程遠い、雨の中、普通の人間と同じように傘を差して歩いていた。
天候は雨。
紛うことなき雨。
さっきよりも少しだけ勢いの弱まった雨。
ピシャピシャと水が弾ける雨。
そう。シエステラの渾身の祈りをもってしても、豪雨を傘が手放せない程度の小雨にすることしかできなかったのだ。
聖女であるシエステラは、様々な行事に参加する。その時、晴れの確率は100パーセント。曇りの日すらなかった。
それが、己の全霊をかけて祈っても、なお傘が必要なレベルの雨が降っている。これはシエステラにとって歴代最高の肩書きに泥を塗る屈辱以外の何ものでもなかった。
「うっ。すまん」
「シエステラ様。そんなにニコラ様を睨まないでください。流石に見苦しいです。見つめるなら私のことを見つめてください」
シエステラとニコラの視線の間に立ち、期待の込もった眼差しを向けるフィーラに、シエステラは全てを諦めたように肩を落とした。
「はぁ。いえ、もういいです。そうですね。雨の音も良いものです。偶にはこうした天気も悪くありませんね」
「シエステラ」
シエステラの精一杯の強がりに、ニコラがパァッと晴れやかな顔を浮かべた。それこそ念願の快晴のような、すっきりとした笑顔だ。
そんな笑顔を見せられて、シエステラは気恥ずかしそうに目をそらす。
「さあ、雨だからって悪いことばかりではありません。元気よく行きますよ!」
もはや自棄に近いシエステラの号令に、フィーラとニコラの二人が弾けるような声で応えた。
「おぉー!」
「はい!」
「ゴギャアァァ!」
「まぁたですかぁ?」
と思ったら、またしても先程の魔物が現れ、三人に襲いかかってきた。
本当に運が悪い。
そうしてシエステラたちは、それから町へ辿り着くまでにも、何度も魔物と遭遇し、かなりの時間を無為に削られてしまったのだった。




