表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/64

第六話 加護の無効化

「…………」


 魔物とシエステラたちの間に、奇妙な沈黙が流れた。ニコラは首を変な方向に曲げて動かなくなってしまった。


(運が悪いというか、いえ、これは、本当に大丈夫なのでしょうか?)


 中々動かないニコラに、シエステラも流石に心配になってきた。

 勇者が鳥にぶつかり、転倒し、命を落とす。まさか、そんなことが起こるとは誰も予想していないだろう。


 シエステラは一歩だけニコラの方に近寄り、声をかけようとした。


「あ、あの、ニコラさ……」


 その瞬間。


「がっは! いってぇぇ!」

「きゃあ!」 


 突然ニコラは首を押さえながら起き上がった。そして、ゴキゴキッと首を鳴らして、元の位置に首を戻す。


「えぇ? 気持ちわるっ、あ、いえ、だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。この程度では俺は負けないさ」

「いえ、魔物はまだ何もしてませんが」


 あたかも激戦の後のようなことを言うニコラにシエステラは静かにツッコんだ。

 しかし、ニコラは特に気にしていないようで、改めて魔物を見据える。


「今度は同じようには行かないぞ」

「それを魔物に言ったところで、なのですが。魔物も困惑してますよ」


 基本的に魔物には感情がないとされている。


 しかし、流石の魔物もニコラの異常な挙動を理解できないようで、明らかに困惑した表情を浮かべていた。


「魔物に同情したのは、これが初めてです」

「行くぞっ!」


 ポツリと呟いたシエステラを横に、ニコラが魔物に向かって突っ込んでいった。

 出鼻を挫かれた魔物だったが、即座にニコラに反応し身構える。


「はあぁぁぁ!」

「ガアァァァァ!」


 魔物の鋭い爪とニコラの剣がぶつかり合う。

 その寸前で、


「うげっ!」

「ガウッ?」


 今度はスポンと剣の柄と刃が外れた。


「そこが外れることがあるんですかっ?!」


 刃のなくなった剣が虚しく空を切り、魔物の一撃がまともにニコラを捉える。


「へぶっ!」

「グ、グウッ?」


 魔物もさぞやりづらいことだろう。魔物は攻撃を成功させたにもかかわらず、まるで罠に嵌められたかのように動揺している。


 まさかここまで完璧に攻撃がクリーンヒットするなんて、誰も予想していなかっただろうから。


「あなた、真面目に戦いなさい!」


 堪えがたい苛立ちにフィーラがニコラに叫んだ。


「こ、これでも、真面目なんだけど!」


 ニコラは使えなくなった剣を投げ捨てると、その隙をつくように、魔物の三つの首がニコラにバラバラに襲いかかった。


 二本の首はなんとか両手で掴んだものの、最後の一つは止められず、ニコラは魔物に噛みつかれてしまう。


「ニコラ様っ!」


 シエステラの焦りの声が響く中、ニコラは冷静だった。


「問題、ない」

「グギギッ」


 魔物の牙がニコラに突き刺さる。いや、それはニコラを貫くことはなかった。


「これは、いったい?」


 魔物はニコラに噛みついている。しかし、それはニコラの皮膚を貫くことができないようだ。

 まるで鉄のような硬度を誇るニコラの体。それは常人ではあり得ない強度だった。


 魔法により身体を強化することは可能だが、ニコラが魔法を使っている様子はまったくない。


 つまり、ニコラは素の身体だけで、魔物の牙を防いでいるということだった。


(さっきの首の時もそうでしたが、ニコラは普通の人間の身体ではなさそうですね)


 勇者である時点で一般の人間とは言えない。しかし、それ以前にニコラはそもそもの人体構造として、何かが違うようだった。


(それについては、追々調べましょう。とりあえず今は、ニコラの特異的な性質を把握することが先です)


 そうしてシエステラは、さらに注目してニコラを観察する。そんなシエステラを、フィーラはジトッとした目で見ていた。


(シエステラ様。何故、あんなにニコラ様を見つめて、はっ! まさか、聖女の本能が、勇者の身体を求めている? そ、そんなことあってはなりません! 聖女の血に翻弄されるなんて!)


 フィーラはフィーラで、ニコラのことなんてどうでも良いようで、シエステラのことしか見えていなかった。


 そんな別々の思惑を持った二人のことなど、露知らずニコラは真剣に魔物と戦っていた。


「ふんっ!」

「ギャッ!」


 ニコラは噛みつかれたまま魔物に頭突きする。そして、フラついた魔物の首を掴み、背負い投げをするように魔物を持ち上げた。


「おりゃああぁ!」

「グガァッ!」


 自分の二倍はあろうかという巨体を持ち上げ、そのまま地面へ叩きつける。背中から地面に叩きつけられた魔物は苦しそうな呻き声を漏らし、白目を向いて気絶してしまう。


「ふぅ。なんとかなったな」


(あの魔物を、武器も使わずにたった一撃で無力化してしまうとは、なるほど)


「お疲れ様です、ニコラ様。フィーラも」

「はいっ! ありがとうございます」


 シエステラはフィーラとニコラに労いの声をかけながら、ニコラが倒した魔物を見た。


(一応、勇者として恥じないだけの実力はあるようですね。とはいえ、あの運の悪さは追い詰められた時に致命的な欠陥ですね)


 そんなことを考えていると、シエステラは不意に嫌な悪寒を感じた。何か不穏な気配が近付いてきているような気がして、ふと周りを見回す。


 しかし、特に何かがいる気配はなく、何も感じることはできなかった。


「シエステラ様?」

「どうかしたのか?」


(二人も感じていない? 少なくとも敵意のある魔物や盗賊ではないということでしょうか)


 ニコラとフィーラも気付いていないようで、シエステラは自分の勘違いかとも思ったが、嫌な予感は消えず、もう一度周りを見る。


 そして、唯一見ていなかった頭上を見ると、そこに嫌な予感の正体があった。


「あっ! ニコラ様、あぶないっ!」

「へ?」


 ニコラのすぐ頭上には、先ほどの剣から離れた剣身がニコラの脳天に突き突き刺さらんと迫っていた。


 シエステラは咄嗟に聖女の力を使う。半透明のヴェールがニコラの頭上に現れ、ニコラを剣身から守る。はずだった。しかし。


「え?」


 ニコラを守るヴェールは一瞬しか発現せず、すぐに消えてしまう。そして、剣身はニコラの脳天に突き刺さってしまった。


 ガキンッと鈍い音を立てて。


「いったっ! なんだ?」

「えええぇぇぇ! どういうことっ!」


 ニコラの頭に落ちた剣身は、まるで岩にでも当たったかのような音を立てて、何事もなく地面へと落ちた。


 ニコラはただ頭を押さえるだけで、血の一滴すらも流れていない。


 剣をまともに受けて傷を負わないという、あり得ない光景にフィーラは驚きの声を上げる。


「あなた、本当に人間なんですか?」

「え? どこに疑う要素があるんだ?」

「さっきから疑う要素ばかりですが?」

「えぇ!」

「こっちこそ、えぇ! なんですけど!」

 

 フィーラとニコラの会話をよそに、シエステラも驚きのあまり絶句していた。それはフィーラとは少し違う理由であった。


(私の力が、かき消えた? まさか。しかし、今のはどう見ても)


 シエステラの使った力は聖女の加護の一種だった。対象の人物を物理的に守るための『聖なるヴェール』と呼ばれるもので、どんな攻撃からも一度だけは防いでくれる。

 連発できないこと以外は、何一つ欠点のない最強の防御だった。


 しかし、それがニコラには通用しなかった。

 こんなことは一度もなく、シエステラは混乱していた。


(これもニコラのスキルの影響? まさか、不運なことを防ごうとした力を無効化している? もしそうだったら、効きづらいなんてレベルではありませんよ?)


 シエステラの予測通り、効きづらいと無効化されるでは、話が少し違ってくる。


 効きづらいだけならば、例えば何かの影響で聖女の加護の力が分散してしまい、上手く作用していないだけの可能性もある。


 しかし、効果を無効化されるとなれば、それは聖女の加護がスキルの力に完全に敗北していることを意味する。


(仮にそれが本当なら、そんなの人間の範疇を越えて、神の……、いえ、聖女の力が、ただのスキルに劣るなんて、そんなこと、あってはなりません。そんなこと、ありえません)


「シエステラ様? どうかされましたか?」


 しばらく黙り込んだままのシエステラを心配するように、フィーラが顔を覗き込んでいるニコラも同じようにはシエステラを見ていて、シエステラは考えを振り払うように首を横に振った。


「い、いいえ、なんでもありませんよ。どうして魔物がこんなところにいたのかを考えていて」

「すまん」

「あぁ、いえ、ニコラ様のせいだと決まったわけではありませんから」


 考えていたことを悟られないよう、適当なことを言っただけなのだが、ニコラはそれに責任を感じたようでシュンと落ち込んでしまった



 それにシエステラが慌てて話題を変える。


「それよりも、魔物の後片付けをしなくては」

「あぁ、そうですね。それでは近くに駐屯している騎士団に連絡しましょう。……おや?」


 フィーラは連絡用の魔法を使おうとしたところで、ふと止まった。


「どうかしたのですか? フィーラ」

「シエステラ様。荷物はどちらに?」

「え?」


 そう言われてシエステラが周りを見ると、傍に置いてあったはずの荷物が跡形もなく消えていた。


 置いてあった場所には何かが転がった生々しい形跡があり、その先には川が流れていて、何かが流れているのが見えた。


「え? もしかして、あれって」

「俺たちの荷物、だな」


 旅の用意をした荷物がすべて、川に流されていた。


「私の紅茶セットと煎餅セットがっ!」


 シエステラが悲鳴に近い叫びを上げた瞬間、ニコラが走り出した。


「まず心配するの、それかよっ!」

「あ、待ちなさい! あなたが行くと嫌な予感がしま……」


 フィーラの予感はすぐに的中した。


「うおっ! 地面が崩れたっ!」

「どうしてっ!」


 ニコラが走っていた地面が崩れ、土砂崩れのように川に落ちていく。


「うわあぁぁぁ!」

「あぁ! もう、何をやっているんですか!」


 しかも土に足を取られてしまい、溺れかけているニコラをフィーラが急いで助けに向かう。


「くっ。抜けない。仕方ありません」

「おぉ! ちょっ、あぶねっ!」


 ニコラの足を塞ぐ土は、ただ崩れただけとは思えないくらい固まってしまっており、フィーラは槍でそれを破壊し、なんとか引き出す。


「ぷはっ! た、助かった」

「もう仕事を増やさないでください!」


 慌ただしい状況の変化の中、三人に追い討ちをかけるように、ポツポツと地面が濡れてくる。


「あ、雨」

「あぁ、最悪なタイミングです」

「本当にすまん」


 そうしてシエステラたちは、フィーラが荷物を探してくるまで、木の下で待つしかなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ